焦点:東南アジアのIS掃討、「無法地帯」の海上制圧が鍵

Kanupriya Kapoor
[シンガポール 14日 ロイター] - 武装勢力や海賊、麻薬密輸業者、そして銃器密輸業者──。東南アジアのボルネオ島とフィリピン南部を隔てる海域では従来、こうしたグループが暗躍していた。だが、過激派組織「イスラム国(IS)」系勢力が今回、表舞台に登場したことで、新たな不安が生まれている。
ムスリム主体のインドネシアやマレーシア、またマイノリティーだが相当数のムスリムを抱えるフィリピンなどは、これまでもシリアやイラクなどIS支配地域の最前線から自国出身の戦闘員が帰国する可能性に対して強い懸念を抱いていた。
その「悪夢のシナリオ」は先月、現実となってしまった。ISに忠誠を誓う地元の武装勢力に加え、マレーシアや、インドネシア、アラブ諸国、チェチェン出身の戦闘員数十人がフィリピンのミンダナオ島に突如として出現し、マラウィ市を占拠したのだ。
国際的なイスラム聖戦主義勢力(ジハーディスト)がフィリピンに拠点を確立し、下部組織を使って東南アジア全域に対して攻撃を仕掛ける危険が生じたことで、域内の各国政府は、自国が直面する脆弱さを改めて思い知らされる局面に陥った。
「マラウィからインドネシアへの移動は簡単だし、インドネシア国内の潜伏組織が活性化することを十分に警戒しなければならない」とインドネシア軍のガトット・ヌルマンチョ司令官は警鐘を鳴らす。
同司令官によれば、インドネシア国内の34州のほぼすべてにIS系の潜伏組織が存在するという。
インドネシアは、フィリピン、マレーシア両国に対し、マラウィの占拠事件についての協議開催を呼びかけた。マラウィでは米特殊部隊の支援を受けたフィリピン軍が、ISに触発されたマウテ兄弟率いる武装組織から市を奪還すべく、3週間以上も戦闘を続けている。
インドネシアは世界で最もムスリム人口の多い国だが、これまでのところ、ISに触発された攻撃は比較的小規模にとどまっている。だが、その頻度は上昇してきたという。先月、ジャカルタのバス停留所で発生した自爆攻撃では3人の警察官が死亡した。
一方、マレーシアでは、厳格な治安維持法が発動され、武装勢力やIS同調者と見られる容疑者が多数拘束されている。
<空路と海路>
これら3カ国は来週、シンガポールの支援を得て、フィリピン南西にあるスールー海の上空で、哨戒機とドローン(無人航空機)を使った共同哨戒を開始するとともに、海上での共同パトロールも強化する。
昨年、ISへの支援を表明している古参の武装組織アブ・サヤフによる誘拐事件が多発したことを受けて、3カ国の海軍は共同パトロールを計画した。だが、克服すべき課題はたくさんある。
「われわれは、現時点で、無線によるコミュニケーションが取れない。パトロールは自国領海に限定され、人員交流についても協議していない」。そう不満を口にするのは、インドネシア北カリマンタン州タラカン海軍基地を指揮するフェリアル・ファクローニ海軍第一大将だ。
同大将はロイターに対し、共同作戦は今月にも開始されるだろうと語った。タラカンはボルネオ島の北東岸に位置し、インドネシア海軍の基地としては、誘拐が頻発するセレベス海、スールー海に最も近い。
だが、島々をつなぐ航路を行き交う数百隻の商船、漁船、フェリーを把握し、いつ、どの船舶を停止させて捜索を行うべきか判断することは、たとえ3カ国の海軍が協力したとしても困難な問題だ。
この海域の群島には深い森に覆われた湾や入江があり、厳格化した監視から逃れたい高速船にとって格好の隠れ場所となっている。
「スールー海ではこれまでも常に、観光客の誘拐などの事件が散発的に起きていた。しかし、昨年から今年にかけて、その数は本当に増えている」と、クアラルンプールの国際海事局でアジア支部長を務めるノエル・チャン氏は語る。
「まずタグボートが狙われ、次いで商船が襲われた。現在では外洋航路の大型船が標的になっている。攻撃が局地的だった数年前とは様変わりだ」と言う。
チャン氏は、ソマリア海賊が活動するアデン湾との類似性を指摘するが、スールー海は主要な海上交易路ではないため、安全確保のために投資しようという国際社会の機運が見られないのが大きな違いだ。
複数の専門家は、この海域の警備に要する船舶数と、それによって生じる費用は法外なものになると指摘する。
<「弱い輪」>
この地域では以前から武装勢力や海賊が活動していたにもかかわらず、フィリピン、マレーシア、インドネシアがその対応に必要なリソースを蓄積するには長い時間がかかった。
くすぶり続ける領有権問題、相互不信、能力面での制約といった要因が、いずれも緊密な協力を遅らせる方向に働いた。
だが、ミンダナオ島に掲げられたISの黒い旗は、域内の各国政府に衝撃を与え、表面的な協力から実際の協働へと動き出す契機となるかもしれない。
「相互不信という問題がまだ若干残っているが、こうした協働を発展させなければどういう結果が待っているか、そういったことへの理解は生まれている」と在シンガポールのセキュリティアナリスト、ローハン・グラナトナ氏は語る。
空と海のパトロール強化にとどまらず、各国の治安当局には、より協調し、共有情報に基づく迅速な行動を取ることが求められている。
戦闘員の容疑者情報は共有されているものの、フィリピンにおけるフォローアップ不足について若干の苛立ちがある、とマレーシアのある政府当局者は明かす。
「課題の1つは、戦闘員がフィリピン南部に入った後の追跡調査だ。現場で彼らに向き合えるのはフィリピン軍だけだ」と同当局者は匿名を条件に語った。
一方、フィリピンの当局者は、ムスリムが多数を占める一部の地域では武力紛争が増加しており、これに対応するために同国の治安当局は「あらゆる手を尽くしている」と語る。
「軍だけでなく、政府でも全体的な努力をしている」と軍最高司令官のエドアルド・アノ将軍は先週、記者団に語った。
域内のテロ問題を専門とするシドニー・ジョーンズ氏は、フィリピンを「弱い輪」と表現し、同国の警察、軍部、情報機関それぞれの連携不足を批判。「他の東南アジア諸国に比べて、治安関連機関が完全に(連携することなく孤立する)サイロ化していることが多い」
「フィリピンは長年にわたって反体制勢力に対処してきた事実があり、そのため、IS系組織という新たな現象にやや鈍感になっているのではないか」とジョーンズ氏は苦言を呈した。
(翻訳:エァクレーレン)

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