焦点:移民を阻む「壁」、欧州でいかに築かれたか

焦点:移民を阻む「壁」、欧州でいかに築かれたか
 4月4日、移民・難民の流入を防ぐために障壁を築いたEU加盟国は10を超える。子どもたちが3分の1を占める移民・難民1万人以上が、フェンス近くの粗末なテントで暮らしている。ギリシャのイドメニ付近で3月撮影(2016年 ロイター/Marko Djurica/Files)
Gabriela Baczynska and Sara Ledwith
[ブリュッセル 4日 ロイター] - 欧州連合(EU)委員会のアブラモプロス委員(移民・内務 担当)は先月初め、ぬかるみに苦労しつつ、マケドニア国境沿いにあるギリシャの難民キャンプを視察。数万人の難民を足止めし、北に広がる豊かな国々への進路を阻む、有刺鉄線を張りめぐらせたフェンスを見つめた。
「フェンスを築き、有刺鉄線を張りめぐらせても、解決にはならない」とアブラモプロス氏は言う。
アブラモプロス氏はこれまで常にそのメッセージを声高に主張してきたわけではない。同氏の見解の変化は、2015年の初め以来、100万人以上の難民がギリシャの海岸に押し寄せるなかで欧州が巻き込まれた混乱を物語っている。
2012年、アブラモプロス氏が国防相を務めていたギリシャは、トルコ国境沿いにフェンスを築き、電子監視システムを導入した。コンクリートと有刺鉄線による障壁と、2000名近く増員された国境警備員は、不法移民の急増を食い止めることを意図していた。
62歳の元外交官であるアブラモプロス氏は、このプロジェクトには直接関与していない。だが同氏は2013年、この壁は成果を上げたと会見で発言し、プロジェクトを擁護した。「この方面からギリシャに流入する不法移民の数は、ほぼゼロになった」と彼は語った。
移民危機に対する欧州の公式の対応は、ドイツのメルケル首相が昨年8月に提唱したように、各加盟国が協力し、特に戦火と迫害を逃れてきたシリア難民に避難所を提供する、というものである。
だが現実は、ほとんどの加盟国が割当通りの難民を受け入れておらず、移民・難民の流入を防ぐために障壁を築いた国も10を超える。EUは現在、新規の難民をトルコに戻すことになる協定を導入しようと試みている。
第2次世界大戦の瓦礫(がれき)から生まれたEUの基礎の一つは、加盟国間の移動の自由という原則である。
だが、ロイターが公式のデータを分析したところ、ドイツの「ベルリンの壁」崩壊以来、欧州各国は少なくとも5億ユーロ(約630億円)のコストをかけて、総延長1200キロに及ぶ移民防止フェンスを建設、あるいは着工している。米メキシコ国境のほぼ40%に相当する長さだ。
こうした障壁の多くはEU加盟国をそれ以外の国と隔てるものだが、パスポート不要地域を含めた、加盟国同士を隔てるフェンスもある。ほとんどが2015年に建設開始したものだ。
「EUに流入しようとする移民・難民が多いところでは、必ずフェンスを築くという流れになっている」と語るのは、人権団体アムネスティ・インターナショナルで欧州移民問題を研究するアイレム・アーフ氏だ。
各国政府にとって、フェンスの構築は手軽な解決策に思える。完全に合法的だし、入国者を管理する権利を有するからだ。欧州に新たなフェンスが築かれるたびに、隔てられた経路で流入する不法移民の数は急減している。
少なくとも、フェンスの恩恵を得ている企業が1社はある。英仏海峡横断トンネルを運営するユーロトンネル社では、昨年10月にフランス側のターミナル周辺で大規模な保安設備更新が行われて以来、移民を原因とするトラブルはなくなったという。
ユーロトンネルの広報担当者ジョン・キーフ氏は、「2015年10月半ば以降、サービスの停止はない。フェンス建設と警備員の追加という組み合わせは、非常に効果的だったと言える」と話している。
だが少なくとも短期的には、フェンスは欧州に入ろうとする人々の数を減らしてはいない。代わりに、より時間のかかる危険なルートを選ぶようになっただけだ。
人権団体によれば、欧州法は公正かつ効率的な難民申請手続を利用する権利を万人に認めているにもかかわらず、一部のフェンスによって、難民申請希望者の避難先を探すチャンスを奪っているという。
別のルートを探さざるを得なくなると、移民・難民は多くの場合、違法移民斡旋業者に頼る。
<群衆管理>
ギリシャの国境沿いフェンスは、初期に建設されたものの1つで、アブラモプロス氏は依然としてこれを擁護している。同氏によれば、ギリシャがこのフェンスを建設したのは、難民申請を受け付ける公式の国境検問所に人々を誘導するためだったという。
