コラム:日本の9期ぶりマイナス成長より気掛かりなこと=岩下真理氏

コラム:日本の9期ぶりマイナス成長より気掛かりなこと=岩下真理氏
 5月16日、大和証券チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は、 日本経済の1―3月期は一時的な停滞であり、その後は再び緩やかな成長に戻ると予想。写真は右から中国人民元、日本円、米ドルの紙幣。北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)
岩下真理 大和証券 チーフマーケットエコノミスト
[東京 16日] - 筆者は昨年、当コラムで「7」の付く年のジンクスを紹介した。具体的には、1987年はブラックマンデー、1997年はアジア通貨危機、2007年はパリバ・ショックが起きた。当該年の米株動向を確認すると、「春から夏にかけて上昇し、秋には下がる」というものだ。
しかし、2017年は秋も上昇が続き、杞憂に終わった。その後、2018年2月に米長期金利の急上昇をきっかけに、米株は頭打ちした。
そこで「8」の付く年の事例を振り返ると、1998年は8月にロシア通貨危機が起きて、9月に米大手ヘッジファンドが破綻、米連邦準備理事会(FRB)がわずか2週間で連続利下げに追い込まれた。2008年9月15日はリーマン・ショックだ。いずれも前年に起きたショックによる後遺症がある状況下、新たなマグマが溜まって破裂した。
このような7と8の付く年のイベントは、信用サイクルの周期が10年程度で巡っていることを物語っていよう。過去の教訓を踏まえて、主要国の民間債務の対名目国内総生産(GDP)比率を確認すると、日米独の民間債務は積み上がっておらず、今のところ、行き過ぎた信用拡張が起きているわけではない。
ただし、中国では同比率が200%を超えており、債務増加に対する懸念が消えない。国際通貨基金(IMF)がその点を繰り返し警鐘するように、引き続き中国への警戒感は持つ必要がある。
<新興国ショック再来の可能性は>
筆者は3月の当コラムで、2017年にみられた「物価の伸び悩み、低金利と株高、低い変動率」という環境は変化し、2018年の米欧では「賃金上昇、金利水準の上方シフト」、日米欧では「株と為替の変動率の高まり」が見込まれると指摘した。
4月下旬以降は米長期金利の上昇とドル高に伴い、新興国通貨の売りが加速している。アルゼンチンは自国通貨防衛のために大幅な利上げに踏み切り、トルコ、インドネシア、マレーシア、インドは為替介入に追い込まれた。まさに5年前の2013年5月、バーナンキFRB議長(当時)が「量的緩和縮小(テーパリング)」を示唆したこと(バーナンキ・ショック)を受けて、中国株急落をきっかけに新興国市場が混乱に陥ったことを彷彿させる。
それでも、あと数年は堅調なIT需要を背景に米中がけん引する世界経済の緩やかな回復持続が見込まれている。また、米国のインフレ圧力は以前より高まっているが、利上げペースは緩やかなままだ。加えて、日本とのスワップ協定再開に合意するなど人民元の安定化に努力している中国当局が、アジア通貨安を回避する防波堤となって、世界的なリスクオフは回避されよう。
ただし、局地的には政治不安定で経済的に脆弱な新興国が標的となる通貨売りの可能性は残り、ドル高の流れは続くと見込まれる。いずれにせよ、2018年は、世界の経済、政治、軍事面の覇権を争う米中(G2)時代を象徴する年となりそうだ。11月の米中間選挙を控えて朝鮮半島を巡る非核化への道、米中貿易摩擦、中東情勢などで政治色の強い時間帯が続こう。
<日本経済の停滞は一時的か>
さて、2018年に入り、世界経済の成長ペースは鈍化した。今年1―3月期は昨年10―12月期の強さからの反動に加え、スマートフォン(スマホ)に絡む生産・輸出が年明け後に急減速、天候要因も足を引っ張った。
もっとも、米国の成長率は年率プラス2.3%と前期の同2.9%から鈍化したものの、テクニカルに弱まる傾向がある1―3月期にしては強い。ユーロ圏は前期比プラス0.4%、前年同期比プラス2.5%(前期は同2.8%)と2%台半ばの成長を維持した。
