アングル:米FRB新戦略、中銀の役割巡る複雑な問題提起

米FRB新戦略、中銀の役割巡る複雑な問題提起
9月7日、米連邦準備理事会(FRB)が雇用最大化と物価安定に向け、インフレ率が「一時的に」2%を超えることを容認し、長期的に平均2%の目標達成を目指すとする新たな指針を打ち出したことを受け、ドル相場が長期にわたり低迷するほか、欧州中央銀行(ECB)や日銀を含む世界の中央銀行が中銀の役割を巡る複雑な問題に直面する可能性があることが分かった。写真は2019年3月、ワシントンのFRB  (2020年 ロイター/Brendan McDermid)
[フランクフルト 7日 ロイター] - 米連邦準備理事会(FRB)が雇用最大化と物価安定に向け、インフレ率が「一時的に」2%を超えることを容認し、長期的に平均2%の目標達成を目指すとする新たな指針を打ち出したことを受け、ドル相場が長期にわたり低迷するほか、欧州中央銀行(ECB)や日銀を含む世界の中央銀行が中銀の役割を巡る複雑な問題に直面する可能性がある。
FRBが8月27日に公表した新戦略は、インフレ率が目標を下回っていた時期を相殺するために、目標を上回ることを容認するもの。利上げ実施は先延ばしされ、労働市場が活況を呈することを容認する姿勢が示された。
これにより世界の中銀にとり頭の痛い問題が発生する。第1に、FRBは担う責務を再解釈し、社会政策に足を踏み入れたと見なされる可能性がある。第2に、ドル相場が下落し、欧州からアジアに至るまで輸出業者が痛手を受ける可能性がある。
<ドル安への対応>
主要6通貨に対するドル指数<.DXY=>は3月半ば以降10%を超えて下落し、現在は約2年半ぶりの低水準にある。ドイツ、フランス、日本など伝統的に輸出依存度が高い国は自国通貨が上昇すれば痛手を受けるが、一部エコノミストの間では、為替要因でユーロ圏の経済成長率が0.2─0.4%ポイント押し下げられるとの見方を示している。
通常ならこうした事態への対処はそれほど困難ではないが、欧州中央銀行(ECB)と日銀はマイナス金利政策を採用しており、利下げは限界に近づいている。
第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏は、FRBの利上げが遅れれば、円の対ドルでの上昇圧力は高まると指摘。FRBの政策でドル相場の上昇が難しくなれば、日銀は円高について懸念せざるを得なくなり、これにはマイナス金利の深掘りを含む政策対応が必要となると述べた。
一部エコノミストの間では、ECBは現在実施している戦略見直しの一環として、FRBのように柔軟なインフレ目標に移行するべきとの見方も出ている。ただ、ECBはラガルド総裁の8年の任期中に利上げは実施しないとの見方が市場で大勢となる中、利上げが一段と遠のくと示唆することは、信頼問題につながる可能性がある。
<社会政策>
FRBが低所得層への支援を明確に打ち出したことは、FRBが担う責務が再解釈され、社会政策に役割を果たし始めたと受け止められる可能性がある。
日銀の若田部昌澄副総裁は、金融政策は雇用と所得状況により注目する必要があると一部で提唱されている議論について、個人的には検討する余地はあると考えていると述べた。
ECBのラガルド総裁も、気候変動に起因するリスクはあまりにも大きいため、ECBは看過できないとの見解を示すなど、中銀として抱える責務の再解釈に前向きである可能性がある。
だが、中銀当局者は選挙を経て選ばれた政治家ではない。気候変動や経済格差に対応し、政治の世界に足を踏み入れれば、政治的な攻撃を受け、中銀の独立性が脅かされる恐れがある。
ただFRBが新戦略の下で示した転換は、恩恵をもたらすかもしれない。ドル相場の下落で新興国の資金調達コストが低下し、成長加速につながる可能性がある。また、物価上昇を容認することで、長期金利とインフレ期待の双方が上昇し、長年にわたる異例の緩和策からの政策の正常化が円滑になる可能性もある。
こうしたことが実現するか判明するには何年もかかる。それまでの間、各国中銀はドル安への対応を迫られることになる。
(Balazs Koranyi記者、Leika Kihara記者)

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