コラム:混迷の英離脱劇、国民投票の再実施に注目=尾河眞樹氏

尾河眞樹 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員兼金融市場調査部長
[東京 21日] - 英国のメイ首相は、このまま欧州(EU)離脱に突き進むべきではないのかもしれない。英下院は15日、首相のEU離脱(ブレグジット)協定案を賛成202票、反対432票の歴史的大差で否決。翌16日には最大野党の労働党が提出した内閣不信任案が否決されたが、僅差だった。
メイ首相は早速、離脱協定案の「修正案」策定に向けて超党派の協議を呼び掛けているが、労働党のコービン党首は、首相が「合意なき離脱」を人質にしていると批判し、「合意なき離脱」の可能性を排除しない限り、協議には応じない構えだ。
超党派の議論がないまま、メイ首相は21日にも離脱協定案の修正案を議会に提出する見込みだ。3月29日の離脱期限に向けて、時計の針は着実に時を刻んでいるにもかかわらず、英議会では前向きな議論が一向に進まない。
こうした状況を見るにつけ、国の将来を左右する歴史的判断を「政争の具」にするのはいかがなものかと、首を傾げたくなる。どうすれば最悪の事態を免れるかという観点で、野党は協議に応じるべきだろう。メイ首相も離脱協定案がここまでの大敗を喫したことを真摯に受け止め、可能な限り歩み寄るべきではないだろうか。
離脱協定案の否決を受けて、ユンケル欧州委員長は「イギリスはどうしたいのか、速やかに明確にするよう求める」とツイッターに投稿。EUのトゥスク大統領も、「もしこの離脱協定案が受け入れられず、『合意なき離脱』を誰も望まないのであれば、何が唯一の前向きな解決策なのか」と投稿した。
ボールは現在、英議会側にあり、EU側は「決められないのであれば」と、離脱撤回を促している。離脱期限が迫る中、報道によれば英国内でも「離脱を延期すべき」、「もう一度国民投票を行うべき」などの意見が急速に増えているようだ。無理やり3月末に離脱を断行する必要性は、もはや高くないようにもみえる。
<英国民の理解向上が急務>
何よりも重要なのは、国民の「EU離脱」に対する理解を早急に深めることだろう。
英調査会社ユーガブが16日、英国の有権者1070人に対して行った世論調査によれば、EU離脱の是非を問う国民投票を今一度実施した場合、「EU離脱」を選択するとの回答が38%にとどまる一方で、「EU残留」は48%と最も多くなった。「投票しない」(6%)と「分からない」(7%)を除いた離脱派と残留派の差は、2016年の国民投票以降で最も広がった。
とはいえ、最多の「残留派」も過半数を超えておらず、国民の意見はいまだ分断されている。今後の動向次第では、まだどちらの意見に振れるかは分からない。国民投票を再度行ったところで、その結果に対して、議会でまた延々と揉める可能性もあるだろう。
加えて、これほど重要な問題にもかかわらず、「EU離脱」に対する国民の理解も低いままだ。同ユーガブが8─9日に実施した調査では、「合意なき離脱」の意味を「明確に理解している」との回答は30%、「概ね理解している」は44%だった。対して、「聞いたことはあるが意味は分からない」が16%、「聞いたこともない」が1%、「分からない」9%との結果だった。「明確に理解している」国民が3割にとどまる状態で、離脱に突入してよいものだろうか。
さらに、今回の「離脱協定案」の最大の争点となったアイルランドの国境管理厳格化を避けるための「バックストップ条項(安全策)」については、その意味を「明確に理解している」との回答は13%、「おおむね理解している」が32%にとどまる一方で、「聞いたことはあるが意味は分からない」が25%、「聞いたこともない」18%、「分からない」13%と、理解が不十分との回答が多数を占めている。
「ハード・ブレグジット」や「ソフト・ブレグジット」などの用語についても、「明確に理解している」との回答は、それぞれ24%、18%とかなり低い。これらを見る限り、前回の国民投票から2年半が経つが、「EU離脱」について国内の議論は驚くほど深まっておらず、離脱が自身の生活に与える影響について英国民が理解しているとは言いがたい。
<2度目の英国民投票で生じるリスク>
メイ首相は、国民投票を再度行うことについて、「民主主義に反する」と明確に否定している。しかし、内容が十分に分からないまま行われた投票の結果を、果たして国民が本当に望む選択だったと言い切れるだろうか。もし国民投票を再度行う場合には、前回のように離脱か残留かを単純に問うのではなく、せめて、「EUに残留」「EUとの合意を条件に離脱」「合意なしでも離脱」などの選択肢にすべきだろう。
仮に今後、離脱延期から総選挙、そして再度の国民投票実施という流れとなった場合には、政治的に不透明な期間がさらに長期化することになり、英国経済の足かせとなるかもしれない。再投票の結果、僅差で再び票が割れるような、スッキリしない結果となるリスクもある。ただそれでも、議論がまとまらず3月末に合意なき離脱に追い込まれるよりは、英国民が離脱について理解を深め、離脱するにせよどういった形の離脱を望むのか、改めて選択する機会を与えることは、長期的にみれば意味があるのではないか。
振り返れば2016年の英国民投票では、大方の予想に反して離脱を選択したことで混乱を招き、英ポンド相場が急落したばかりでなく、金融市場全体がリスクオフとなった。ドル円相場も3週間で約4円の円高となったことは記憶に新しい。
欧州委員会は12月19日、「合意なき離脱」に向けた準備を進めると発表。デリバティブ商品の取引や、航空便、陸運業その他複数の領域で現状が維持できるよう14項目の条例を発表した。
このまま「合意なき離脱」を迎えた場合の市場の混乱に備えて、今後それなりにセーフティーネットが準備されることになるだろう。それでも、一時的とはいえ、ポンドだけでなくドル円相場や他の金融市場に影響を及ぼす可能性は残るため、注意が必要だ。
<ユーロに下落圧力も>
EUにとっても、英国の離脱は極めて頭の痛い問題だ。EUでは5月23─26日に、4年に1度の欧州(EU)議会選挙が行われる。英国の離脱が予定通り3月末に行われた場合、離脱後初の欧州議会選挙となる。
歴史的に前例のない「EU離脱国」が生まれた後の議会選挙だけに、金融市場の注目度も高いだろう。英国の離脱によって議席は705に減少するが、イタリアはじめ、フランス、ドイツなどのEU主要国でもふつふつとEU懐疑論が台頭する中で、EU懐疑派の政党がどの程度議席を増やすかが注目されよう。
フランス野党「人民共和連合」のアスリノ党首は昨年10月、産経新聞とのインタビューで「5月の欧州議会選挙では、人民共和連合は、フランスのEU離脱『フレグジット』を掲げた候補者を立てて戦おうと思っている」と述べている。
2014年に実施された前回の欧州議会選挙では、欧州人民党(EPP)グループと中道左派の「社会民主進歩同盟」の2大会派が過半数の議席を占めた。仮に今回の選挙でEU懐疑派が躍進し、この2会派が過半数を維持できない場合には、10月末に共に任期満了を迎えるユンケル欧州委員長や欧州中銀(ECB)のドラギ総裁などの後任人事にも影響を及ぼす可能性がある。EU懐疑派が躍進するようであれば、今後ユーロ相場にも下落圧力がかかるとみている。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。
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編集:下郡美紀

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