コラム:米金融政策の視界をさえぎる複合要因=鈴木敏之氏

コラム:米金融政策の視界をさえぎる複合要因=鈴木敏之氏
 7月31日、三菱東京UFJ銀行・シニアマーケットエコノミストの鈴木敏之氏は、FRB人事を巡る不透明性や低インフレに関する説明不足などを考えると、年内のバランスシート縮小着手と追加利上げが実現するかは微妙な状況だと指摘。提供写真(2017年 ロイター)
鈴木敏之 三菱東京UFJ銀行 シニアマーケットエコノミスト
[東京 31日] - イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の任期満了(2018年2月3日)が刻々と近づいている。FRBは年内、あと1回の0.25%の追加利上げと、量的緩和からの正常化であるバランスシート縮小に着手する意向を示している。だが、本当に実行されるのかと言えば、不確実な情勢だろう。
不確実性の背景には、低過ぎるインフレ率がある。イエレン議長は、需給の緩み(スラック)が小さくなればインフレ率が上がるという関係を諸判断の根幹に据えてきた。だが、失業率は4.4%まで低下しているのに、賃金上昇率は抑制されている。今の賃金上昇率では、一般物価で目標のインフレ率2%にはなかなか届きそうにない。
この問題は、いっそう複雑になっている。FRBは、インフレ率が低下したことについて、携帯電話サービス、処方箋薬の価格下落など一時的要因によるものだとの見方を示しているが、この説明は納得を得られていない。
有効求人倍率が大きく上昇している日本も、失業率が低下している欧州も、米国と同じく、低いインフレ率に直面しているのである。世界同時的とも言えるこの問題を、米国の携帯電話サービス料金で説明するのは無理があるだろう。
さらに、原油価格の上昇が止まり、期待インフレ率が上昇しないという問題が迫ってくる。インフレ率は、スラックと期待インフレ率で決まるとみるのが現実的だが、期待インフレ率に対しては原油価格の影響が大きい。原油価格は、昨年後半こそ、石油輸出国機構(OPEC)の減産合意の動きがあって上昇したが、その上昇は止まっている。もうすぐ、前年比の上昇はなくなってしまう。要するにスラックも期待インフレ率も、目標の2%に到達できていない一般物価のインフレ率を押し上げる動きになっていないのだ。
これでは、物価安定の責務を達成しているとは言えず、バランスシート縮小、追加利上げを確実視することはできない。
ちなみに、次の米連邦公開市場委員会(FOMC)は9月19―20日開催予定であり、長い時間が空く。その間に発表される物価統計が、米金融当局者によるインフレに関する説明への不信を小さくするよりも大きくする可能性の方が高いだろう。
加えて、今の政治情勢では、予算審議の難航は必至であり、債務上限問題の先行きが懸念される。9月19―20日は、その紛糾の最中かもしれない。
このような状況で、やってみないとどういう影響が出るのかわからない面の多いバランスシート縮小に本当に着手できるのか。不確実性の度合いは9月19―20日に向けて大きくなるとみられる。
<FRB人事を巡る視界不良>
また、同時進行でFRBの議長交代、大幅刷新に向けた動きが始まっている。これは、2018年以降の金融政策を一段と見えにくくしている。
第1に、FRB理事は7人が定員だが、来年にかけて5人の新理事が入ってくる。空席が3つあり、イエレン議長とフィッシャー副議長の任期はそれぞれ2018年2月3日、同年6月12日に切れる。
5人の理事交代があれば、政策は不連続になる。中でも、エコノミスト理事が加わることによる影響には注意が必要だ。プリンストン大学教授だったバーナンキ氏が理事になった際の持論は、インフレ目標だったが、その主張は実現した。
そして、バランスシート拡大停止には、非伝統的な金融政策に懸念を示していたスタイン元理事(ハーバード大学教授)の影響があったと思われる。ちなみに、報道で名前が挙がっているカーネギー・メロン大学のグッドフレンド教授が理事に就くのであれば、ゼロ金利になった場合の対応として同氏が主張しているのはマイナス金利政策である。
第2に、コーン国家経済会議(NEC)委員長、スタンフォード大学のテイラー教授、コロンビア大学のハバード教授、ウォルシュ元FRB理事ら、報じられている後継の議長候補者たちは、今の政策決定には関与していない。バーナンキ氏は、グリーンスパン議長時代のFRB理事。イエレン議長は、バーナンキ議長時代にサンフランシスコ地区連銀総裁、副議長だった。両氏とも議長就任前から政策決定に深く関与していたので、ある程度の連続性を見込むことができた。しかし、今回の議長交代は、イエレン議長再任でなければ、大きな不連続があり得る。
第3に、FRB副議長が2人体制になる(1人は金融規制監督を担当)。物価安定と持続可能な雇用の最大化という従来からの責務の傍らで、経済成長に資する金融システムの設計・施工においてFRBへの期待を大きくするものとなるだろうが、2人の副議長に温度差がある事態を市場は経験しておらず、不確実性はこの点でも高まるだろう。
<イエレン議長の主張を否定する後任候補>
さて、米国の景気回復、拡大は2009年6月の底から数えるとすでに8年が過ぎている。歴史的に見れば、あと1年ほどすると、拡大の持続を見込むことに抵抗が感じられる時間帯に入ってくる。
イエレン議長のもとでFOMCが示している経済見通しは、2019年まで景気拡大が続き、3%までフェデラルファンド(FF)金利を上げていくことを描いているが、景気が後退すれば、それは現実的ではない。市場は、その見通しを信じておらず、利上げサイクルは間もなく終わることを見越している。
FRB議長交代は、実現の見込めない空虚な見通しを書き換えるか、あるいは、その理想実現の方策を明示した上での経済見通しに書き換える機会となる。そうした中、新議長候補たちは連名で小論「より高い経済成長への展望」(On The Prospects For Higher Economic Growth, by John F.Cogan,R.Glenn Hubbard,John B.Taylor,Kevin Warsh, July 18,2017)を発表した。金融政策の枠組みを超える内容だが、2%成長で我慢する必要はなく、規制緩和と税制改革で3%成長は実現できるという主張だ。
これは、イエレン議長が先日の議会証言で答弁した「3%成長は難しい」という主張を否定していることになる。仮にこの著者陣の中の誰かが次のFRB議長になるならば、スラックが小さくなってもインフレ率が高まらない理由について説得力をもって説明し、景気拡大が寿命を迎えそうな中でも成長率引き上げが可能との主張を実現できるのかが、問われることになる。
期待はあるが、不確実性は大きい。市場参加者は、米国の金融政策について、9月の次のFOMC、そしてその先の議長交代、FRB理事の大幅刷新後も、視界不良の「雲中飛行」を覚悟しなければならないだろう。
ただ、安心材料を1つ挙げれば、皮肉なことだが、低いインフレ率だ。誰が議長になっても急激な引き締めだけはなさそうである。
*鈴木敏之氏は、三菱東京UFJ銀行市場企画部グローバルマーケットリサーチのシニアマーケットエコノミスト。1979年、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。バブル崩壊前夜より市場・経済分析に従事。英米駐在通算13年を経て、2012年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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