コラム:日米経済対話で話し合うべきこと=河野龍太郎氏

コラム:日米経済対話で話し合うべきこと=河野龍太郎氏
 4月17日、BNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長は、18日から始まる日米経済対話ではアグレッシブな金融緩和の弊害と自制の必要性も本来話し合われるべきテーマだと指摘。提供写真(2017年 ロイター)
河野龍太郎 BNPパリバ証券 経済調査本部長
[東京 17日] - 地政学リスクの高まりのみならず、米国の為替政策の方向性を巡る思惑から、円高・ドル安が進んでいる。円高による輸出セクターの業績への悪影響を懸念し、株価も下落。金融市場における典型的なリスクオフのパターンだ。
ただ、日本経済はすでに完全雇用にあり、マクロ経済全体では、供給制約から付加価値の生産を大きく増やすことができない状況になっている。このため、輸入物価の下落を通じ家計の実質購買力向上につながる円高は、輸出セクターに不利に働くとしても、一国全体の社会厚生を考えれば、むしろ望ましい。円高を容認することは、足踏みする個人消費の喚起にもつながる。
もちろん、より重要なのは為替レートの安定であり、円高のスピードは考慮する必要がある。とはいえ、実質実効ベースで見れば、円相場は依然、1980年代前半の超円安水準にある。1ドル110円を割り込んだからと言って、大騒ぎをする必要はない。
株価下落は確かに問題だが、それ以前に株価が好調だったのは、円安で輸出企業の業績が実力以上にかさ上げされていたためである。超円安が修正されるのなら、株価の調整が起こるのも極めて自然だ。株価が実体経済を反映するのなら、円高メリットを受ける内需セクターの業績改善がけん引し、株価の方向性もいずれ変わる。そうならない懸念が拭えないのは、我々が重商主義的な政策を続け、円高メリットを享受できる社会づくりを怠ってきたためだ。
こうした中、4月18日から日米経済対話が始まり、麻生太郎副総理とペンス副大統領を中心に、両国の金融政策や為替政策などマクロ安定化政策も話し合われる。日銀のマイナス金利政策やイールドカーブ・コントロールが円安誘導を意図したものという批判を米国から受けるのではないか、日本側は昨年11月から強く警戒してきた。日本は、どのような説明を行うのだろう。日銀の異次元緩和は円安誘導を意図したものではなく、2%インフレ達成のため、あくまで国内のインフレ期待の醸成を狙ったものだと説明するのだろうか。
だが、それでは全く説得力を欠くように思われる。なぜなら、日銀の不十分な金融緩和によって、ドル安・円高が止められなかったから、日本経済はデフレに陥ったというのがアベノミクスの基本的な考えであり、その流れを反転させるべく2013年4月にスタートしたのが日銀の異次元緩和だったからだ。
理論的にも、ゼロ金利制約に直面すれば、内需を刺激するのは困難となるため、唯一の経路として期待されたのが、アグレッシブな金融緩和がマーケットの「期待」ないし「誤解」を通じて、円安につながることだった。株価が上昇したのも、金利が低下したからというより、金融緩和で円安誘導に成功したためだった。
それゆえ、一連の異次元緩和が円安誘導を目指したものではないという建前の主張は、「Post truth(ポスト真実)」や「Alternative truth(もう1つの真実)」といった言葉を思い出さずにはいられない。我が方も先方に合わせ、これらの戦略を取るのも一案だが、理想形として日本はどのような議論を米国と行うべきだろうか。
今回は、およそ近い将来の日米経済対話で話し合われることは予想されないものの、本来、日米の通貨当局が真摯に話し合うべき論点を考える。
<紳士協定を反故(ほご)にしたのはFRB>
トランプ大統領の味方をするわけでは決してないが、やはり米政権からすれば、欧州中銀(ECB)や日銀のマイナス金利政策や量的緩和(QE)は通貨安誘導の方策としか映らないのだろう。