それに対して、16日朝発表の日本の1―3月期実質GDP(1次速報値)は前期比マイナス0.2%(年率マイナス0.6%)と9四半期ぶりのマイナス成長に転落。また、鉱工業指数の改定に伴う過去遡及の結果、2017年度はプラス1.5%と想定より小幅な伸びにとどまった。
日本が他国に比べて、ひときわ悪くなった理由は、内需の弱さだ。個人消費の低迷(前期比横ばい)は、大雪、野菜価格の高騰、株安・円高を背景にマインドが低下しており想定内だが、内閣府によれば携帯電話と自動車への支出低迷、外食手控えが大きかった。
設備投資は前期比マイナス0.1%と6四半期ぶりの減少。通信機械が足を引っ張り、予想平均のプラス0.4%を大きく下回ったのは想定外だ。法人企業統計を踏まえた改定値では上方修正の可能性はあるが、現時点では力強さに欠ける。また、住宅投資が前期比マイナス2.1%と3四半期連続の減少で、節税対策のアパート建設の盛り上がりからの反動減が続いている。
ただし、明るい材料もある。実質雇用者報酬が前期比0.7%増と再びプラスに転じたこと、GDPデフレーターが前年同期比0.5%上昇し、前期の0.1%からプラス幅を拡大させたことだ。先行きの消費について、耐久消費財の買い替え一巡は懸念されるが、極めて緩やかな賃金の伸びのもと天候要因が剥落すれば持ち直しは期待できる。
加えて、日本の電子部品は、今やスマホだけの一本足打法ではなく、データセンターや車載向け自動運転技術へと需要の裾野を広げており、引き続き強い需要が見込まれている。スマホ減速は小休止で、4―6月の生産は持ち直すだろう。生産と輸出の持ち直しは、設備投資にも追い風となるはずだ。従って、日本経済の1―3月期は一時的な停滞であり、その後は再び緩やかな成長に戻ると予想する。
<米長期金利上昇は続くか>
世界に目を戻すと、グローバル製造業購買担当者景気指数(PMI)は、米国による保護主義の高まりも懸念され、昨年終盤にピークをつけて弱っている。ただ、4月製造業PMIの下げ一服は明るい材料だ。日本でも4月景気ウォッチャー調査が2カ月連続上昇と、持ち直した。また、3月の経済協力開発機構(OECD)景気先行指数では、中国が長期平均100割れの水準ながらも下げ止まった。
一時的な経済の弱さ、局地的な通貨安であれば、FRBの年3―4回の利上げペースに影響はないだろう。月々で振れる雇用統計の時間当たり賃金よりも、先行指標となる雇用コスト指数の上昇(1―3月期は前年同期比プラス2.7%)の方が、インフレ見通しには心強いものだ。
そのような状況下、パウエル議長率いるFRB新体制のもとで理論武装に大きな役割を果たすと見込まれるのが、ウィリアムズ・サンフランシスコ地区連銀総裁(6月18日にニューヨーク連銀総裁に就任予定)だ。連銀生え抜きのエコノミストとして、「中立金利」の研究で知られる。
4月17日には、「2019―20年の米国経済を展望すれば、インフレ率は2%を上回り、失業率は超低水準と予想。そのような状況では、政策金利が長期的な中立金利を上回っても、それほど意外ではない」と語った。
その後5月15日には、「中立金利は2.5%近辺にとどまっている」との見方を示し、金融政策の道筋を示すような「新たな文言を策定する必要がある」と述べた。政策金利はあと3回の利上げで2.5%に到達することから、FRBとして来年以降の準備を進めるべきとの主張だ。
さまざまな不透明要因がある状況下、FRBが来年の利上げ継続に向けて、新たなメッセージを発信するのは、年後半の緩やかな回復持続と物価上昇に自信が持てるタイミングになるのではないか。15日の米株式市場は、米長期金利上昇が再び嫌気され、反落した。しかし、想定される物価上昇と利上げペースは緩やかであり、3%超え後の10年金利の急上昇は考え難い。当面はゆっくりと3%台に定着していく時間帯になると予想する。
*岩下真理氏は、大和証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、18年1月より現職。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
(編集:麻生祐司)
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