ひとり情シスの光と影

前回、大手子会社のひとり情シスの方の転職が多いというお話をしました。今回は、転職を決意してしまう背景についてお話します。

ひとり情シスは、必ずしも辛い仕事だけではありません。裁量権がある、自分で計画を立てられるなどポジティブな面もあります。さらに、CIO的立場で経営に参画している経営参謀タイプのひとり情シスなど、陽の当たる側面だけを見ていると華やかです。実際に、最近は情シスを経験した方が会社のキーマンになるということも増加傾向にあると思います。しかし、陽の当たる場所に着くまでは、さまざまな苦労を突破しなければならず、そこに辿り着くまでの道のりには多くの苦難が伴います。

次から次へ発生する問題や一刻を争うユーザー部門への緊急対応、インフラやPCなどの入れ替え準備など、目まぐるしい状況の変化の歴史に積み重ねられています。今でも、どこかのひとり情シスはその局面に立ち、以下のような対応を強いられているはずです。

「なんかネットワークが遅いんだけど、今夜中に見ておいて!」
「Excelがよく固まるんだけど、情シスなら直せるよね?」
「プリンタが紙詰まりしてるよ!」
「休み中に済まないけど、PCがインターネットにつながらなくなった。何とかならない?」

など、実現不可能とも言える理不尽な要求をしているユーザーもいると思います。電気の通るものはすべて問い合わせが来るので、エアコンやエレベーターについても要求されるというひとり情シスの方もいました。

最近では、働き方改革などのポジティブな機運が広がりつつあり、無理な要求が減ってきていると聞いています。また、今まで手間取ってきたブラックボックスのオフコンなどの基幹系システムもリプレースされ、全貌が分かりにくかった社内のネットワークなども再施設や無線化して整備されてきて、管理する手間も減る方向にあると言えます。しかし、大企業子会社のひとり情シスは、中小企業のひとり情シスが直面する問題とは異なった悩みを抱えています。

子会社特有のIT課題

大企業グループの子会社には、経営の安定性や仕事のスケールの大きさなど多くの魅力があります。就職先として人気企業になることもあります。また、中小企業のひとり情シスが広い活躍の場を目指して転職してくるケースも少なくありません。その反面、子会社特有のありがちな不満も聞こえてきます。かくいう私も米国企業の子会社、完全子会社、アジア太平洋地域統括子会社、さらにその子会社で本社から見ると孫会社、タイでのジョイントベンチャーなどで勤務してきました。アジア諸国に勤務していた頃は、ローカル社員達は「本社の人間はさまざまなレポートを緊急で要求してくる割には自分では手を動かさない。しかし、給与は高いらしい」としばしば噂していて、潜在的に不満を持っている姿を目にしました。事実、親会社風を吹かせて極めて高圧的な態度で指示を出してくるマネージャもいて、閉口することも多かったです。

突然の戦略変更、さらには合併や分社など、親会社の意向に振りまわされる子会社の悲哀を感じることも、アジア勤務時代にはありました。特に2019年は、1985年以来M&Aが最も多いとの報告があり、日本国内でも子会社の統廃合が活発にされました。突然、自身の会社が合併され、新しい親会社と子会社の関係ができてしまい、戸惑う社員の姿も想像できます。しかも、現在のM&AではITの有機的結合の利用や位置づけは必須なので、IT基盤統合に向けて、突然、忙殺状態に陥る情シスの方も多いようです。

  • 大企業子会社のひとり情シス座談会

①情報提供が少ない環境

大企業子会社は東京の郊外や近郊県、または地方に存在していて、その地域住民が憧れている地域内の超一流企業であることが多いです。以前までは、各事業所や工場単位での購買権限があり、地域の有力なリセーラーやインテグレータなどから盛んに提案を受けて、情シス部門として必要な情報を得られることが一般的でした。しかし、大企業は本社で集中購買することが多くなり、グループ企業でITベンダーを統一するなどに変化してきて、子会社独自で意思決定するケースが少なくなってきました。また、各ITベンダーの営業体制もグループ企業に対応したアカウントチームが提案することが多くなり、東京から離れている拠点では従来と比較してコンタクトが少なくなったとの声も多くなっています。

発注条件などはグループ企業の集中購買になれば決して悪くはないものの、子会社それぞれで十分な情報が獲得することが難しくなっているようです。特に、日本では全IT業界人材の72%がITベンダーに属し、ユーザー企業は28%にすぎないという話は有名なところです。このような情報の非対称性で考えると、ITベンダーが情報を提供することが一般化しています。さまざまなベンダーが情報を持ってきてくれることが一般化しており、実質的には社内の検討資料や稟議資料のベースとなることさえあります。集中購買などによりちょっとした相談相手もいなくなる可能性があり、大手子会社ひとり情シスは、ある意味、独立系中小企業のひとり情シスよりも苦労することになっているのです。

管理のためのレポートが多数

グループ企業内のガバナンスを強化する目的で、各子会社のIT設備の透過性を求められることが多くなっています。グループ企業内の子会社各社にとってIT資産管理を整理するということはとても良いことです。しかし、現業がとても忙しい中では時間的余裕がありません。本社が要求するレポートに対応することの苦労話はたびたび耳にします。