だが、そもそもECBや日銀が、金融システムや金融インフラに悪影響を及ぼすアグレッシブな金融政策を採用せざるを得なかったのは、リーマン・ショック後、米連邦準備理事会(FRB)がアグレッシブな金融緩和を進めたために、ドル安・円高、ドル安・ユーロ高が大幅に進んだからだ。どの国も輸出企業こそが成長部門と考え、自国通貨高に対し政治は相当に敏感である。それゆえ、通貨高回避のため、長期的な弊害が大きいにもかかわらず、極端な金融緩和を中央銀行に迫る傾向が強い。これは新興国も同様であり、こうした輸出信仰が誤った通商政策だけでなく、誤った金融政策や誤った通貨政策をもたらす。
ただ、実は2010年11月にFRBが量的緩和第二弾(QE2)を開始するまでは、日米欧(G3)の中央銀行の間では、大幅な通貨安につながるQEは実施しないという紳士協定が存在していた。大量の長期国債の購入など、量的緩和は通貨安をもたらし、他国に悪影響が及ぶため、採用しないというのが暗黙の合意だった。
2008年11月にFRBが実施した量的緩和第一弾(QE1)は、あくまで住宅クレジット・バブルの崩壊で機能不全に陥ったクレジット市場を補完するための措置であり、長期金利の大幅な引き下げとドル安を狙った政策とは受け止められず、それゆえ、日欧の中央銀行も必要な政策として歓迎していた。だが、2010年に取られたQE2は、大規模な国債買い入れによって長期金利の低下とともに、ドル安を助長し、G3の紳士協定を反故(ほご)にした。そこからECBと日銀の苦境が始まった。
ドル安は副産物で、主眼はあくまで長期金利の低下による内需刺激という説明は単なるレトリックにすぎない。そもそも住宅クレジット・バブルが崩壊し、国内に過剰ストック、過剰債務などバブルの残骸があふれ、いかに実質金利を低下させようとも、内需を刺激することは相当に難しかった。QE2によるドル安で純輸出を刺激し、バブル崩壊で低迷した内需を補おうとしたのがFRBの真意だ。長期金利の低下で株価が押し上げられたのは事実だが、それとてグローバル企業の利益がドル安で大幅に膨らんだから、株価の底上げにつながった。
通貨安による景気刺激効果の本質は、自国の財・サービスを割安にすることで、海外の需要を惹き付けることにある。一定の世界需要のパイの下で、自国の生産、所得を増やそうとすることだ。自国以外の国が好況にあるのなら、国際政治上、容認され得るが、世界経済が不況にあえいでいるのなら、他国の需要を奪い取る「競争的切下げ」という誹りを免れることはできない。米国はアグレッシブな金融緩和によるドル安誘導を本来、採用すべきではなかったのである。
では、黒田東彦日銀総裁が採用したアグレッシブな金融緩和によって、事態は著しく改善したと言えるだろうか。もちろん、円安で株価が上昇し、日銀と政治の関係が著しく改善したのは事実だが、金融システムや金融インフラにはダメージがもたらされた。
また、完全雇用に入ってもゼロ金利や超円安が続いた結果、家計の実質購買力は大きく損なわれ、社会厚生はむしろ悪化した。さらに、日銀が長期金利を低く抑え込んでいるため、政府の財政規律は著しく低下し、財政健全化は先送りが続いている。公的債務の膨張に伴う将来負担の増加懸念が現役世代の消費を抑制するなどの非ケインズ効果で、潜在成長率の回復も大きく遅れている。
こうした問題以上に深刻なのは、米国を基点としたG3のアグレッシブな金融緩和の副作用が国内的なものにとどまらない点だ。まず、欧州債務危機に直面する中で、米国のQEがもたらすドル安・ユーロ高の回避を目的に、ECBがアグレッシブな金融緩和を続けたため、欧州の周辺国は、自国通貨高・ユーロ安に直面し、ECB以上にアグレッシブな金融緩和に追い込まれた。同様に、日本の異次元緩和で円安が進んだ際、周辺のアジア諸国にも少なからぬ悪影響が及んだのである。
<最大の弊害は新興国・資源バブルの醸成>
より大きな問題は、米国のアグレッシブな金融緩和が新興国バブルや資源バブルを醸成し、世界経済を不安定化させたことだ。リーマン・ショック後のかなり早い段階で、世界経済の回復が始まったのは、新興国や資源国でバブルが生じたためだった。米国の極端な金融緩和で、大量のドル資金が資源市場や新興国に流れ込み、バブルが醸成されたのだ。
