朝原宣治さん 疲れにくい体をつくるリカバリー方法
元陸上五輪メダリストに聞く(下)
36歳で陸上競技4×100mリレーで五輪メダリストとなり、46歳で世界マスターズ陸上競技4×100mリレーで金メダルを獲得した朝原宣治さんに、年齢に負けずに、疲れにくい体をつくるリカバリー方法、手軽に体幹を鍛えられるトレーニング法について伺った。
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その日の疲れ、その日のうちに
――現役中、トップアスリートのなかでは高齢の選手として、世界の第一線で活躍されたり、現在も世界マスターズ陸上にチャレンジして結果を出されていたりする朝原さんですが、ご自身の経験から、体力を回復させるためのコツがあれば教えてください。
最も意識しているのは、「その日のうちに疲れをなるべく取る」ということです。つまり、疲れを放置しておくとどんどんたまっていって、それを取り除くのは時間がかかる。だからその日のうちに、できる限り「体を元に戻す」ようにしています。
回復力を高めるには、やはり睡眠が一番大事だと思っていて、質のいい睡眠を取るために、早めに寝るように意識してきました。現役中は、22時には布団に入って寝ていたときもありましたね。睡眠時間は約7時間ぐらいでした。
入浴も疲れを取る一つの方法です。僕の場合、汗をかくまで湯船につかることを意識していました。温度はさほど気にしていませんでしたが、ぬるま湯であれば汗が出るまで長めにつかり、少し熱めのお湯であれば、のぼせない程度に、お風呂を上がった後に汗がじわっと流れるくらいを目安にしています。
そして、お風呂上がりにストレッチポールを使って体を伸ばしたり、筋肉が張っているところを意識してほぐしたりしています。練習した日はもちろんですが、1日飛行機に乗っていたという移動だけで終わるときも、必ず体をほぐしてから布団に入っています。寝る前に必ず体を整えるというイメージでしょうか。
――食事で気をつけていることは?
若い頃は、どんなに疲れていても、肉など多めのたんぱく質と炭水化物さえ摂取していれば、元気になるという感覚でしたが、加齢とともに、また激しいトレーニングを行う合宿中などは、内臓が疲れて胃もたれすることが多くなりました。ですから、ある程度の年齢になってからは、 夜ご飯は鍋料理にして野菜をたくさん摂取することが多かったです。鍋の種類は、豚肉や鱈などの魚を入れた鍋、チゲ鍋などさまざま。鍋だと肉や魚だけでなく、野菜もたっぷりとれてバランスのいい食生活を送れるので、冬だけでなく夏場でも食べていましたね。
今は、トレーニングした日はおなかがすくのでしっかり食べますが、やはり加齢で昔に比べて胃もたれしやすくなっているので、そんなときは、腹八分に抑えるようにしています。
――食べる順番や時間帯などのこだわりは?
食べる順番のこだわりとしては、トレーニングの前後におにぎりなどを食べて、炭水化物をしっかりとります。その後に、ゆで卵や肉などのたんぱく質を摂取します。炭水化物を摂取してインスリンが出ている間にたんぱく質を摂取すると、栄養素を取り込みやすく、筋肉や毛細血管などがリカバリーされやすいとされているからです。
ちなみに、ウエートトレーニング後にプロテインを飲む人もいますが、飲み過ぎると腎臓に負担がかかる恐れがあると聞き、僕はあまり利用していませんでした。風邪を引いたときにビタミンCぐらいは摂取しましたが、サプリメントに頼ることも、あまりしていませんでしたね。できるだけ、口に入れるものは、自然のものにしたいと思っていたので。
「気持ちいい」「気持ち悪い」といった感覚を重視
――お話を伺っていると、現役の頃から、体を元に戻すということを重視されているんですね。
自分の中に、「自分にとってのこの状態が気持ちいい」というゾーンがあって、そのゾーンを越えないように、現役中はもちろん、今もそれを心がけています。もう習慣になっているといっていいです。
例えば、脂っこいものを食べたら、次の日は極力脂っこいものは食べないし、昼に甘いお菓子を食べれば夜は食べない。飲み会の翌日はアルコールを控える。当たり前のことのようですが、食べ過ぎたり飲み過ぎたりすると、自分の中の「気持ち悪い」ゾーンに突入してしまうからです。こんなふうに自分の感覚を大事にしているから、現役を引退しても僕は太らないんだと思うし、引退してから10年間、トレーニングをしていなかったのに、短期間の練習で何とか世界マスターズ陸上にチャレンジできたのもそのおかげだと思うんです。
歩き方一つにしても、体の中心部にある大きな筋肉を動かして歩かないと気持ちが悪いんです。つまり、膝から下といった体の末端を前に出して歩くのではなく、骨盤や尻、背筋といった大きな筋肉を動かして歩いています。特に股関節は重視していて、階段は大股開きで一段抜かしで上ったり、ストレッチをするときも股関節の柔軟性アップを意識していたりしますね。
人の歩き方を観察するのが好きなのですが、膝から下など体の末端だけを前に出して歩いている人を見ると、「あー、気持ちが悪いな」と思ってしまいます(笑)。その「気持ち悪い」という感覚がマヒしたり、なくなってしまったら、背中が曲がったり、体のバランスが崩れたり、体形や体重が大きく変化したりするのだろうなと思いますね。
「T字バランス」で体幹トレーニング
――体の中心部を鍛えるようなお勧めのトレーニング法があったら教えてください。
腹筋は、年を取っても続けるといいと思うんですよね。同じパターンの腹筋でなく、体をねじっていろんな角度から鍛えるなど、さまざまなバリエーションの腹筋をやるといいと思います。
家で毎日、手軽に体幹を鍛えられる運動として、「T字バランス」はお勧めです。僕がやるのは通常のT字バランスとは少し異なり、軸となる右脚はまっすぐ伸ばしたまま上体を前に倒して、左脚は地面と平行になるように後方に伸ばします。右腕は顔の横を地面と平行になるように伸ばしたまま、10秒ほどキープ。そして、軸脚を替えて反対も同様のポーズを取ります。
ポイントは、前方に伸ばした手の指先から後方に伸ばした左脚のつま先が、地面と平行に一直線になるようにし、軸脚の膝が曲がらないようにすること。その際、骨盤を前傾させて地面と平行になるように意識するといいでしょう。最初はふらつくでしょうが、腹筋や背筋、腰回りといった体幹が鍛えられ、バランス感覚も養われます。家の中で簡単にできるお勧めの体幹トレーニングです。
(文 高島三幸、写真 水野浩志)
1972年兵庫県生まれ。高校時代から陸上競技に本格的に取り組み、走り幅跳び選手としてインターハイ優勝。大学では国体100mで10秒19の日本記録樹立。同志社大学卒業後、大阪ガスに入社、ドイツへ陸上留学。2008年北京オリンピックの男子4×100mリレーで銅メダル獲得。引退後、2010年に陸上競技クラブ「NOBY T&F CLUB」を設立。2018年9月、スペイン・マラガで開催された世界マスターズ陸上競技選手権大会・M45部門・男子4×100mリレーで金メダルを獲得。
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