“殺人スズメバチ”騒動が米で勃発、はびこる過度な「虫嫌い」

虫と人間の両方にとって危険と専門家が憂慮、その弊害とは

2020.08.09
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オオスズメバチ(Vespa mandarinia)は恐ろしい動物に見えるかもしれないが、挑発したり巣を脅かしたりしなければ刺されることはない。米国に侵入したものの1つの郡でしか目撃されておらず、その他大半の地域にとっては危険な存在ではない。(PHOTOGRAPH BY ATSUO FUJIMARU, MINDEN PICTURES)
オオスズメバチ(Vespa mandarinia)は恐ろしい動物に見えるかもしれないが、挑発したり巣を脅かしたりしなければ刺されることはない。米国に侵入したものの1つの郡でしか目撃されておらず、その他大半の地域にとっては危険な存在ではない。(PHOTOGRAPH BY ATSUO FUJIMARU, MINDEN PICTURES)
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 1859年、科学者のアルフレッド・ラッセル・ウォレスがインドネシアの北マルク諸島で巨大なハチを発見した。現在、世界最大のハチと認定されている「ウォレス・ジャイアント・ビー」(Megachile pluto)だ。(参考記事:「ダーウィンになれなかった男 アルフレッド・ラッセル・ウォレス」

 翅を広げた幅は6センチを超え、シロアリ塚に穴を掘るための大きなあごを持つ。これほど巨大なハチであるにもかかわらず、1981年に再発見されるまで100年以上も行方不明になっていた。生きている個体が初めて映像に収められたのは2019年1月のことだ。(参考記事:「【動画】世界最大のハチ、動く姿を撮影、野生で初」

 このときの調査チームの一員だった写真家のクレイ・ボルト氏はナショナル ジオグラフィックの取材に対し、このハチはリラックスした様子で全く攻撃的に見えず「とても落ち着いていました」と発見時の感想を語っている。

 だがこの発見が報じられると、Twitterには恐怖におびえる人々のコメントがあふれた。「火あぶりにしてしまえ」「夢に出てくるかもしれない」。報道も同じだった。このハチが人に危害を加える可能性は低いにもかかわらず、「悪夢のハチ」「恐ろしい」などの言葉が見出しを飾った。

参考ギャラリー:世界の美しいハチ 写真9点(画像クリックでギャラリーへ)
参考ギャラリー:世界の美しいハチ 写真9点(画像クリックでギャラリーへ)
ウォレス・ジャイアント・ビー(Megachile pluto)。極めて希少で、コレクターの脅威にさらされており、人に危害を与えることはない。(PHOTOGRAPH BY CLAY BOLT)

 その後、米国で「殺人スズメバチ」騒動が起きた。

 2019年末、アジアに生息する世界最大の狩りバチであるオオスズメバチ(Vespa mandarinia)が、カナダのブリティッシュ・コロンビア州南部と米国ワシントン州北西部で見つかった。米ニューヨーク・タイムズ紙は「殺人スズメバチ(murder hornets)」と表現し、話題となった。大半の昆虫学者にとっては使ったことも聞いたこともない呼び名だったが、たちまち独り歩きしてしまった。(参考記事:「「殺人スズメバチ」が米国西海岸に上陸、SNS話題」

 ウォレス・ジャイアント・ビーと異なり、オオスズメバチは、発見場所の近くで暮らす人々にとっては現実的な問題だ。攻撃性があり、巣を脅かされれば相手を刺すこともあると、米アリゾナ大学の昆虫学者ジャスティン・シュミット氏は説明する。人が刺されるとかなり痛いうえ、死ぬこともある。

 2020年7月、ワシントン州当局は北西沿岸部のバーチベイで生きたオオスズメバチを初めて捕獲した。過去に目撃された場所から近く、この辺りに巣があることを示唆している。

在来種が勘違いで駆除される

 米国にとって外来種であるオオスズメバチはワシントン州の1つの郡でしか目撃されていない。にもかかわらず、全米で多くの人が在来種のスズメバチをオオスズメバチと勘違いしている。「スズメバチ駆除スプレー」をはじめとする殺虫剤のネット検索回数は1年前より大幅に増加し、全米各地の昆虫専門家のもとにはオオスズメバチに関する問い合わせが殺到している。

 ワシントン州農業局の昆虫学者クリス・ルーニー氏は、「殺人スズメバチ」に対する根拠のない恐怖から、全米で多くの無害なハチが殺されているのではないかと危惧している。

次ページ:「私たちは昆虫について驚くほど無知になりました」

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