その結果を本社から何かしらの形ででもフィードバックしてもらえればいいのですが、ほとんど管理のためのレポートという側面が多いようです。企業グループ内で人材活用を促すために、タレントマネジメントはとても重要な戦略です。しかし最近では、子会社のITのスタッフのスキルセットを明確に記述し、報告する必要があるところも増えてきているようです。真面目に報告しすぎてしまうと、本社の仕事を手伝ってほしいなどと突然言われることもあり、「何のための報告なのか?」と対応に苦慮していることが少なくありません。子会社の幹部社員は親会社から定期的にローテーションされますか、そのたびに要求される資料のフォーマットなども異なり、説明する準備に時間が取られることも多いようです。

IT化が進むことにより刑法が改正されて、サイバー犯罪を対象とする不正アクセス禁止法などの法律、電子署名認証法、e-文書法などの円滑な電子商取引を支援する法律、プライバシー保護や個人情報保護のための法律、迷惑メールを規制する法律、著作権保護のための法律などが制定されてきました。GDPR(General Data Protection Regulation EU一般データ保護規則)や、米国民事訴訟の手続きの一つとしてDiscovery(証拠開示制度)などまで考慮した対応を大手子会社のひとり情シスには要求されています。独立系企業から転職された方はとても戸惑うとのことです。

グループ企業の統一クラウド基盤の提供

多くのグループ企業を抱える本社情シス部門が、グループ内で有効に活用できる統一的なITプラットフォームやクラウドの環境を準備して提供することは、とでも理想的で望ましいことだと思います。情シスの少ない会社では、独自に準備することは難しいからです。しかし、日本の企業グループはとても多岐な業種に渡り、本業から分社された事業会社や本業から離れる産業もあれば、本業と全く関係ない飛び地のような技術を持つM&A先子会社などもあり、統一的なプラットフォームを作るにはさまざまな機能を考慮する必要があります。

そうなると結果的には、多様な機能に応えるため全体のコストが上がってしまい、各子会社の割り当ての負担金コストがどうしても高く感じてしまうことがあるようです。子会社の情シス部門としてはITリソースが切迫している関係で、一刻も早くクラウドサービスを使いたい時があるのですが、それは叶わないままです。グループ全体の活用を見こした汎用的な機能も最大公約数的になってしまい、子会社が必要なシンプルなクラウドの機能とはかけ離れてしまいます。また、全額が子会社の費用負担になることが多く、その費用を子会社の社長に説明することも至難の業です。

キャリアパスが見えない

上司は親会社から出向してくることも多いので、定期的に人事異動になり継続的なキャリアのディスカッションが難しい土壌にあります。さらに、ひとり情シスの場合は、上司が管理部門全体の責任者であることもあり、ITについての話がそもそも成り立ちにくいこともあります。大企業子会社のひとり情シスの転職が続いてしまうのも、ここに大きな原因があると言われる方は多いです。またITに関する知識の問題だけではなく、やはり人間同士なのでコミュニケーションが取りやすいかという問題もあります。親会社の高圧的視点に上司がなってしまうと、なかなか相談したいことを報告できる環境にはならないという話はよく聞きます。

給与待遇面の不満

これは子会社特有の構造上の問題であるのかもしれません。しかし、子会社のひとり情シスの方の勤務時間や休日、緊急対応などの多くの犠牲の上に成り立っていることがあります。まして、大手企業のブランドを背負っている会社では、より高い責任性を背負っているので、ストレスも想像を絶するものです。

特に、ひとり情シスの場合には全責任が集中し、IT経験が少ない管理職の下では稼動して当たり前と思われるなど、正当な評価からは程遠いことがあります。何の前触れもなく、大企業子会社のひとり情シスが突然辞める理由として、この点を上げる方も多いです。

子会社ガバナンスの実態

コーポレート・ガバナンスは一般的に「企業統治」と訳され、企業経営を管理監督する仕組みを意味するものです。しかし、エクセレントカンパニーでは管理を強化するというよりは、その前段として「〇○Way」のような企業DNAを熟成し、常にグループ全体に浸透させています。

  • 『グループガバナンスに関するアンケート調査結果』(デロイトトーマツ「グループガバナンスに関するアンケート調査結果 2019年版」 ※時価総額1000億円以上 より)

そのことを明確に示すデータをデロイトトーマツの『グループガバナンスに関するアンケート調査結果』に見出すことができます。ROE(株主資本利益率)は、企業の収益性を測る指標です。一般的に「8%以上」が投資すべき判断の基準値ですが、これを上回る会社と下回る会社に分類した調査報告です。ROE8%以上の会社では、管理ルールや業務手順が明確になっていて、浸透させるための研修を実施しています。一方で、ROE8%未満の会社では定期的なモニターや人材管理など、強くマイクロマネージメントしている状況が伺えます。方針を決定しきちんと浸透させるやり方として、マイクロマネージメントを強制していないということが理想的なマネージメントであることが伺えます。

「子会社に多くを権限移譲するのも難しいですし、反対に、親会社で全部決めるというのも好ましくなく、どこのラインに線を引くかは難しい」とは、グループ企業を統括する親会社の役員の話です。線引きはとても難しい面もありますが、ITに関しては上記の調査のように、なるべく上流での準備や研修を通じた周知などの啓蒙を深め、IT運用のガイドラインを提示できることが望ましいと言えます。

次回の大企業子会社のひとり情シスの最終回では、ここで提示された諸問題を解決している企業のエピソードについてお話しします。

デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell 
Facebook;デジタルトランスフォーメーション & ひとり情シス https://www.facebook.com/Dell.DX1ManIT/」