コラム:自動運転の世界景気拡大、導く先は円安株高か=佐々木融氏

コラム:自動運転の世界景気拡大、導く先は円安株高か=佐々木融氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長
[東京 11日] - 1年を振り返るのはまだ早いかもしれないが、2017年の世界の実質国内総生産(GDP)成長率は前年比プラス3.2%程度になると当社は予想している。2012年から2016年までは5年連続で非常に狭いレンジ内(プラス2.6―3.0%の0.4%ポイント)で推移してきた。当社で検証可能なデータを見ても、1990年代前半以降、これほど安定した成長が続いたことはない。
ここ数年、マーケットのボラティリティーが極端に低下しているのは、世界経済成長率の振幅が小さくなっているのも一因ではないかと考えられる。例えば、投資家の不安心理の度合いを示すシカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティー・インデックス(VIX指数)について、日次ベースのデータを使って過去1年間の平均値を見ると、足元の水準はデータがさかのぼれる1990年以降で最低の水準となっている。
このように、ボラティリティーが低い状況が続くと、円は「弱い通貨」となる。世界の投資家がキャリートレードを活発化させ、低金利通貨を売り、高金利通貨を買うからだ。超低金利で、最適な資本調達通貨である円は売られることになる。実際、円は今のところ年初来で見ると米ドル、ニュージーランドドルに次いで主要国通貨の中では3番目に弱い通貨となっている。
<当局はアクセルもブレーキも踏む必要なし>
世界経済は単に3%前後で安定した成長を続けているだけでなく、景気拡大期も歴史的に見て長期化している。例えば、今回の米国景気拡大は今年10月で100カ月目となり、戦後3番目の長さとなっている。戦後の米国景気拡大の最長記録は120カ月間だった。このまま景気拡大が続き、2019年6月を超えると、戦後最長となる。
景気拡大期が長く続いている理由は、金利の動きで説明できるかもしれない。米国景気拡大が戦後3番目の長さとなっていることは上述したが、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ局面も今年10月で23カ月目となる。これも1970年代以降で見ると3番目の長さだ。
過去に利上げ局面が23カ月を超えて続いたのは、1970年代と前回の利上げ局面(2004年6月から2006年6月)の2回だけだった。FRBが2018年11月以降に利上げを行うと、利上げ局面は1970年以降で最長となる。
景気拡大期が長期化しているのだから、FRBの利上げ局面が長期化していること自体は驚くようなことではないかもしれない。しかし、今回のFRBの利上げペースが極端に遅いことは特筆に値するだろう。
上記の過去2回のケースを振り返ると、利上げ開始23カ月目では、フェデラルファンド(FF)金利のターゲットはいずれも300ベーシスポイント(bp)以上引き上げられている。100bpにとどまる今回の利上げ局面と比較するとその差が際立っている。ちなみに、前回の利上げ局面では23カ月間でFF金利のターゲットは1.0%から4.75%まで375bpも引き上げられていた。
なぜ、今回は利上げペースが過去に比べて極端に遅いのだろうか。恐らく答えは単純で、景気が拡大してもインフレ率の上昇ペースが鈍いからだろう。
前回の利上げ局面の前後では、米コアインフレ率は前年比プラス1.1%から2.9%まで上昇している。先進国のコアインフレ率も、期間はやや長くかかっているものの1.2%から2.4%まで上昇している。
しかし、今回の利上げ局面では、米コアインフレ率は利上げ開始時点の前年比プラス2.1%から足元は1.7%まで鈍化してしまっており、先進国のインフレ率は1.3%から1.5%の間で横ばいとなっている。景気拡大が続いていても、インフレ率の上昇テンポが鈍いため、利上げペースが遅くなっているという現象は主要国で広範に見られる現象だ。
通常、景気拡大が続くと、インフレ率が上がり始め、中央銀行は利上げを行い、それが景気拡大を抑える結果、景気後退期が訪れる。しかし、今回の景気拡大期は、インフレ率の上昇テンポが鈍いため、中央銀行は利上げをあまり積極的に行わない。その結果、景気後退期につながるきっかけがない可能性がある。
今の世界景気は、自動車の最新技術に例えれば、当局者がアクセルもブレーキも踏む必要がない自動運転車のように、ゆっくりと動き続けている状態なのかもしれない。
<新興国通貨・高配当株に資金流入か>
このように考えると、今回の景気拡大期は簡単には終了しない可能性がある。アクセルもブレーキも利いていた時代でも米国経済は120カ月間も拡大し続けたことがあるのだから、アクセルもブレーキも必要ない今回の景気拡大期が120カ月以上続いてもおかしくはない。つまり、世界経済が現在のような3―3.5%近辺での安定した成長を2019年まで持続する可能性も低くはないのだ。
景気拡大期がまだ持続するとなると、円は実効レートベースで、当面弱い状態が続く可能性があるが、ドルも引き続き弱い通貨となることが予想される。トランプ米政権による保護主義はドルに対し、じわじわと下方圧力をかけると考えられることに加えて、利上げペースが極端に遅いためだ。従って、ドル円相場については今後も上下動を伴いつつ、徐々に上値が切り下がる展開を予想する。
むろん、長く続く景気拡大局面で、ドルと円がともに資本調達通貨として弱い通貨になることが予想されることから、クロス円では円安基調が続くと考えられる。ただ、前回のFRB利上げ局面(2004―2006年)を中心とした、円キャリートレードが活発化した時期と今回は多少状況が異なるかもしれない。日本と他国の金利差があまりないのだ。
当社が算出する世界の政策金利の加重平均値と、日銀の政策金利の差は現在230bp程度である。これは、円キャリートレードが最も活発化した2006―2007年の400―450bpに比べると、半分程度の金利差だ。
従って、今回の円キャリートレード局面では、高金利を求める資金がより多く新興国通貨に流れる、あるいは高配当株などが買われるようになるのかもしれない。
いうまでもなく、株式は債券と比べリスク量がはるかに大きい。しかし、上述したように、まるで景気後退がなくなったかのような時代となり、それでも日銀が上場投資信託(ETF)購入を通じて株価を支え続けるのであれば、「高配当株=高金利債券」のような通常であれば無茶な議論が広がることになり、それが株価を押し上げる可能性も考えられる。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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