コラム:痛手負ったドル円、下値めどは104円の根拠=鈴木健吾氏

コラム:痛手負ったドル円、下値めどは104円の根拠=鈴木健吾氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
鈴木健吾 みずほ証券 チーフFXストラテジスト
[東京 15日] - バレンタインデーの2月14日、ドル円は昨年9月8日の安値107.32円を割り込み、2016年11月以来の106円台に突入した。107円割れの瞬間に、これといった材料があったわけではないが、日経平均株価がじりじりと下げ幅を拡大する中、リスク回避の文脈で円高圧力が強まった。
実は2月に入り為替市場では主要通貨に対して円が全面高の展開となっている。騰落率の序列でみると、円に次いで米ドルやスイスフランなどのいわゆる「安全通貨」が買われており、リスク動向が為替市場を動かしている構図が鮮明だ。全体の中ではドルも円も買われているものの、ドルと円の比較では円買いが勝りドル円は下落する構図となっている。
リスク回避の背景には米金利の急上昇と米株の急落がある。年初に2.4%台だった米10債利回りは約4年ぶりに2.9%近辺へ上昇。「ゴルディロックス(適温)相場」が終わるのではないかとの観測につながり、NYダウは1月終盤の高値から一時3000ドル近く下落した。
2月に入り、良好な雇用統計やISM非製造業指数など、正常時ならばドル買いとなるような材料もみられたが、現状においては良好な経済指標が利上げ加速につながるとの理由で金利が上昇し、これを嫌気して米株が下落。するとリスク回避の円買いを惹起して、ドル円はドル高ではなく円高になっている。
1月にみられたドル安と2月に入ってからの円高によってドル円の下落基調が明確となる中、黒田東彦日銀総裁の続投といった(緩和継続観測からの)円安材料にはほぼ反応せず、前述の通りドル高の材料も円高材料に転換し、加速度的にドル安円高方向を攻める展開となっている。
<テクニカルな下値めど>
こうなると市場の動きはファンダメンタルズから離れてしまうことから、目先の下値めどなどはテクニカル的なポイントが重要となるが、テクニカル的にもドル安円高が加速する可能性が示唆されている。
ドル円は約1年近く108―114円程度のレンジをもみ合っており、テクニカル的には「エネルギーを蓄積した状況」だ。この間の安値は昨年9月の107.32円だが、14日にはこれを下抜く動きとなった。107円近辺で跳ね返されれば107.32円と併せ「ダブルボトム」となり底入れの可能性もあったが、これを明確に下抜けたことでレンジブレイクとなりドル安円高がさらに加速する可能性がある。
そうなった場合には2016年の安値99・00円とその後の高値118.66円の61.8%押しである106.50円や心理的節目105.00円などがターゲットとなるが、これらも下抜けると1ドル=100.00円が視野に入る。
日米の景況感格差や金融政策の方向性などといったファンダメンタルズからそこまで一方的なドル安円高が続くとは考えていないが、テクニカル的に重要な水準を足元で推移していることには注意が必要だ。当面は、これまでの108―114円程度のレンジがやや下方シフトする展開になるのではないか。
<米金利の上昇余地>
目先のポイントは、米国の金利と株式市場の動きが握っている。今回みられた金利急上昇と株価急落がさらに加速し、リーマン・ショックのような長期不況の入り口となるのか、それとも単なる大幅調整にすぎないのかについては基本的には後者であり、調整にすぎないと考えている。
金利上昇については、すでに1年以上前から米連邦準備理事会(FRB)が物価上昇に自信を示し、2019年にかけて年3回程度のペースで利上げを行うことを市場にアナウンスしてきたが、金利市場はこれを織り込んでこなかった。ここにきてFRBの予想通り物価や賃金に上昇の兆しがみられてきた中、金利市場が修正を迫られている格好だ。
今後数年かけ、短期金利はFRBが長期均衡水準とする2.75%、長期金利は名目成長率水準の4%前後をめどとして上昇するとみられるが、今後数年分の利上げ幅を割り引けば、足元の米10年国債利回りは妥当水準(2.7―3.2%程度)に達しつつあるとみられ、徐々に急上昇には歯止めがかかるだろう。
また、米国株式市場においては、基本的に企業業績の拡大を背景とした上昇が続いてきた。足元の急落によって株価収益率などの株価判断指標は割高感が解消され割安な水準へと移っている。リーマン・ショックやアジア通貨危機のようなショックイベントが発生したわけではない状況下、徐々に指標に基づいた割安感や企業の成長性を再評価する動きへとつながっていくとみている。さらに、これによって急激に上昇したボラティリティーも落ち着きを取り戻すだろう。
適温相場には、1)低金利(緩やかな金利上昇)、2)持続的な景気回復傾向、3)低ボラティリティーが重要とされる。今回、金利が急激な水準訂正を迫られたことから、一気に適温相場がはく落したが、引き続き物価の上昇もFRBの利上げペースも急激には加速しづらいとみており、2017年ほどではないにせよ、再び株式市場は上昇トレンドに回帰していく展開を想定している。
このような状況となれば、足元で一方的に加速しているドル安円高にも歯止めがかかり、景況感格差や金利差といったファンダメンタルズに回帰しつつ110円を超える水準の回復は比較的早いのではないか。
<ドル円の新たな想定レンジ>
一方、これまでも指摘している通り、2017年にみられた世界経済の回復局面では、為替市場の構図は「景気浮揚や金融緩和策の変更が認められた通貨(ユーロなど)」が買われ、ドルと円が売られる形になっていた。
今回のリスク回避的な状況においては、前述の通りドルと円、およびスイスフランなどは安全通貨としていずれも買われる構図となった。つまり、リスクオンの場面でもリスクオフの場面でもドルと円は全体の中で同じ方向に動く傾向がみられる。結果、ドル円は年間を通じて一方的な動きとなるよりも、一定のレンジ内でのもみ合いとなる可能性が高いと考えている。
筆者はこれまで、世界経済の回復傾向とゴルディロックス的な状況が継続する中で、ドル円は昨年以降みられてきた108―114円程度のレンジを基本としつつ、景況感格差や金融政策の方向性、金利差などからドルと円の比較ではややドル高円安方向を予想し、2018年の予想レンジを107―120円としてきた。
だが、筆者の予想に反し、想定したよりも早くゴルディロックス相場が動揺し市場のリスク回避傾向が強まったことなどから、足元早くも想定レンジの修正を行う必要が出てきた。テクニカル的な下値めども考慮してこれまでの想定レンジを2―3円程度下方修正し、新たな想定レンジを104―118円としている。
*鈴木健吾氏は、みずほ証券・投資情報部のチーフFXストラテジスト。証券会社や銀行で為替関連業務を経験後、約10年におよぶプロップディーラー業務を経て、2012年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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