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大規模ストで大混乱!正念場のマクロン政権

2020年1月3日 20:44

年の瀬を襲ったフランスの大規模ストライキ。首都パリの都市機能がマヒし、経済への影響が懸念されるなか、ストの拡大・継続により、正念場を迎えたマクロン政権の今後を展望する。


―パリは“通勤交通戦争”状態―

フランスの首都パリの路上ではいま、毎朝のように大渋滞が起きている。主要道路は、車が全く動かないことも珍しくない。立ち往生したり、無理な割り込みを試みたりするドライバーには、他の車から容赦ない罵声が浴びせられることもしばしばだ。

また、地下鉄はほとんどの路線がストップし、バス停は、山のような人だかりで、乗るときに罵り合いやケンカが始まることも珍しくない。

都市機能がマヒし、公共交通機関のストップにいらだつ大勢の市民。これが現在のパリの姿だ。


―“ストの国”仏でも異例の大規模スト―

パリに大混乱をもたらしているのは、政府の年金改革に反対するストライキだ。12月5日に、フランス最大の労働組合の一つが呼びかけて実施したストには、政府発表で80万人が参加した。

この結果、高速鉄道の9割が運休し、エールフランス航空が、中・近距離路線を中心に大幅に運航を取りやめた。またエッフェル塔やオルセー美術館が閉鎖。ルーブル美術館も営業時間の短縮を余儀なくされ観光にも深刻な影響が出ている。

労働者の権利意識の強いフランスでは、もともとストやデモは日常茶飯事。「フランス人が好きなものは、サッカーとデモとストライキ」などと揶揄されるほどだ。しかし、そんな“スト大国”フランスでも、今回の規模は異例。スト慣れしているはずの社会に大きな混乱が広がっている。


―労働者の怒りを買う年金改革とは―

労働組合の激しい怒りの対象となっているのはフランス政府の年金改革だ。政府は現在、業種ごとに42種類ある年金制度を一本化し、受給開始年齢を、62歳から64歳に引き上げようとしている。

現行の制度で、公務員は、一般の民間企業の労働者に比べ、最大で2倍近い年金を受け取れたり、重労働とされる鉄道や海運などの労働者は、通常より10年以上早く退職し年金を受け取れたりするなど優遇措置がある。こうした手厚い優遇制度を支えるための財政支出は、フランスのGDP全体の約14%に上り、OECD(=経済協力開発機構)の加盟国の平均7.5%をはるかに上回っている。

年金改革は、財政を圧迫する優遇措置をやめ不公平の是正をめざすものだ。しかし、これまで恩恵にあずかってきた労働者たちは、「既得権益」を守ろうと必死の抵抗を続けている。

改革への逆風が吹き荒れるなか、マクロン政権は12月11日、新たな制度を段階的に実施し、当初の計画より幅広い世代を適用除外とするなど一定の譲歩を示した。

しかし、改革の本筋を変えない姿勢に、組合側は、「国民をバカにしている」と猛反発。ストの無期限延長を決定した。さらに、これまでストを控えていた別の大手労働組合も、「政府は越えてはならない一線を越えた」と反発し、ストへの合流を表明するなど、混乱は拡大・悪化の様相を見せている。


―鬼門の年金改革。「黄色いベスト」運動の合流でさらなる混迷へ?―

今回のストをみると同じフランスで1995年に起きた大規模ストがオーバーラップする。当時のシラク政権が発表した年金改革案に対し、交通・エネルギー・通信など広範な公共企業の労働者が猛反発。3週間以上続いたストで、パリは大混乱に陥り、改革は失敗に終わった。今回、労働組合は当時のストを意識して、政府に圧力をかけており、撤回を求めて長期間の闘争も辞さない構えだ。

さらに混迷に輪をかけそうなのが、「黄色いベスト」運動のストへの合流だ。去年、燃料税の値上げをきっかけにフランス全土に広がった反政府デモ「黄色いベスト」運動。開始から1年以上がたち当時の勢いはないが、今回のストによる社会の混乱に乗じて抗議活動を再び活発化させようとしている。


―改革後退ならマクロン氏の権威失墜も―

「黄色いベスト」運動がピークだった1年前、マクロン大統領は「金持ち優遇」との激しい抗議デモに直面。燃料増税の凍結に加え、最低賃金の引き上げなどを国民に約束した。こうした譲歩により、財政負担は、日本円にして1兆円以上増加したという。

マクロン大統領は、就任当初、国民に痛みを伴う改革を速やかに実行し、国内に投資を呼び込むことでフランスを成長軌道に乗せ、国民に改革の成果を実感させることを目指していた。

しかし、「黄色いベスト」運動に対する妥協で、マクロン「改革」は挫折。今回もストに屈して、年金改革を撤回することになれば、2回連続の譲歩となり、改革からの後退を強く印象づけることになる。改革を旗印にしてきたマクロン政権の存立基盤は大きく揺らぎかねない。

また、イタリアなど、加盟国の債務削減が課題となっているEU(=ヨーロッパ連合)において、けん引役を担うマクロン大統領は、各国に財政規律の順守を求める立場だ。フランスの財政赤字がさらに膨らむことになれば、EU内でのメンツを保てなくなるだろう。

厳しい状況のなか、マクロン大統領は、退任後から支給される大統領特別年金(日本円で月額約75万円)を歴代大統領で初めて辞退する意向を表明。自ら身を切る覚悟を示してまで、ストの一時休止を求めたが、事態が収まる気配はない。

一方、世論調査では、当初、7割近くの国民がストを支持していたが、混乱が長引くにつれて支持が減少するなど、国民がうんざりし始めていることをうかがわせる。実は、6割以上の国民が「年金改革は必要」と考えているというデータもある。そこからは、自分の受給額は維持したいが、このままの制度では、立ち行かないことを認識している多くの国民の姿が浮かび上がる。

しかし、現状では、こうした声はストの混乱にかき消され、表だっては、ほとんど聞こえてこない。事態の打開策が見えないなか、国民にねばり強く説明を重ね、改革を支持する民意を少しずつ掘り起こすことしか手だてはないのかもしれない。

マクロン政権は、2020年1月末に年金改革法案を提出し、夏までの法案成立をめざしている。国民生活や経済の混乱という窮地のなか、このまま改革姿勢を貫けるか、それとも、譲歩か。2020年は、マクロン大統領にとって非常に難しい政権のかじ取りを迫られる年となりそうだ。