スピリット走行不能、NASA公式発表

2010.01.26
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火星の砂地に車輪を取られて立ち往生した火星探査車スピリットの“セルフポートレート”(2009年12月26日撮影)。

Photograph courtesy NASA/JPL-Caltech
 2004年から火星の調査に奔走してきた探査車スピリットの足が完全に止まろうとしている。昨年5月に南半球にある小さなクレーター「トロイ(Troy)」の砂地に車輪を取られて以来、継続的に脱出が試みられてきたが、スピリットは依然として移動できない状態だ。 この状況を受けてミッション責任者は26日、脱出の断念を発表した。現在の走行可能距離は10センチ程度でほとんど身動き取れない状況だが、今後も現在の停車位置から可能な限りの観測が行われるという。

 NASAの火星探査プログラムを指揮するダグ・マッキション氏は26日、ワシントンD.C.で記者会見を開き次のようにコメントしている。「あのクレーターはゴルフで言うなら“恐怖のバンカー”だ。バンカーショットを何度繰り返しても抜け出すことができない」。

 脱出を断念したいま、スピリットの運転担当者は可能な範囲で車体を動かし、迫り来る冬を無事越せるような傾きにしようと模索しているところだ。

 カリフォルニア州パサデナにあるNASAのジェット推進研究所(JPL)で活動する火星探査車プロジェクトの責任者ジョン・カラス氏は次のように話す。「過去にも車体を駆動して太陽電池パネルを北に傾け、太陽光を最大限取り込むことに成功したことがある。現在は南に約9度傾いており、太陽発電に適切な状況とは言えない。傾きを改善できなければ、電力不足で日常的な活動が困難になるだろう」。

 その場合、スピリットは自発的に休止状態に入り、約6カ月間に渡って通信が途絶えるものと見込まれる。

 カラス氏によると、現在のスピリットにとって最大の課題は越冬だという。「通常は電源をオンに維持して車体を保温するんだ。冬場に車をアイドリングするようにね」と同氏は説明する。

 これまで日射量の減少する冬場はスピリットを停車させ、車体をできる限り北に傾けて太陽光を取り込んでいた。そうして春に再び動けるようになるまで最低限必要な電力を確保し、通信を継続していたのである。

 しかしスピリットが休止状態に入ると、太陽電池パネルで発電した電力はバッテリーの充電に回され、電子機器の保温は行われなくなる。今年の冬、火星の気温はマイナス45度ぐらいまで下がると予想されているが、スピリットは休止状態でマイナス55度まで耐えられるように設計されているという。

 この件についてカラス氏は次のようにコメントしている。「設計限度の範囲内ではあるが、新品の車体でしかテストされていない。90日という短期間のミッションを想定して設計されたスピリットも、火星の探査を始めて既に6年を経過した。したがって無事に冬を越せる保証はなく、春が来て再び通信を開始してくれるのか本当に心配だ」。

 スピリットの運転を担当しているJPLのアシュリー・ストラウプ氏は、「スピリットが春に活動を再開したら、可動システムを最大限活用して万全の調査活動を実施できるようにしたい」と話す。

 ニューヨーク州にあるコーネル大学の教授で、火星探査車プロジェクトの主任研究員でもあるスティーブ・スクワイヤーズ氏は、「スピリットの立ち往生にもプラスの面があるかもしれない。例えば火星の核や大気の状態、過去の水の動向に関して、新たな発見がもたらされる可能性もある。移動する必要がなくなった分、これからはまったく新しい分野の科学調査に没頭できる」。

 例えばスピリットが一定の場所から発信する電波信号を追跡調査すれば、火星の自転軸の揺らぎを正確に計算できるのではないだろうか。

 ロボット・アームを使ってクレーター周辺の複数の場所から土壌サンプルを採取し調査すれば、火星の大気と地表の間で長年に渡って行われてきた相互作用を解明することもできる。また、今度の立ち往生が功を奏し、クレーター「トロイ」が硫酸塩の層で不自然に覆われていることが判明している。周辺地域が比較的最近、水の作用を受けている可能性が示唆されたかたちだ。

 スピリットの活動継続を諦めていないスクワイヤーズ氏は、「まだまだ多くの科学的発見を期待できる。誰もが驚くような新事実も見つかるかもしれない.」と話している。

Photograph courtesy NASA/JPL-Caltech

文=Victoria Jaggard

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