ギリシャの対トルコ国境の大半は、急流であるエブロス川が境界となっている。だが、トルコ側でこの川を渡った後、陸上で国境を越えられる地帯が12キロにわたって続いており、難民たちはここを使って忍び込んでくる。
「エブロス川は非常に危険な川だ。何百人もの人々がそこで命を落としている」と、アブラモプロス氏は2月、ロイターに語った。
国連難民機関によれば、2010年にエブロス川では少なくとも19人が溺死している。これ以上詳しいデータは、ギリシャ当局からも欧州の国境管理機関であるフロンテックス(欧州対外国境管理協力機関)からも入手できなかった。
人権団体によれば、現実には、ギリシャが築いた障壁は(そして、スペインがモロッコに築いたものを含めて他の障壁も)、実質的にすべての人々を拒否しており、脆弱な立場の人々が正当な保護を求める機会を奪っているという。
その原因の1つには、新たに設けられた障壁の一部では、空港と同じように旅券管理が行われているからである。国を離れ、難民申請を望むEU加盟国の検問所に到達するには、渡航文書が必要になる。だが、多くの難民はそのような書類を持っておらず、機械的に拒否されてしまう。
障壁が設置されると、そこには警備員やカメラなど監視装置が配備され、人々が難民申請を行うことはますます難しくなる。人権団体は、国境警備員が移民・難民に対して、殴打や暴言、強奪といった行為を行ったあげく追い返した例を数多く報告している。
アムネスティ・インターナショナルによれば、「押し戻し(プッシュバック)」と呼ばれるこうした手法が、欧州の対外国境管理の本質的な特徴になっているという。
解決策として、一部の移民・難民は偽造書類にカネを払う。車両に潜伏して国境を越える者や、違法移民斡旋業者に頼る者もいる。
ギリシャが設置したフェンスは、欧州全体に連鎖反応を引き起こしており、障壁を設ける国の数は増加の一途をたどる。トルコ国内を通過した移民のなかには、ブルガリア国境を越えて欧州に入る者や、空気注入式のゴムボートでギリシャに密航する者が増えている。国際移民機関の記録によれば、地中海東部では昨年初以来、1100名以上の移民が死亡している。
<純粋な文化の維持>
EUは、フェンスの設置は無意味だとして、その資金の拠出を拒否している。欧州委員の座にあるアブラモプロス氏は、主にギリシャやイタリア経由の難民・移民16万人に、フェンスではなく、住居を提供することで連帯を示すよう加盟国に説得を試みている。だが3月15日の時点で、定住先を得た難民申請者は937人にすぎない。
ハンガリーのオルバン首相にとって、難民の受入割当という発想は「ほとんど狂気に近い」。オルバン首相は、多文化の移民によって「キリスト教的価値観」が希釈されることに反対し、2015年末に、クロアチアとセルビアに接する国境にフェンスを築き始めた。
旧ユーゴスラビアにおける1990年代の「民族浄化」以来、バルカン諸国は民族対立・宗派対立のリスクに特に神経質になっている。他国もハンガリーに倣ってフェンスの建設を開始した。ただし、文化の純粋さの維持よりも、人の流れをコントロールするためと理由付けしている。
オーストリアは昨年11月、スロベニアとの国境に障壁を設けるにあたり、群衆管理のために必要と主張した。その後、入国を許可する人数、自国経由でのドイツへの流入を認める人数に上限を設けた。3月の時点で、こうした措置はどれも望ましい結果を出しているようにみえる。オーストリア経由でドイツに流入する移民の数は7分の1以下に減少したのだ。
とはいえ、フェンスが移民のルートを閉ざすのではなく、単にルートを修正しているにすぎないという新たな兆候も出てきた。アフリカを横切ってイタリアへという危険なルートを選択する移民の数は増大している。オーストリアは、イタリアとの国境警備にあたる兵士を増員すると述べている。
先月アブラモプロス氏が視察したフェンスは、こうした障壁に伴うリスクを裏付けている。さらに北方の国々との協定の一環としてマケドニアが建設したフェンスによって、約5万人の人々がギリシャ国内に封じ込められてしまったのだ。
子どもたちが3分の1を占める移民・難民1万人以上が、フェンス近くの粗末なテントで暮らしている。多くの家族は国境周辺を離れるのを拒否し、国境が開放されるのを待っている。だが、その間にも呼吸器系の感染症が広がり、苛立ちは募っている。
アブラモプロス氏は言う。「われわれのあらゆる価値観が揺らいでいる。ここに来れば、それが分かる」
(Gabriela Baczynska記者、Sara Ledwith記者、翻訳:エァクレーレン)

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