コラム:不確実性増す欧州情勢、「大惨事」の瀬戸際か

コラム:不確実性増すきわどい欧州情勢、「大惨事」のリスクも
 3月14日、欧州市民にとって、今月は落ち着かない時期だ。域内のどこを向いても、紛れもない危機の嵐のなかで、伝統的な安定は崩れつつある。写真は2016年6月、英国の欧州連合との連帯を訴えるデモ参加者。ロンドンで撮影(2017年 ロイター/Dylan Martinez)
Peter Apps
[14日 ロイター] - 欧州市民にとって、今年の3月は落ち着かない時期だ。域内のどこを向いても、紛れもない危機の嵐のなかで、伝統的な安定は崩れつつある。
英国は今週、EU基本条約(リスボン条約)第50条を発動させ、欧州連合(EU)離脱に向けた第1歩を踏み出す。その後、スコットランドの独立を巡る2回目の住民投票も行なわれるだろう。今や、北アイルランドが英国を離脱して、アイルランド共和国と合流する可能性さえゼロではないという憶測が広がっている。
15日のオランダ総選挙では、ヘルト・ウィルダース党首率いる極右政党の自由党が最も多くの票を獲得する可能性がある。主流派寄りの政党連立により政権獲得は阻まれるだろうが。
フランスでも、マリーヌ・ルペン党首の極右政党・国民戦線が、4月23日に行なわれる大統領選挙の第1回投票において第2位となることはほぼ確実だ。ただし5月7日の第2回投票では中道派のエマニュエル・マクロン前経済相がルペン党首を破る公算が大きい。
東方、北方の欧州各国は、自己主張を強めるロシアへの懸念が広がっている。今月、スウェーデンは2010年にいったん廃止された徴兵制の復活を発表した。想定されるロシアからの脅威に対する防衛力強化が狙いだ。フィンランドはハイブリッド戦争への反撃を狙いとする軍事演習を実施している。バルト海沿岸諸国では、北大西洋条約機構(NATO)が冷戦期以来となる最大規模で部隊を配備している。
欧州統一通貨であるユーロ危機も解消していない。実際、2008年の金融危機以来、悪戦苦闘を続けてきたユーロは、今や新たな不安定期に入りつつあるかもしれない。早ければ6月にも予想されるイタリアの選挙において、ユーロ圏残留に批判的な政党に権力バランスが傾いたとしても不思議はない。長年続く低成長と失業増大がユーロのせいだと考えるイタリア国民は多い。
とはいえ現状否定派が予想するほど、あらゆるものが急速に崩壊しているわけではない。ドイツでは、なるほど極右政党の「ドイツのための選択肢」が、強い不満を抱えた旧東独地域を中心に急速に成長している。だが、同党が9月の連邦選挙において確かな政治権力をつかむ可能性は依然として低い。
これは、欧州の極右がどれほど苦戦しているかを思い起こさせる。確かに、英労働党の長引く苦境など、欧州の左派は依然として混乱している。それても、本格的な右派と呼べる政権が支配する国は、欧州ではハンガリーとポーランドだけだ。その2カ国の右派政権でさえ、往々にして、多くの人が楽勝と考えていた戦いで苦戦してきたのである。
欧州は解体しつつあるわけではないにせよ、半恒久的な危機状態にあるように見える。ほぼ10年近くにわたり、欧州首脳会談では「危機」がテーマとなるのが常態化しているが、特に印象的な成果が生まれた例はほとんどない。
問題の大半はリーダーシップにあるように思われる。国家と地域の双方レベルで、欧州指導者は、信頼性、支持率、そして(最悪なことに)政治的な正統性という点で危機に直面しているように見える。
ロシアのプーチン大統領は、こうした欧州の不安定な状態に喜び勇んでつけ込んでくるだろう。
欧州と米国双方の国家安全保障部門の主流派には、ロシアによるシリア介入は、部分的には、難民危機を煽ることで欧州政界をギリギリまで圧迫しようという意図によるものだという考えが多く見られる。少なくともロシアが支援するメディアは、盛んに不安定と過激主義をあおっている。記事をでっち上げることもあれば、単に誇張したり、すでに高まっている緊張を悪化させることもある。
米国の情勢は、こうした欧州の不確実性に拍車をかけたと言える。トランプ大統領が先月、ロイターとのインタビューで、EUとその機構に対する支持を表明したことは、一部の欧州ウォッチャーを驚かせた。
米国外交担当者の主流派の多くはこうした見解を共有している。欧州解体がもたらす結果を恐れているだけかもしれないが。しかし、トランプ大統領の周辺には、特にスティーブ・バノン首席戦略官などのイデオロギー信奉者のように、EUを自分の世界観における邪魔者と見なして、その失敗を心待ちにする者もいる。
米国以外の世界も欧州にとっては頼りにならない。
ロッテルダムでのトルコ系住民集会に参加しようとしたトルコ閣僚の入国をオランダ政府が拒否したことで、トルコとオランダ両政府の対立は激化している。トルコのエルドアン大統領はオランダ政府をナチスに例えるまで関係が悪化しているが、これによりオランダ総選挙でのウィルダース自由党党首への支持はいっそう高まると見られている。
ブリュッセルや、ニース、ベルリンなどの場所で発生した攻撃は、実際の脅威とはひどく不釣り合いなほど分断の感覚を強めてしまっている。
真の問題は、こうした話が完全に自己実現的なものになるかどうかだ。今のところ、欧州の機構には明らかな崩壊の兆しが見られる。だがその抵抗力は、少なくともこれまでのところは、依然として印象的だ。
現在、圧力を受けているEUやNATO、統一通貨、及び各国の基本的な政治制度や仕組みは、不完全なものだ。だが、いくつか目をみはるような成果も挙げてきた。特に60年以上にわたって欧州大陸で平和を維持したこと、そして(少なくとも、大体において)効果的な福祉と人権を住民に与えてきたことである。
欧州のリベラルな民主主義は、往々にして偽善的であり、ときには無力だ。だが、EU諸国の市民はおおむね、ここ数十年にわたって、特に国家権力の暴走など、いくつかの非常に悪い事態を味わうことなく過ごしてきた。それは、プーチン政権下のロシアではあり得ないことだし、1930年代のファシスト体制や、冷戦期を通じてソ連指導の下で東欧諸国を支配した政権でも同様だろう。
欧州は確かに、他者を暖かく迎え入れる大陸ではなくなりつつある。特にセルビアなどEUの境界に位置する国で厳しくなる一方の状況に置かれている難民はそれに気づいている。欧州内の移民コミュニティについても同じことが言える。
状況がこの先どうなっていくかは予想しがたい。欧州統合の仕組みが最善の希望ではあるが、各国が自らを防衛するという点において独自の動きをとるとしても、それを責めることはできない。エコノミスト誌の先週の記事は、ドイツが最後に残った最大のタブーの1つを破り、これまで以上に不確実性を増す未来に備えて自国防衛のために核兵器開発計画を立ち上げようとするかどうかを問うものだった。
欧州は何とかして、事態が見かけほど悪くはないことを自らに納得させ、今後に向けて何か楽観的な針路を見つけなければならない。さもなければ、誰も思い描きたくないほどひどい状況へと陥っていく恐れがある。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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