公海に沈むタイタニック号、誰がどう守る?

発見から30年、豪華客船のこれからを海洋考古学者に聞いた

2015.09.04
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1912年、北アイルランドのベルファストを出航する豪華客船タイタニック号(PHOTOGRAPH BY HULTON-DEUTSCH COLLECTION, CORBIS)
1912年、北アイルランドのベルファストを出航する豪華客船タイタニック号(PHOTOGRAPH BY HULTON-DEUTSCH COLLECTION, CORBIS)
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 ちょうど30年前(1985年)の9月1日、海洋考古学者のロバート・バラード氏は、水深約4000メートルの海底に横たわるタイタニック号を発見するという世紀の偉業を成し遂げた。(参考記事:「世紀の大発見「タイタニック号、発見!」のウソ」

 世界で最も有名な沈没船の一つであるこの豪華客船が発見されてからというもの、これまで数々の科学調査や遺物収集、観光ツアーが実施されてきた。それに伴ってこの先、船をどう保存していくかという問題が浮上している。

 タイタニック号は、カナダ・ニューファンドランド島の南東沖約600キロの公海で沈没した。海事法によると、公海に沈んでいる船の残骸は、どの国も管轄権を持たない。タイタニック号を所有していた会社はとうの昔に消滅しているため、船までたどり着ける機材と専門知識さえあれば、誰でも船へ接近でき、遺物を持ち帰ることも可能だ。

船長室の窓に突き刺さった鎧戸。(PHOTOGRAPH BY EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
船長室の窓に突き刺さった鎧戸。(PHOTOGRAPH BY EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 今では沈没現場を訪れた観光客の残したゴミが付近に散乱し、潜水艇が船の上に降りたり衝突したりして船体を損傷させたと指摘する専門家もいる。また、自然現象による船の崩壊も懸念される。特殊な軟体動物が船の木造部分をほとんど食べつくし、微生物がむき出しの金属を蝕み、「ラスティクル(rusticles)」と呼ばれるつらら状の鉄さびを生成している。(参考記事:「海底のタイタニックに新種のバクテリア」

 法的議論は何年も続いているものの、今のところ大した解決策は見いだせずにいる。タイタニック号はどこへ向かうのか。ナショナル ジオグラフィック協会付き研究者であるバラード氏に聞いた。

――タイタニック号は今後どうなるのでしょう。

 船はすでに100年以上の間、海の底に眠っています。おかげで、タイタニック号は水中文化遺産としてユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の保護下に置かれることになりました。

 一方、カナダがタイタニック号の沈んでいる海底の領有権を主張 しようとしているようです。現在、ここはカナダの排他的経済水域(EEZ)の外にあるのですが、この水域の延長を申請することは可能です。大陸棚の延長といって、自国の大陸棚が200カイリを超えて延びていることが証明できる場合、200カイリ以上先でも自国の大陸棚として設定できるという規定があります。

 タイタニック号は、この大陸棚の上に乗っています。

 また、遺物の回収に関しては、もはやコストに合う見返りが期待できなくなっているという現状があります。(参考記事:「タイタニック 沈没の真実」

船の操舵装置として使われた銅製のテレモーター(水圧式遠隔舵取り機)(PHOTOGRAPH BY EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
船の操舵装置として使われた銅製のテレモーター(水圧式遠隔舵取り機)(PHOTOGRAPH BY EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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――船自体はどうでしょうか? 保存状態は?

 船の損傷の大半は、その上に降り立った人間によるものです。船体自体は非常に頑丈で、船首部分の底は海底にしっかり潜り込んでおり、それが船をつなぎとめている状態です。

 おそらく船の上部のもろい部分は崩れ落ちてしまうと思いますが、船体自体は、海底に衝突した勢いで船首の底が約27メートルも地中に潜り込んだため、まだまだ持ちこたえると思います。

 船を保存する技術はあります。今のままの状態で保存・維持することは可能ですが、問題は誰がそれをやるかです。

一等船室の内部(PHOTOGRAPH EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
一等船室の内部(PHOTOGRAPH EMORY KRISTOF, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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――コストが問題なのでしょうか?

 そうですね。技術の問題ではありません。ただ、数百万ドルもかからないとは思います。建物を保存・維持するのと同程度でしょう。

 初めて船を発見した時、水生生物の付着を防ぐためにピンク色の塗料が塗られた部分には何も付着していないようでした。100年以上経った今でも、塗料は効果を発揮しているのです。ですから、船全体をこの塗料で覆ってはどうかと考えています。そうすれば、船体が崩壊してしまうという事態は避けられるでしょう。

――沈没場所を訪ねるツアー客は?

 すでにピークは過ぎました。コストをまかなえるだけの観光客が集まらないのです。この夏は、ひとりもいませんでした。

 過去30年間の観光客数を見ても、2004年に私たちが探査に入って以来ほとんどいません。ここ10年間で訪れた人は、おそらく皆無だと思います。

参考記事:「『日本人ノ恥ニナルマジキ』生還した日本人乗客の手記」「タイタニック号唯一の日本人の孫、細野晴臣さんインタビュー」

【フォトギャラリー】水中調査で撮影、タイタニック号と遺品写真13

文=Jane J. Lee/訳=ルーバー荒井ハンナ

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