論破はゴールじゃない ラ・サール英語ディベート部
ラ・サール高校・中学(中) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ
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週2回ネーティブ教員が指導
ラ・サールには英語の授業専用の校舎がある。建物そのものは何の変哲もないが、ラジカセから英語のラジオ放送が流されていたり、壁には所狭しと英語のポスターが貼られていたり、一歩足を踏み入れると自然に英語モードのスイッチが入るようになっている。
普段はネーティブの教員たちがそれぞれに工夫を凝らしたユニークな授業を行っている。が、この日は放課後に訪れた。英語ディベート部の活動を見学するためだ。
2019年、全国英語ディベート連盟(HEnDA)の全国大会では特別賞に輝き、日本高校生パーラメンタリーディベート連盟(HPDU of Japan)の全国大会では、あと一歩のところで決勝トーナメント進出というところまで駒を進めた。
基本的には週2回、17時から18時30分くらいまで、ネーティブの教員がディベートの指導をする。そのほかの日も生徒たちは自主的に集まってディベートのためのリサーチや作戦会議をする。現在高校生の部員は約20人。中学では同好会扱いだ。部としての歴史は7年と比較的若い。
この日の指導担当はマーティン・ウィリアムスさん。部活が始まると、早速、生徒3人のチームを2組つくり、「Government(賛成)」と「Opposition(反対)」を決める。この日のテーマは「COP25」。2019年12月2日から15日までの間、スペインのマドリードで開催されていた「第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議」のことである。
英語ディベートの目的は3つ
ディベートの論題は「日本は石炭の使用を中止すべきである」と設定された。これに対して賛成と反対のそれぞれの立場で2組がディベートする。論題が与えられてからディベート開始までの時間は20分間。その間に各チーム内で知識を持ち寄り、ディベートに勝つための作戦を考案する。
このようにその場で与えられた論題に対して即興で論理を組み立ててディベートに臨むスタイルを「パーラメンタリーディベート」と呼ぶ。一方、1年間のテーマがあらかじめ与えられていて、長期的なスパンでできる限りのリサーチや作戦会議を経てからディベートに臨むスタイルを「アカデミックディベート」と呼ぶ。普段の部活では基本的にパーラメンタリーディベートのスタイルで、本式の競技ルールにのっとって実践練習を重ねる。
賛成チームの1人目が持ち時間5分間のなかで、「石炭は値段が高いし、エネルギーとして古い。世界各国から日本への印象も悪くなる。環境フレンドリーという観点から、日本は世界への手本を示すべきだ」として「日本は石炭の使用を中止すべきである」という主張に論拠を与える。次に反対チームの1人目が「経済成長のための選択肢はほかにない。海外にお手本を示すというが、具体的にどうすればいいのか」と反論する。
18世紀のエネルギー革命やバイオマスエネルギーなどのキーワードが飛び交う。全員が決められた順番で発言するディベートの応酬はトータルで約30分になる。もちろんすべて英語であり、ときに適切な英語が出てこずに難儀する場面もある。
ウィリアムスさんとそのほかの部員が審査員だ。審査員の手元にはディベートの進行状況とキーワードやポイントを書き込める用紙がある。そこにメモをとりながら、最終的にどちらのチームが優勢かを判定する。
今回の勝者は賛成チームだった。ウィリアムスさんが理由を述べる。「ポイントはほかの選択肢があるかどうかだったはず。その点で賛成派の主張に説得力があった。しかしなぜいますぐに変えることが必要なのかという理由についての説明は弱かった。反対チームもそこを突けばいいのに、しなかった」
ディベートが終わると、ウィリアムスさんは「きょうの話に関連する記事です。あとで読んでおいてください」と言って英字新聞のコピーを配布した。小泉進次郎環境大臣がCOP25で批判にさらされたことを伝える記事である。
ウィリアムスさんによれば、英語ディベート部の活動目的は主に3つ。1つは総合的な英語力向上。2つめは自信をもって人前で話すテクニックやクリティカルシンキングといったスキル面の養成。3つめは社会的関心を広めることだ。
ネットが使えないことが大きな不利
前部長で高3の高橋賢司さんと張沢立さんがインタビューに応じてくれた。3人は日本で行われた国際大会に特別枠で出場した経験もある。2人とも英語圏での生活経験はないが、英検1級をもっている。
――部の自慢は何か。
「鹿児島にいながら全国に友達ができることです。英語のレベルではラ・サールは他校に負けていないと思います」(張さん)
「ディベートを通して、英語でのコミュニケーション力が身に付くことはもちろん、ものごとを両側から論理的に考える力が身に付きます。この2つの力があれば、他の国や地域の出身者とも同じ地平に立って議論ができるはずです」(高橋さん)
――模擬国連には出場しないのか。
「それはそれで模擬国連同好会という部活があります。もともとは同じ組織だったのですが、活動内容がだいぶ違うので、いまは別組織になっています」(張さん)
――国際大会に出場してみてどうだったか。
「ハンガリーやタイにも友達ができたのがうれしかったです。いまでもEメールで連絡を取り合っています。日本のほかの高校の友達もできました。筑波大学附属駒場、渋谷教育学園渋谷、東大寺学園、聖光学院などです。受験勉強を頑張って同じ大学で学ぼうと励まし合っています」(高橋さん)
――部としての課題は何か。
「寮に住んでいると、部員同士で活発に意見交換ができることが強みなのですが、一方で、インターネットが使えないという点が大きなデメリットです。特にアカデミックディベートではあらかじめ決められたテーマに対して下調べをして、どれだけ資料を集められたのかが、大きく戦い方を左右します」(張さん)
「普通の高校生はパソコンやスマホで好きなときに好きなだけインターネットに接続して、必要な情報をいくらでも調べることができますが、僕たちにはそれができません。図書館で本を借りるか、学校のPCルームでインターネットに接続するしかありません。他校の生徒と連絡しようにも手段が限られるのが悩みの種です」(高橋さん)
――将来はどういう方向に進むつもりか。
「僕は理系で、工学系に進もうと思っています。技術開発でイノベーションを起こし、国際協力に貢献したいと思っています」(張さん)
「国際大会に出場したときにリビア系のイギリス人と友達になりました。彼が『戦争をなくしたい』と切実に訴えていたのがとても印象的でした。僕は将来、国連や国際的なNGO(非政府組織)に勤めて世界中のひとたちが同じ立場で議論ができるように教育を増大する活動をしていきたいと思います。国際的な議論をするには英語が話せることが大前提だと思っています」(高橋さん)
「将来は世界で活躍できるひとになりたい」と言う張さんと高橋さんの目が澄んでいた。連絡の手段は限られるものの、他校の生徒とのつながりをもてたことを本当にうれしそうに、誇らしそうに語っていた。彼らが身につけているのは相手を打ち負かすためのディベート術ではない。さまざまな事柄にさまざまな立場の見解がありそれぞれの意見に理由があることを理解する術(すべ)を身につけているのである。
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創立は1950年。中学の1学年定員は約160人、高校は内部進学生を含めて約240人。学校に寮が併設されているので全国から生徒が集まる。生徒の約半数は寮暮らし。2019年の東大合格者数は34人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の5年間(2015~19年)平均は120人で全国10位。同じく国公立大医学部合格者数では全国4位。卒業生には野村ホールディングス元会長の古賀信行氏やりそなホールディングス会長の東和浩氏、NHK前会長の上田良一氏ほか、著名な政治家や官僚も多い。