アングル:帰国者に「むき出しの差別」、新型ウイルス恐れる米国

Andrew Hay and Brad Brooks
[20日 ロイター] - エスター・ティビカさんは、新型コロナウイルス感染の中心地となった中国・武漢から米政府が退去させた1000人超の米国人の1人だ。帰国後、何の症状もなく14日間の検疫期間を終えた時には、ようやく普通の生活に戻れると考えたという。
だが実際には、彼女が感染者なのではないかとの根拠のない懸念から、近寄るのを拒否したり、マスクを着けて接してくる人に出くわすことになった。
いま米国では、検疫後に周囲の人から避けられたり、いやがらせを受けたりする帰国者が増えている。
「私は病気ではないと、何べん言えば済むのか」
カリフォルニア州パロアルトで中国医学のクリニックを経営するティビカさんは、突然予約をキャンセルする患者が出ているとため息をつく。
「私たちはゾンビではないのに」
ティビカさんは15歳の娘と共に、武漢から退避してきた。米政府は、武漢のほかクルーズ船で感染が広がった日本から自国民を退避させ、カリフォルニアやテキサス、ネバダの各州で検疫を受けさせる措置を取っている。米保健当局によると、このほかに民間機で帰国し、自主的に自宅で「検疫期間」を実施している市民らが数百人いる。
毎日検査や観察を受け、検疫の過程で予防措置を受けている米国人は、ウイルスを人に感染させる可能性は極めて低いと当局者は話す。それにもかかわらず、こうした人々は隣人から除け者にされ、インターネット上で仲間外れにされ、友人からも遠ざけられている。
世界保健機関(WHO)と米疾病対策センター(CDC)は、新型ウイルスの潜伏期間は最大14日間だとしている。だが中国国家衛生健康委員会は今月、潜伏期間は最長24日であることを示唆する研究報告を出した。
CDCによると、感染が拡大している地域から民間機で米国に帰国した健康な乗客のうち、14日以内に一定の症状が出た人については保健当局者による観察の対象となり、うち一部の人は移動や人との接触を制限するよう要請を受けるという。
<噂と憶測でパニック>
エイミー・デンさん(45)のような米国の旅行者は、帰国した際に当局から何の行動制限要請も受けなかったという。8歳の娘と帰国したデンさんは、それでも地域コミュニティーに対する責任感から自主的に自宅で「検疫期間」に入った。
デンさんと娘は、武漢の800キロ以上南にある広州に家族を訪ねて米国に帰国した後、2週間周囲の人との濃厚接触を避けたという。
だがそれでも、2人がウイルスを拡散するのではないかと心配した隣人が警察に電話をした。
「皆すでにパニックで、噂話をでっち上げて広め、この地域に住んでほしくないとすら言ってきた」と、カリフォルニア州サンタロサで鍼灸師をしているデンさんは言う。
「完全にむきだしの差別意識を向けられている」と、最近「検疫」が終わったデンさんは言う。
横浜港で検疫を受けたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客を除けば、米国ではこれまで15件しか感染例が出ていない。うち帰国後に人から人へ感染したのは2件のみで、死者はゼロだ。
感染した人のほとんどが、武漢やその周辺への渡航歴があった。中国では、2100人超の死者、7万4000人超の感染者のうち、大半がこの地域から出ている。そしてこれは、CDCの発表で今季1万4000人を数えた米国のインフルエンザ死者数と比べれば大幅に少ない。
新型コロナウイルスを巡る差別は、科学的事実や人種偏見に基づいたものではなく、感染症に対する「生理的嫌悪感」からくるもののようだと、バンダービルト大で政治学を教えるシンディ・カム教授は言う。
エボラウイルスやジカ熱の発生を調べたカム氏は、感染症への恐怖心は、誰が実際に感染しているかの考察よりも大きいことが分かったと話す。
中国に住む米国人マット・ギャラトさんは、今月米国に帰国し、家族と自主的に2週間の「検疫期間」に入ることをインターネット上で明らかにした。すると、ユーチューブチャンネルのフォロワーから、予期せぬ反応が返ってきたという。
「自分たちの国全体に感染を広げている。出ていけ、と言われた」と、ギャラトさんは話す。
こうした体験談が広がるにつれ、現在も検疫中の人々は先行きに不安を募らせている。注目を集めることを恐れ、取材に応じたくないという人も複数いた。
「ソーシャルメディアで発言してきたから、外に出た時に私のことを知っている人も多いだろう」
ダイヤモンド・プリンセスから退避してカリフォルニア州の空軍基地で検疫を受けているサラ・アラナさん(52)はこう話し、「潜在的にウイルスに感染しているとみなされないことを願っている」と付け加えた。
前出のティビカさんは、偏見の背後には無知があると言う。
「(検疫という)正しいことをしている人を、罰さないでほしい」

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