新興国バブルは2011年後半にピークを打ち、量的緩和第三弾(QE3)終了とともに、2014年秋には全面的な崩壊を迎える。同時に、資源バブルも、QE3終了を引き金に、急激な崩壊過程に入る。その後、2016年前半まで、世界経済がさえなかったのは、新興国、資源国でバブル期に生み出された過剰の調整が続いていたためだ。
新興国、資源国を犠牲に、米国経済は回復したが、当時、米国の消費回復が精彩を欠いていたのは、単に住宅クレジット・バブル崩壊の後遺症だけが原因ではない。一連のQEがもたらした資源バブルによって、家計の実質購買力が低迷していたためだ。この状況は初期アベノミクス下の日本も同様で、消費が大きく落ち込んだのは、2014年4月の消費増税に円安のダブルパンチが加わったからだけでなく、2014年末まで原油高が続いたことも影響していた。
経済学の教科書は、管理通貨制度の下で、国内均衡のみを目指して金融政策を行うべきだと教える。一般論としては正しいが、現実の世界は教科書と異なり複雑であり、とりわけ金融政策の為替レートへの影響は非対称的である。それゆえ、少なくとも基軸通貨国や準基軸通貨国の中央銀行は、つまりFRBやECB、日銀は、いくら不況だからといって、他国に大きな影響を及ぼすアグレッシブな金融緩和を発動すべきではない。反対に引締めの際は、自国通貨高を含め国内への悪影響が目につきやすく、もともと、かなりグラジュアルな変更しか選択されないため、これ以上の自制は必要ない。
そもそも、金融緩和の効果の本質は、将来の需要の前倒しにすぎず、また前述した通り、金融緩和に付随して生じる通貨安の効果の本質も、他国の需要を国内で生産された財・サービスに惹きつけることにすぎない。一時的に所得が増えるとしても、付加価値を生み出す能力が新たに生み出されているわけではない。つまり潜在成長率が高まっているわけではなく、効果を追求しようと政策を拡大すれば、大きな弊害が生じるのは当然だ。弊害が国内でとどまるのならまだしも、グローバル経済に大きな弊害を及ぼすため、そのような政策を大国は自制しなければならない。
<新興国の固定的な通貨政策も問題>
もちろん、G3の中央銀行が他国に大きな影響を及ぼすアグレッシブな金融緩和を自制するだけでは、国際金融上の問題は解決できない。米国のアグレッシブな金融緩和で新興国バブルが膨らんだのは、新興国が米ドルに対し固定的な為替レート制を採用していたことも理由の1つである。固定制とまではいかないまでも、米国がアグレッシブな金融緩和を行った際に、自国通貨高を回避しようと、相当に緩和的な金融環境を維持したため、それが新興国バブルの醸成につながり、その旺盛な需要が資源バブルの膨張を助長した。
現在、強い資本規制や人民元買い介入によって人民元の大幅な減価を避けようとしている中国が抱える問題の本質も、経済規模が大きくなったにもかかわらず、米ドルに自国通貨を事実上連動させてきたことの弊害だ。米ドルの最適通貨圏でないにもかかわらず、そのような体制を採用してきたことの弊害が米国の金融引き締め期に現れた。フロート制に移行することで経済実勢に合った為替レートを可能にする必要がある。
貿易はプラスサムであり、ゼロサム志向は誤りである。だが、通貨安の効果は、グローバルでは明らかにゼロサムである。米国が協調しないと諦め、非協調の下で各国が自国の利益を追求しようとすれば、マイナスサムとなる可能性が高い。少なくともG3は他国に大きな影響が及ぶアグレッシブな金融緩和には自制的にならなければならない。協調政策を取り、グローバル経済を不安定化させない国際通貨制度を構築する必要がある。これが日米経済対話で本来取り上げられるべきテーマだろう。
今や米国は不況期のみならず好況期にもドル安政策を志向しており、正論で説得するしか道はないと思われる。それとも、目先の円高回避や株安回避に汲々とし、「Post truth」戦略や「Alternative truth」戦略を日本も選択するのだろうか。ただ米国と同様、好景気の日本が円安を志向するのはそもそも無理がある。
*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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