アップルの新しい「iPhone SE」は、最新のチップセットを搭載し高い性能を備えながら、コンパクトかつ税込みでも4万円台から購入できる低価格で、発表当初より大きな注目を集めています。Apple Storeや量販店では予定通り4月24日に発売されたのですが、携帯電話大手3社は発売を5月11日に延期してしまいました。意外なのが、オンラインでの販売も延期してしまったこと。一体なぜなのでしょうか。

  • アップルが4月24日に販売を開始した新しい「iPhone SE」。「iPhone 8」をベースに、「iPhone 11」の性能を備えた低価格モデルとなり、大きな注目を集めた

“iPhone難民”待望となる低価格&高性能の新iPhone SE

4インチディスプレイのコンパクトなサイズ感で、発売から4年が経った現在でも根強いファンを抱えている旧「iPhone SE」。長らく新機種が登場しなかったiPhone SEですが、4月15日に突如iPhone SEの第2世代モデルを発表して大きな話題となりました。

  • 4インチの液晶パネルを搭載した旧iPhone SE(左)。コンパクトなサイズ感で根強い人気を誇った

新しいiPhone SEは、2世代前の「iPhone 8」をベースに開発されているようで、ボディサイズやデザインはiPhone 8と同じであるほか、ディスプレイサイズも同じ4.7インチ。顔認証の「Face ID」ではなく指紋認証の「Touch ID」を搭載する点も継承しています。このように、カラーを除けばiPhone 8と区別がつきにくいのですが、さすが最新モデルだけに性能は大きく異なります。

実際、新しいiPhone SEは、チップセットに「iPhone 11」シリーズと同じ最新の「A13 Bionic」を採用。また、iPhone 11シリーズと同様にeSIMを搭載するなど、性能面では最先端といっていい内容となっています。それでいて、もっとも安い64GBのモデルで税別4万4800円と、iPhone 11(64GBモデルで税別7万4800円)と比べてもかなりの低価格を実現しています。

多くの人がiPhone SEに期待していた、4インチディスプレイのコンパクトなボディを採用したわけではなかったため、落胆の声も少なからずありました。ですが、それでも新iPhone SEは、大画面化が進む最近のスマートフォンからして見ればかなりコンパクトな部類に入りますし、何よりコストパフォーマンスがとても高いことから、やはり新iPhone SEの登場は大きな関心を集めたようです。

国内では、2019年10月の電気通信事業法改正によって、スマートフォンの高額値引きに厳しい規制がなされてしまったため、特に高額なモデルが多いiPhoneの購入は、多くの人にとって難しいものとなっています。そうしたことから、かつて非常に安くiPhoneを購入した経験を持つ人のなかには、価格的に買い替えられるiPhoneがない“iPhone難民”となってしまう人も多いと考えられただけに、新iPhone SEの登場は大きな朗報といえます。

量販店と携帯ショップで分かれた販売時期

しかしながら、その新iPhone SEの販売を巡って、これまでにない不思議なできごとが発生しました。というのも、新iPhone SEの発売日は4月24日なのですが、それを取り扱うNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの携帯大手3社が、発売日を5月11日に延期するとそろって発表したのです。

一方で、SIMフリーモデルを扱うオンラインのApple Storeや、ヨドバシカメラやビックカメラなどの家電量販店では、予定通り4月24日に販売を開始していることから、国内での供給や販売自体が遅れているわけではいようです。一体なぜ、携帯電話会社からの販売だけが遅れてしまっているのでしょうか。

  • ヨドバシカメラやビックカメラなどの家電量販店は一部の店舗が臨時休業しているが、オンラインショップではSIMフリー版の販売を実施している

新型コロナと携帯ショップを取り巻く構造が大きく影響

そこに大きく影響しているのが新型コロナウイルスです。2020年4月時点では新型コロナウイルスの感染拡大が続いており、感染防止のため「密閉空間」「密集場所」「密接場面」のいわゆる“3密”を避け、他人との接触を7~8割減らすよう、政府や自治体から要請がなされている状況です。

そうした3密の1つに該当するとして問題視されたのが、携帯電話ショップです。店内という密閉空間で、客とスタッフが長い時間対面でやり取りすることが多い携帯電話ショップは、新型コロナウイルス感染拡大の要因となり得るとして懸念されています。実際に、いくつかの店舗ではスタッフに感染者が出ているようです。

このことを問題視した総務省は、4月17日に携帯電話ショップでの感染拡大防止に向けた取り組みを強化するよう、電気通信事業者協会に要請。それを受ける形で、携帯電話会社はショップの営業時間・業務の短縮や休業などを実施しており、従来店頭でしか受け付けていなかった解約手続きなども、コールセンターで受け付けるようになりました。

  • KDDIのプレスリリースより。同社は、全国のauショップの営業時間を短縮し、さらに受付カウンターにパーティションを設けるなどの感染防止策を取っているという

そうした政府の方針に沿う形で、携帯3社は人気商品であり多くの人が店頭での購入を求めるであろう新iPhone SEの販売を、感染防止のため延期するにいたったようです。一方で、それ以外の店舗に関しては政府からの直接的な要請があったわけではありませんし、取り扱うのも回線契約などを伴わないSIMフリー版で長時間の接客が不要なことから、予定通りの販売にいたったといえるでしょう。

ただ、よくよく考えてみると、3社はともにスマートフォンを販売するオンラインショップも持ち合わせており、最近ではテレビCMでオンラインショップをアピールする企業もありました。それゆえ、こちらを利用すれば、感染予防しながらも新iPhone SEを販売できるように思えます。

ではなぜ、オンラインショップ限定で新iPhone SEを販売するにいたらなかったのかといえば、そこには販売代理店との関係が影響しているのではないかと推測されます。オンラインショップは携帯電話会社が直接運営していますが、携帯電話ショップのほとんどは、携帯電話会社が直接運営しているのではなく販売代理店、つまり別の企業に運営を委託する形となっているのです。

  • 多数存在している携帯電話ショップだが、携帯電話会社の直営、あるいはそれに近い形で運営されているのはごく一部。大半のショップは、携帯電話会社とは別の販売代理店が運営しているのだ

それゆえ、売れ筋商品となる可能性が高い新iPhone SEをオンラインショップのみで先に販売したとなれば、その分携帯電話ショップの販売機会を奪ってしまう可能性が高く、代理店側が大きな不満を募らせることは容易に想像できるでしょう。携帯電話会社は、販売代理店とのバランスを取るうえでも、オンラインショップ限定での先行発売はできず、全面的に販売を遅らせる道を選んだといえそうです。

新型コロナウイルスは現在も収束の兆しが見えない状況で、その影響はまだまだ業界全体に大きく及ぶことが考えられます。それゆえ、今回の新iPhone SEの販売延期のように、これまで前例のない不可思議な現象や取り組みが発生し、消費者にも大きな影響を与える可能性があることは覚悟しておいたほうがよさそうです。