IHS Markit主催の「第38回ディスプレイ産業フォーラム」で、FPD設備投資と製造技術調査担当シニアディレクタのCharles Annis氏は、恒例の「ディスプレイ産業主要指標の景気予報」を示し、業界の各カテゴリ別の景気動向の予測を行った。

  • 第38回 ディスプレイ産業フォーラム

    IHS MarkitでFPD設備投資と製造技術調査担当シニアディレクタを務めるCharles Annis氏 (画像提供:IHS Markit)

注:本連載はあくまで2020年1月30日時点のIHSによる予測であり、2月に入り本格的に猛威を振るい始めた新型コロナウイルスの感染拡大による影響は考慮されたものではないことに注意していただきたい。

2020年は「生産能力」以外は現状維持か好転

景気予報によれば、2019年に「曇りあるいは雨」状態だった「FPDメーカー業績」、「需給バランス」、「ファブ稼働率」だが、2020年にはともに「曇りあるいは晴れ」に好転する見込みである。また、在庫状況は「曇りあるいは雨」から「曇り」にやや好転する見込みであるほか、「AMOLED」も「曇り」から「曇りまたは晴れ」に好転する。これに対して、「生産能力拡大」だけは唯一「曇りあるいは晴れ」から「曇り」に悪化する。「マクロ経済」と「製造装置市場」は、昨年と状況は変わらず、ディスプレイ産業全体としては、2019年の「曇りまたは雨」から「曇り」へと若干の改善見通しであるという

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    ディスプレイ産業の主要指標の景気予測 (出所:IHS Markit)

韓国勢が進める液晶ラインの閉鎖と有機ELへの転換

韓国の2大ディスプレイメーカーであるSamsung DisplayとLG Displayは、旧式となった液晶パネルではもはや猛攻をかける中国勢には敵わないと判断。古いTFT-LCDラインを閉鎖して、一部を先端技術である有機ELラインへと転換しようとしている。

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    Samsung Displayの湯井(タンジョン)FPD製造キャンパス(左)とLG Displayの坡州(パジュ)FPD製造キャンパス(右)における各製造ラインの現在の製造品目と有機EL転換計画の概要 (出所:IHS Markit)

LG Displayは2020年1月6日付で「韓国内でのほとんどすべての液晶ディスプレイ製造を年内に終了する」と発表した。同社にG8 WOLED(白色有機EL)ディスプレイ製造をさらに拡大する予定はなく、最新工場であるP10ラインでのG10.5/11 WOLED量産を予定しているが、それが始まるのは早くても2022年半ばとみられている。

一方のSamsungは2019年10月10日付で、「次世代ディスプレイに今後5年間で総額13兆ウォンを投資する」と発表した。次世代ディスプレイとはQD-OLED(量子ドット有機EL)ディスプレイを指すとみられ、第1段階では、2.5~3兆ウォンを投資して、月産3万枚規模で製造を開始、市場で受け入れられるかを見極めながら徐々に生産量を増やしていくであろうとIHSは予想している。

IHS Markitの韓国大型パネル調査担当シニアディレクタのChung YoonSung氏は、Samsung Displayの第8.5世代ライン(L8-1およびL8-2、ちなみにこの製造棟では、かつてソニーとSamsungの大型テレビ用LCDパネル製造合弁会社S-LCDがソニー向けテレビ用パネルを製造していた)の液晶からQD-OLEDへの生産転換のシナリオを3段階で進むものと予測している。

3段階に分けて転換を進めていくのは、QD-OLEDがまだ開発途上の技術であり、製造プロセスも最終的に固まっていない模様で、そのため開発や量産が成功するかどうかが未知数であるためとった手法と考えられる。QD-OLEDについては、業界内からは否定的な見方もあるが、中国勢の猛追で技術優位性を出せなくなりつつあるSamsungは不退転の覚悟で社運をかけた技術として成功させるべく必死になっているという。

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    IHSによるSamsung DisplayのG8.5 液晶ラインのQD-OLEDラインへの変更シナリオ予測 (出所:IHS Markit)

ベールに包まれたSamsungのQD-OLEDディスプレイ

このQD-OLEDディスプレイだが、2020年1月に米国ラスベガスで開催された「CES 2020」にてSamsungが最新技術モデルを展示することを業界内外の多くの人が期待していたものの、結果としてはごく限られた人に対してプライベートブース内で見せるにとどまったようだ。

そのためIHS Markitのディスプレイ担当アナリストも誰も見ることができていないという。漏れ伝わる情報によると、色再現性は素晴らしいものの、輝度やコントラスには改良の余地があり、まだ自信をもって公開できるような段階には至っていないためだという。開発状況はベールに包まれたままで外部に伝わってこないものの、製品化までにはまだまだ検討を要する項目ある一方で、実際に試作を進めながらそれを改善していく韓国流の作戦で早期の実用化を目指す構えである。

Annis氏によると、QD-OLEDの量産に向けた製造装置の選定は、2019年12月半ばから始まっており、すでに発注も段階的に始まっている。6~7月には装置搬入を開始し、下期には試作を開始、2021年上期には量産を開始するスピード感のある計画のようだ。

製造工程の心臓部ともいえるQDのインクジェット印刷装置は、予想されていた米国製ではなく、Samsungグループ(100%子会社)のSEMES(セメス)に対して5台ほど発注が行われたという。SEMESを選んだのは、(1)韓国政府の素材・部品・装備国産化計画に沿うため、(2)製造上の秘密をグループ内にとどめるため、(3)グループ内からほかの装置も含めて調達し低コスト化を図るため、といった理由によるとみられている。

著者が韓国の製造装置業界に詳しい関係者筋から得た情報では、SEMESが複数の工程の装置を一括受注したほか、発注先にはFNS TECH、ICD、K-MAC、CHARM ENGINEERING、RORZE SYSTEMS(日本のローツェの韓国子会社。同社の受注の詳細については既報の通り)などが含まれているという。政府の素材・部品・装置の国産化計画に沿って韓国企業が主に選ばれた格好となっている。また、韓国内に工場・拠点を有する企業でなければ、Samsungが要求する短納期とコストダウン、そして細かい特殊仕様に向けた打ち合わせにこまめな応じることが難しいという事情もあるようだ。

なお、QD-OLEDの初期の製造コストについてIHS Markitは、LG Displayの得意とするWOLEDの2倍と推測している。しかし、歩留まりが上がり、さらに高価なQD素材の消費量を節約できるようになればWOLEDと同等かそれ以下にコストダウンできるものとみている。「もしもQDインクジェット方式がノズルの目詰まりなどでうまくいかなければ初期開発段階で採用していたリソグラフィ・エッチング工程を採用するという選択肢もあるが、その場合はQDの消費量が増えてコストダウンは難しいだろう」とAnnis氏は述べている。