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逆境バネに奔走するトヨタの自負、有事の時こそ「国家」「社会」のために

逆境バネに奔走するトヨタの自負、有事の時こそ「国家」「社会」のために

20年4−9月期決算をオンラインで発表する豊田社長

約550万人―。日本の就業人口の約1割を占める自動車産業。日本を支える主力産業としての社会的責任を果たすべく、コロナ禍で疲弊した経済の再生を下支えしている。そのトップ企業であるトヨタ自動車にかかる期待は、ことさら大きい。「有事の時こそ自分以外の誰かのため、世のため、未来のために仕事をしたい」と豊田章男社長。逆境をバネに産業基盤の再構築に奔走するトヨタの動きを追った。(取材=名古屋編集委員・長塚崇寛)

車産業、経済再生のけん引役

「お客さまの1台が私たちの工場を、日本経済を動かす。その1台1台を積み上げるため、生産も販売も必死になり自分たちの仕事をした」。新型コロナウイルスの影響度合いが注視された2020年4―9月期の決算説明会。21年3月期の通期見通しを売上高、各利益段階とも上方修正した理由の一つを豊田社長はこう説明した。

自動車産業の経済波及効果は、日本の産業別でトップレベルとなっている。例えば自動車が“1”生産すれば、他の産業に“2・5”誘発されるという。つまり生産の波及効果は2・5倍となる。トヨタもこのファクトに大きな自負を持つ。豊田社長は「自動車産業が日本経済のけん引役にならないといけない」とかねて話してきた。

国内のモノづくり基盤を維持するための不文律がもう一つある。国内での年産300万台体制だ。トヨタに連なる膨大なサプライチェーン(供給網)や人材・技能を堅持するため「石にかじりついて守ってきた」(豊田社長)数字だ。コロナ禍の影響を受けた20年も、挽回生産により300万台に迫る規模で着地したもようだ。

トヨタの生産現場を長年統括してきた河合満エグゼクティブフェローも「国内のモノづくりは、トヨタのグローバル生産の基盤。技能伝承や人材育成のためにも、300万台の方針を変えることはない」と強調。このほどサプライヤーに伝えた21年度計画では、大台を回復する見通しだ。

5G・つながる車、地方創生の未来を描く

少子高齢化や過疎化といった社会課題の解決を実現しようと、既存の自動車メーカーの枠を超えた取り組みにも果敢に挑んでいる。静岡県裾野市で建設を計画するスマートシティー「ウーブン・シティ」だ。同プロジェクトは20年12月に生産を終了し、半世紀の歴史に幕を閉じた東富士工場の跡地を利用する。

2月23日着工を計画しているスマートシティー「ウーブン・シティ」(完成予想図)

自動車生産で生み出していた価値を自動運転車を使った移動サービスなど新たな価値に昇華させ、地方創生の未来を描き出す構えだ。第5世代通信(5G)やコネクテッドカー(つながる車)を軸に、次世代都市のプラットフォーム(基盤)を作り込む。

豊田社長はウーブン・シティを「どこまでいっても未完成の実証実験の場」と表現。「究極の目標は人を中心とした安全なモビリティーを作ること」と続ける。その実現にはインフラとモビリティーをセットで開発する必要がある。このため、20年3月にはNTTと相互に約2000億円を出資する資本業務提携を締結したほか、本年1月末にはKDDIに追加出資する予定だ。自動車にとどまらず、人や街などあらゆるものがつながる次世代通信基盤の構築を目指す。

ウーブン・シティは2月23日に着工する計画で、まずは高齢者や発明家ら360人程度が居住する。都市機能の高度化に向け他産業との連携も模索しており、足元で「3000程度のパートナーに応募いただいている」(豊田社長)という。不確実性が高まる社会情勢の中で豊田社長は新たなビジョンとして「幸せの量産」を打ち出した。モノづくりとコトづくりを有機的に組み合わせ、持続可能な社会の実現を後押しする。

研究開発費は最高水準、次世代技術に先行投資4割

車業界ではCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)など「100年に一度」と言われる産業構造の変動に見舞われている。トヨタは21年3月期の営業利益を1兆3000億円に上方修正したものの、コロナ禍の影響で前期比45・8%の減益を見込む。その中で研究開発費は過去最高水準だった前期と同規模の1兆1000億円を計画。このうちCASEなど「次世代技術への先行投資は、およそ4割を占める」(近健太執行役員)までになった。

CASE分野では米グーグルや米アップルといった巨大IT企業や、高い技術力を持つベンチャー企業との競争にさらされている。これら企業に太刀打ちするには、開発スピードを速めることが不可欠。潤沢な資金を確保するため手元資金の積み増しはもちろん、お家芸である原価低減活動に一層磨きをかけている。コロナ禍の中でもサプライヤーの協力を得て、21年3月期は営業利益ベースで年2000億円弱のプラス効果を狙う。

脱炭素社会の実現に向けた機運が世界的に高まる中、菅義偉首相は10月の所信表明で、50年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」目標を掲げた。そのための手段として、政府が30年代半ばまでに国内新車販売の全てを電動車にする目標を策定した。

30年代半ばに向けてトヨタは、これまで展開してきた電動車の全方位戦略で乗り切る方針。足元では高い競争力を持つハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)に加え、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)などを相次いで投入した。25年ごろに高級車ブランド「レクサス」を含め、全ての車種に電動グレードを設定する計画だ。

EVでは20年代前半に10車種以上を投入する計画で、20年はレクサスのEVモデル「UX300e」を日本や欧州、中国で販売。12月には2人乗りの小型EVを日本で限定発売した。FCVでは「MIRAI(ミライ)」の新モデルをラインアップに加えた。

高級車ブランド「レクサス」の電気自動車モデル「UX300e」

トヨタの電動車戦略のキーパーソンである寺師茂樹取締役は「規制がどうであれ、モビリティーを選ぶのは顧客だ」と指摘する。電動車のフルラインアップメーカーとして顧客に選択肢を用意。「その都度環境に対応できる車両を開発し、最終的にゼロエミッションを実現する」考えだ。

ただし、自動車メーカーの努力だけで、目標の達成は事実上不可能だ。カーボンニュートラルに向けては、自動車の生産から使用、廃棄までの全体で二酸化炭素(CO2)排出量を評価する必要があるためだ。日本自動車工業会(自工会)の会長も務める豊田社長は「(カーボンニュートラルを目指す政府方針について)自工会として全力で貢献する」としつつ、「国のエネルギー政策に手を打たないと、モノづくりを残し、雇用を増やし、税金を納める自動車業界のビジネスモデルは成り立たなくなる」とクギを刺した。

モノづくり基盤の維持・成長、環境対応、地方創生など、日本の再構築に向けた課題は山積する。トヨタは国家・社会への奉仕を是としてきた創業の原点を再確認し、この国の繁栄に向けた道筋を描く。

日刊工業新聞2021年1月4日

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