焦点:国土強靭化、予算潤沢でも人手不足がネック 執行に大きな課題

焦点:国土強靭化、予算潤沢でも人手不足がネック 執行に大きな課題
 11月21日、安倍晋三政権が重点政策として掲げる国土強靭化は、人手不足と人件費高騰がネックとなる可能性が出てきた。写真は建設現場で働く作業員たち。昨年10月に東京で撮影(2018年 ロイター/Issei Kato)
[東京 21日 ロイター] - 安倍晋三政権が重点政策として掲げる国土強靭化は、人手不足と人件費高騰がネックとなる可能性が出てきた。政府は入国管理法改正案を成立させ、来年4月から外国人労働者の受け入れを拡大し人手不足に対応する構えだ。だが、民間建設会社は、推し進めてきた日本人若手社員の育成に水を差しかねないと距離を置いており、このままでは予算を潤沢につけても人手が不足し工事が消化できないという事態も起きそうだ。
<急速に進むインフラの老朽化>
東京五輪後の工事減少が心配されていた建設業界だが、どうやら「杞憂」に終わりそうな状況だ。民間建設会社の手持ち工事残高総額は、今年8月時点で5年前に比べ約30%増加している(建設総合統計)。
そこに、高度成長期に集中的に整備され老朽化が進む社会インフラの維持・補修の工事が加わり、工事量は増加基調を維持できそうな状況となっている。
内閣府の試算では、今から5年後の2023年時点で、建設から50年経過するインフラの比率は橋梁で40万本のうち43%、トンネルが1万本のうち34%、ダムが1万施設のうち43%となっている。急速に老朽化が進むことが鮮明だ。
維持補修費用は年2.3%ずつ伸び、2054年度には16兆円に上る。今年度予算での公共工事費6.0兆円の3倍超となる。
さらに安倍首相は「訪日外国人旅行者数を2030年に6000万人にするという目標は、今の状況ではとても達成できない。新幹線、港湾なども含め、早めに投資し、今、このチャンスを捉える必要がある」(12日諮問会議)と発言。交通インフラの拡大に意欲を示している。
<技能労働者の不足、公共事業消化の障害に>
だが、建設業における人手不足が深刻さを増しており、工事の消化にとって大きな障害となりつつある。
日本建設業連合会は、2025年度に最大で100万人の建設作業員が不足すると試算。建築・土木・測量技術者の新規有効求人倍率は足元で9倍と、全業種の中で突出して高い。
清水建設<1803.T>(コーポレート企画室)は「手持ち工事が多いうえに、国土強靭化が加わる場合、現場の技術管理者の不足で限界が出てくる可能性がある」と指摘。
建設技能労働者や現場監督といった、社員で構成される高度人材の不足が公共工事の応札に足かせになりかねないと懸念を強めている。
<外国人拡大、建設業界に異論>
政府は人手不足緩和策の一つとして入国管理法改正案を臨時国会に提出、5年間で最大34万人の受け入れを想定している。技能習熟者は事実上永住も可能な「2号」の在留資格も取得できるとしている。
しかし、民間建設会社は必ずしも外国人労働者を歓迎しているわけではなさそうだ。建設技能労働者の大量退職への対応として、各社では若者への技能伝承とロボットによる生産性向上を二本柱として取り組んできている。外国人労働者の大量受け入れは、その流れに逆行し、経営方針と必ずしも合致しないとの見方が多い。
鹿島建設<1812.T>では「技能労働者として来日しても、外国人はいずれ帰国することが前提であり、技能伝承者になりにくい。やはり日本人の若者に期待している」(広報室)と話す。
清水建設でも「日本人の若者を取り込む必要から、待遇改善に力を入れている。今は給与水準の引き上げや休日取得拡大に努めているところ」だという。
いずれ帰国する割合が多く、日本語の活用に「壁」がある外国人労働者の受け入れ拡大は、進展を図っている日本人労働者の給与改善の取り組みに水を差しかねないと懸念している企業が多い。
ただ、日本人の若手社員を確保するため給与水準を引き上げることは、建設各社にとってかなり重い負担になることも事実だ。
国土交通省によると、2017年度公共工事の価格の前提となる労務単価は、前年度比3.4%上昇した。
また、ゼネコン各社の従業員平均給与は2017年で前年比3─6%台の伸び(東京商工リサーチが有価証券報告書から算出)となっており、手持ち工事が豊富にある企業にとって、コスト面から公共工事の採算性が悪化している。
鹿島建設は「国土強靭化には、技術者確保や採算確保次第で応札するか否か判断する」(広報部)という方針を示している。
公共事業の現場では、人手不足と労務費上昇を通じ民間建設会社の採算悪化が進み、それが公共工事への応札をためらわせる要因となっている。
安倍首相は国土強靭化で景気の落ち込みを回避したい意向だが、入札不調により工事が実施できなければ、政策効果は弱まりかねない。国土強靭化を阻むのは、予算の制約ではなく人手不足であるという構図が鮮明になっている。

中川泉 編集:田巻一彦  

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