コラム:米中蜜月の終焉、経済戦争突入か=斉藤洋二氏

コラム:米中蜜月の終焉、経済戦争突入か=斉藤洋二氏
 7月26日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、春先から演出されてきた米中関係の蜜月は足元で崩れつつあり、貿易摩擦の激化で報復合戦に発展する恐れは高まっていると指摘。提供写真(2017年 ロイター)
斉藤洋二 ネクスト経済研究所代表
[東京 26日] - 今秋に予定される5年に1度の中国共産党大会を控えて、北京では習近平総書記(国家主席)の権力基盤強化と「ポスト習」の行方を巡る権力争いが最終盤に至っている。その中で注目を集めるのが「ミスター・クリーン」こと王岐山・党中央規律検査委員会書記だ。
2008年のリーマン・ショック当時、副首相として、ポールソン米財務長官(当時)の依頼に応じ米国債を大量購入し金融危機脱出に協力したと伝えられる(国内においては4兆元の景気対策の取りまとめに主導的役割を果たしたといわれる)経済通だが、2012年以降の5年間は習氏の盟友として反腐敗闘争をリードしてきた。
王氏はすでに69歳であり、本来なら68歳という党中央政治局常務委員会(最高指導部)メンバーの年齢制限ルールに抵触するため、今回の共産党大会で定年退職となる。しかし、習氏が自身の権力基盤強化のため、年齢制限ルールを変更し、王氏を李克強首相の後継に据えるのではないかとささやかれている。このところ動静があまり聞こえず「王岐山失脚か」といった臆測も流れているだけに、その人事の行方は何よりも注目されるところだ。
一方、共産党大会を目前にして、事実上失脚したホープもいる。習氏の後継者として胡春華・広東省党委書記とともに常務委員会入りが濃厚とされていた孫政才・重慶市党委書記だ。
その手ぬるい政治手腕に批判の高まりが伝えられていたが、重大な規律違反容疑を理由に突如解任され、後任に習氏の側近である陳敏爾・貴州省党委書記が就いた。党中枢の権力闘争の激しさを物語る出来事だが、「ポスト習は習」を目指す習氏が大きくリードといったところだろうか。共産党大会を前にして、党長老との人事調整などが行われる今夏の北戴河(ほくたいが)会議(河北省のリゾート地、北戴河で開催)は例年にも増して注目されることになりそうだ。
<米中100日計画に成果はあったのか>
さて、このように激しい権力闘争を続ける一方で、習氏はもう1つ頭痛の種を抱えている。ほかならぬ米中関係である。
周知の通り、米中関係については、トランプ大統領が選挙期間中から中国批判を強めていたことから就任後の経済戦争勃発が懸念されていた。だが、トランプ氏が習氏をフロリダの別荘に招いた4月の米中首脳会談において、意外にもすんなり北朝鮮問題と経済対話で一定のディールが結ばれ、両国は蜜月演出に成功。特に米中貿易不均衡是正などを目指す「100日計画」策定での合意は両国関係の改善をもたらすものとして期待された。
実際、「100日計画」については精力的に協議が続けられ、5月に貿易不均衡是正に向けた取り組みとして両国政府が10分野で合意に至り、米国の液化天然ガス(LNG)の輸出拡大、さらに金融サービスの市場アクセス拡大などが発表された。また、中国側が米国産牛肉の輸入を14年ぶりに再開するなど象徴的な出来事も加わった。
とはいえ、中国側にはさまざまな国内規制が残っており、同国の米国製品の輸入量が一気に拡大する可能性は低いとの見方が大勢だ。北朝鮮問題に目を転じても、中国は北朝鮮からの石炭輸入を停止しているが、鉄鉱石の輸入を大幅に拡大するなど制裁どころか相変わらず同国への事実上の経済支援を続けている。
さらに、「100日計画」の総括と今後の行動に向け、7月19日に「米中包括経済対話」がワシントンで開催されたが、2016年において3470億ドルにも上った米国の対中貿易赤字の具体的な削減策や今後の工程表は示されず、共同記者会見も行われなかった。まさに「蜜月関係」は終わりつつあると言ったところだろうか。
確かに米中関係は4月以降友好的に進んだが、それは中国側において共産党大会を前に外交問題で失点したくないとの思惑があり、また米国側にも北朝鮮問題での仲介役として中国への期待があってのこと。つまり、この間は友好を演じることが両者の国益にかなうとされた。だが、今後は、両国関係は一気に冷え込む可能性が高いだろう。
特に米国側の出方が注目される。中国で過剰生産される鉄鋼製品に対し、より厳しい制裁関税や輸入割り当てを適用したり、中国を為替操作国に認定したりするなどの対中強硬策に出ることも予想しておく必要があるだろう。
<米中戦争は経済分野でとどまるか>
振り返れば46年前の1971年7月、ニクソン米大統領(当時)が、キッシンジャー大統領補佐官(同)を密使として極秘裏に進めていた米中国交正常化交渉と訪中計画(翌72年2月に訪問)を電撃発表し、「ニクソンショック」として世界を驚かせたことがあった。それ以来、両国関係は対立と和解の間を振れながら進んできたが、今後もそれを繰り返すとみるべきだろう。
とはいえ、米中関係の底流には覇権争いが存在し、中国の台頭が著しい現在、その争いは以前にも増して激しくなる可能性を秘めている。したがって、今秋の共産党大会以降はハードな関係へと大きく振れる懸念は拭えない。
国際通貨基金(IMF)によれば、2014年に購買力平価ベースで中国の経済規模が米国を上回った。IMFのラガルド専務理事は、今後10年でIMF本部がワシントンから北京に移る可能性があることにも言及している。
中国はソフトパワー(その国の文化や価値観などが持つ影響力)や軍事力において米国に及ばないものの、経済分野では米国を凌駕しつつあることは明らかだ。アジア太平洋地域における覇権争いの激化は避けがたいと考えるのが妥当だろう。
ちなみに、カリフォルニア大学の教授からトランプ政権の通商問題アドバイザーになったピーター・ナヴァロ氏は、自著「米中もし戦わば」において、目下の米中覇権争いが無益な戦争に至る可能性に言及している。著者が米中関係の将来を予測する根拠として、過去500年において英独関係のように15例の覇権争いがあり、うち11例において戦争になったという歴史的事実を挙げている。
現在は米国の軍事費が中国を圧倒しており、米国の方が技術的にも優れていることは確かだとしているが、中国の経済成長を考えると、少なくともアジア地域では米国が中国に「降参」する可能性を示唆している。
さらに両国が戦争遂行のための膨大な資源を有する大国であることから、短期戦とはならず、「経済に壊滅的な打撃を与える、明確な勝敗のつかない長期戦」となる可能性が高いと分析している(核戦争については、論外の選択肢としつつも、中国政府の最優先の目標が国民福祉の向上ではなく共産党の権力維持であることから、現実のものとなり得ると警鐘を鳴らしている)。
今後も米中は軍事、経済、サイバー空間、宇宙、国際金融など、さまざまな分野において覇権争いを続けることになるだろう。すでに北朝鮮問題で米中関係はきしみ始めており、米国が通商問題で圧力をかけるシナリオが現実化しつつある。米中関係の視界不良が広がれば、行き着くところはまず経済戦争への突入ではないか。
このように米中関係の悪化は米国保護主義の台頭をもたらし、さらに貿易摩擦の暗雲は国際金融市場を覆うと予想されるだけに、その動向を注意深く見守るにこしたことはない。
*参考文献:ピーター・ナヴァロ著/赤根洋子訳「米中もし戦わば 戦争の地政学」(文藝春秋刊)
*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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