広島大学は9月24日、アルマ望遠鏡を用いて、空間と時間方向を含む3次元による従来にない大規模な深宇宙探査を行うことで、星の原材料となる分子ガス(一酸化炭素分子)と塵を持つ約100億年前の銀河を特定したと発表した。

同成果は、同大学宇宙科学センターの稲見華恵 助教が参加する国際共同研究チームによるもの。チームには、ドイツ、イタリア、オランダ、チリ、米国などの研究者が参加している。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

星は、宇宙空間を漂う星間ガスや宇宙塵が重力によって集まることで誕生する。つまり、そうした星の源材料である分子ガスを分析することで、銀河どのようにして星を誕生させて進化し、現在の宇宙を形作ってきたのかがわかってくる。

星間ガスの一種である一酸化炭素分子ガスは電波を発することから、電波望遠鏡により観測が行われている。しかし、これまでの電波望遠鏡では一度に多数の銀河を観測することは感度的に困難だった。そのため、従来の研究では観測対象となる銀河を事前に選別して数を絞り込んだ上で、一つひとつ調査していく手法が取られてきた。

そうした従来の電波望遠鏡の限界を打ち破り、一気に多数の銀河の観測を行えるようにしたのがアルマ望遠鏡だ。今回の研究は、同望遠鏡を用いた大型プログラム「ASPECS」(The ALMA SPECtroscopic Survey in the Hubble Ultra-Deep Field)で得られた成果である。ASPECSでは、事前に銀河を選別することなく、銀河の姿の全体像を捉えられるよう、空間と「時間方向」を含めた3次元空間的な大規模観測が実施された。なお時間方向とは、3次元空間で地球から見て遠いほど、過去に遡るのと等しいからだ。仮に100億光年離れた銀河があったとしたら、そこから届いた光や電磁波は100億年前に発せられたものだからだ。

同プログラムがターゲットとしたのは、ハッブル宇宙望遠鏡がこれまでに重点的に観測を行ってきた領域の1つである、ろ座の一角にある「ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド」(HUDF)である。HUDFには超遠方の銀河が多数存在し、中にはビッグバンから10億年も経っていない極最初期の銀河も含まれている。

  • ALMA

    (左)ハッブル宇宙望遠鏡で観測したHUDF。(右)アルマ望遠鏡で観測したHUDF。アルマ望遠鏡は、主に銀河に含まれる一酸化炭素分子ガスからの電波を捉えている (C)STScI, gonzalez-Lopez et al, ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) (出所:ASPECS公式サイト)

今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いてHUDFにおける分子ガスの3次元空間の位置情報を得て、そのデータを精査することで、宇宙で星が最も多く誕生した約100億年前(ビッグバンから40億年経った頃)の時代における、分子ガスと塵を持つ銀河の特定がなされた。事前に選別を行わなかったことで、それまでは大量の分子ガスと塵がないと考えられていた銀河においても、その存在が確認されたという。また、それらの詳細な解析により、現在の銀河は分子ガスよりも星の方が大きな割合を占めているが、100億年前はその逆だったことが判明したという。

  • ALMA

    今回の研究では、HUDFにおいて空間・時間方向を同時にカバーする3次元探査を実施。アルマ望遠鏡のバンド3(観測波長:2.6~3.6mm)とバンド6(観測波長:1.1~1.4mm)で観測された画像で、白い点が一酸化炭素分子ガスが検出された場所を示している (C)Decarli et al.2019,2020 (出所:ASPECS公式サイト)

さらに稲見助教は、アルマ望遠鏡で得られたデータを発展させるべく、欧州南天文台のVLT望遠鏡で取得した可視光データを基に作製されたHUDFの3次元銀河地図と組み合わせた分析も実施。この3次元銀河地図は、VLT望遠鏡に搭載されている最新の3次元分光観測装置「MUSE」による観測データを基に、稲見助教が3年前に作成したものだという。

3次元銀河地図を用いて、アルマ望遠鏡で分子ガスが検出されたか否かを問わず、銀河が存在する場所すべてに対して、アルマ望遠鏡の観測データの重ね合わせが行われた結果、これまではアルマ望遠鏡でも直接捉えることが困難だった、微弱な分子ガスの検出にも成功したという。

  • alt属性はこちら

    HUDFのすべての銀河が存在する場所に対し、アルマ望遠鏡の観測データの重ね合わせが実施された。その結果、分子ガスが直接検出されていない銀河でも微弱な分子ガスが検出された (C)inami et al.2020 (出所:ASPECS公式サイト)

これまでの研究から、大型銀河は星の合計質量が増えると分子ガスと星の合計質量比が大きく減少することがわかっていた。そして今回の研究により、星の合計質量が天の川銀河の1/10程度の小さな銀河では、ガスと星の質量比の減少が小さいことが判明。つまり、大型銀河では星が多くなるほど、その原料となるガスの質量が急激に小さくなるのに対し、小型銀河では星が多くなっても、ガスがそれほど減らない傾向にあることがわかったのである。このことは、星の合計質量が少ない、ありふれた存在である小型銀河の生成・進化過程が、大型銀河とは異なる可能性を示唆しているという。ちなみに、この傾向が遠方銀河で確認されるのは初めてのことだという。

これらに加え、共同研究チームでは、ビッグバンから20億年経った頃から現在までの宇宙における分子ガス質量密度の進化についての調査も実施。その結果、これまでの研究よりも高い精度で、宇宙が40億歳頃、つまり星の誕生が最も多かった宇宙最盛期に、宇宙では分子ガスが最も多く存在していることが確認されたほか、分子ガスは現在までに1/10に減少しているという確証もつかんだとしている。

今回の研究成果により、宇宙初期の銀河が持つ分子ガスのおおよその量が判明したこととなる。共同研究チームでは、銀河がどのようにしてそれを消費して星を誕生させてきたのか、その過程を調べることで銀河進化のさらなる解明が期待されるとしている。

また共同研究チームは今後、今回の研究で検出された大量の分子ガスを持つ銀河を、さらに高空間分解能な観測を実施し、分子ガスの運動などを分析することにより、ガスが消費され星になる手がかりをつかむことを検討しているとしている。また、2021年に打ち上げが予定されている、ハッブル宇宙望遠鏡の後継機である「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」を用いることで、初期宇宙銀河の性質を多面的に理解できるようになるともしている。