アングル:ブラジル社会に巣食う「奴隷労働」 孤児を襲う悲劇

アングル:ブラジル社会に巣食う「奴隷労働」 孤児を襲う悲劇
 ブラジル北東部の小さな街で暮らすエリザさんは、ほぼ30年にわたり、何の報酬もなく、ほとんど自由もない家庭内労働に従事していた。当局への通報の後に救出されたが、不自由な生活、恐怖と搾取の記憶は、決して遠い過去のものではない。写真は3月、リオデジャネイロで撮影(2020年 ロイター/Ricardo Moraes)
Fabio Teixeira
[リオデジャネイロ 13日 トムソン・ロイター財団] - ブラジル北東部の小さな街で暮らすエリザさんは、外出するときは常に、かつて自分の家族だと思っていた人たちに会うのではないかと脅えている。
エリザさんはほぼ30年にわたり、何の報酬もなく、ほとんど自由もない家庭内労働に従事していた。だが彼女は自分が奴隷状態に置かれていることを悟り、7歳のときから暮らしていた家から逃げ出す計画を立てた。
当局への通報の後、2018年に救出された彼女は今38歳。新たな生活を築き始めたところだ。だが、不自由な生活、恐怖と搾取の記憶は、決して遠い過去のものではない。
バイア州イピラの自宅から電話でトムソン・ロイター財団の取材に応じたエリザさんは、「今でもときどきあの家族を見かける」と話す。その家族は当局者に対し、エリザさんを引き取ったのはまだ子どもの頃で、離婚した両親が彼女を捨てたことによるものだ、と話した。
「恐ろしい、上手く表現できない感情だ」とエリザさんは言葉を継ぐ。報復を恐れて、本名は伏せている。「彼らが何も手出しできないとしても、恐怖感はある」
エリザさんの救出は労働当局にとって稀に見る成功だった。当局者によれば、ブラジルにおける家庭内での強制労働を発見・阻止するのは困難だという。被害者がみずからを現代における奴隷だと認識していることがめったにないためだ。
労働基準監督官は、強制労働が行われていないか職場への訪問は自由にできるが、家庭に立ち入るためには裁判官による許可が必要であり、被害者から強制労働の証言を得ていることが前提条件となる。
当局は2017年から2019年にかけて奴隷同然の状況にある労働者を3513人確認したが、そのうち、家庭での強制労働はわずか21人である。
「(家庭内での強制労働について)苦情を受けることは非常に稀だ。ほとんど(の被害者)は、自分が虐待されていると認識していない」と語るのは、労働事件担当検察官のアナ・ルチア・スタンフ・ゴンザレス氏。
支援活動家たちが懸念しているのは、新型コロナウイルスの感染拡大により、仕事を失う不安から通報や救出要請がしにくくなり、虐待的な雇用者からいつまでも逃れられない家庭内労働者が増えるのではないか、という点だ。
被害者が救出され、雇用者が訴追あるいは罰金刑を受ける場合でも、家庭内での強制労働に対する賠償金は比較的少額であり、現代における奴隷労働に対して有期刑が下される例は少ないため、搾取的な雇用者が告発を恐れて思いとどまる可能性は低い、と当局者は話している。
だがこの6月、ブラジルでは家庭内強制労働が大きなニュースとなった。サンパウロの豪邸で61歳のメイドが多年にわたり奴隷として使われてきた、と当局が判断したのである。
この事件は社会に衝撃を与えた。被害者は物置で暮らしているのを発見されたが、雇用者はエイボンの社員だった。化粧品メーカーの同社はこの幹部を解雇し、被害者に金銭的な支援を提供すると発表した。
エイボン元社員は、夫・母親とともに奴隷労働を課した容疑で告発されたが、容疑を否認している。検察は100万レアル(約2000万円)の賠償金を要求している。
<虐待と暴力>
家庭内強制労働についてのデータは存在しないが、2014年の政府統計によれば、約17万4000人の子どもが家庭内労働者として雇われている。法律では、家庭内労働者は最低18歳以上であることが求められる。
ブラジルでは、少なくとも1人は家庭内労働者を雇用している家庭が多い。支援活動家によれば、孤児を引き取って自分の子として育てつつ、家庭内強制労働に従事させる例が見られるという。
ルチアナ・クーティンホ労働事件担当検察官によれば、年少のメイドに対する虐待は、実態よりも通報が少なく、性的搾取や麻薬密売と並ぶ「ハードコア」な部類に属し、防止が特に難しいと見られている。
事例が明るみに出るのは、通報があるか、悲劇が生じた場合だけだ。クーティンホ氏によれば、「子どもが性的虐待を受ける、殴打される、殺されるといった、残念ながら過去にもあった悲劇」である。
若いうちに確認・救出されない場合、成人になった被害者がついに発見されない可能性もありうる、と監督官らは言う。
2017年、ミナスジェライス州のルビムという街で、奴隷状態に置かれている家庭内労働者に関する情報が当局に寄せられた。
その女性は当時68歳。長年、報酬も支払われず、亡夫の年金も雇用者に奪われていた。だが、この女性の救出に携わったジュリアン・モンベリ労働事件担当検察官によれば、彼女は救出後も自分が奴隷状態に置かれていたことをなかなか認めようとしなかったという。
「彼女は、雇用者が世界に誰1人身寄りのない寡婦の自分を保護してくれていると考えていた」とモンベリ氏は言う。
<賠償をめぐる困難>
当局や支援活動家によれば、多くの事例では、被害者は家庭内強制労働に従事する以外の生活を知らず、教育も受けておらず、家族や友人もいないため、賠償金の確保が被害者を支援するうえで重要である。
だが担当検察官らは、被害者への損害賠償を求めるにしても、酷使していた側の経済状態ゆえに賠償金は限られているという。
2017年、バイア州エリシオ・メドラドで、家庭内労働者を12歳から52歳まで搾取してきた雇用者が、退職金として7万9000レアルの支払いを命じられた。
だが、トムソン・ロイター財団が閲覧した労働基準監督官の報告書によれば、支払額を確定するための審理にこの雇用者は出廷せず、被害者には何も支払われずに終った。
冒頭に紹介した事例では、エリザさんは損害賠償、退職金、給与未払い分として約10万レアルを雇用者から受け取って満足した。だが担当検察官らは、彼女がもっと裕福な雇用者や企業に搾取されていたならば、はるかに大きな金額を手にしただろうと話している。
この賠償金などを使って、エリザさんは自分の家を買うことができた。持ち物が机の引き出し2つにすべて収まっていた頃に比べれば大きな飛躍である。彼女は今も家政婦の仕事で生計を立てているが、勤務先は自分で選び、最低賃金の規定に沿って、1日35レアルの収入を得ることができる。
「大変な仕事のわりに稼ぎは少ないが、電気や水道の料金、食費を賄うには十分だ」と彼女は言う。「一日一日過していくしかない。もし望みがかなうならば、勉強して、もっといい仕事に就きたい」
(翻訳:エァクレーレン)

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