コラム:日本経済「ミニバブル」崩壊リスク=斉藤洋二氏

コラム:日本経済「ミニバブル」崩壊リスク=斉藤洋二氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
斉藤洋二 ネクスト経済研究所代表
[東京 20日] - 第2次安倍晋三内閣が発足した2012年12月に始まった景気拡大局面は今年9月で58カ月目を迎え、1965年11月から70年7月までの57カ月間に及んだ「いざなぎ景気」を上回り、戦後2番目の長さに達する見通しだ(戦後最長は2002年2月から08年2月までの73カ月間続いた「いざなみ景気」)。
周知の通り、1960年代後半を中心とした「いざなぎ景気」当時、日本は実質経済成長率で年平均10%超の高度成長期にあり、賃金も上昇するなど広く好況が実感できた。対照的に、現在は景気拡大と言っても実質成長率は1%程度にとどまり、賃金は低迷したままで生活者目線からすれば好況感は極めて乏しい。
ただし、労働需給はひっ迫している。7月の完全失業率(季節調整値)は2.8%と、2カ月連続で3%を下回り、1994年以来23年ぶりの低水準での推移。同月の有効求人倍率(季節調整値)は1.52倍と、バブル期を上回り、1974年以来43年ぶりの高水準に達した。とりわけ建築・土木分野の人手不足は深刻で、この分野の有効求人倍率(含むパート、実数)は5倍となっている。
一方で、多くの人々が希望するオフィスワークなどは求人数が求職者数を下回るなど職種により雇用のミスマッチが起きている。非正規雇用の増加も加わって、景気拡大の恩恵が実感しにくくなっているのは事実だ。
こうしたなか、金融資産市場に目を転じれば、日米欧など世界の主要中銀がばらまいてきた緩和マネーに後押しされて、株価は過去5年で2倍超の水準へと上昇。不動産価格も東京中心部などで急上昇しており、警戒域に達している。
そもそもバブルの存在を立証することは極めて困難だが、1980年代後半のバブル期ほどではないとしても、ミニバブルが形成されている可能性を否定することもまた難しい。
<日銀買い入れも将来の下落リスク>
「デジタル大辞泉」(小学館)によれば、バブル経済の定義は、資産価格が投機によって実体経済から大幅にかけ離れて上昇する経済状況を指し、多くの場合、信用膨張を伴うという。
では、日本経済にバブルの芽は育ちつつあるのだろうか。デフレマインドが長く続いてきたことからその実感は乏しいが、金融資産市場を俯瞰(ふかん)すれば、日経平均株価が2万円台を回復するなど、リーマン・ショック後に7000円割れの底値を見ていた頃とは隔世の感がある。
むろん、バブル絶頂期だった1989年末の史上最高値(3万8915円)に比べれば依然、半分強の水準であり、東証1部上場全銘柄の株価収益率(PER)も足元では平均17倍程度と、バブル期には60倍を優に超えていたといわれることを考えれば、遠く及ばない。
だが、東証1部の時価総額が今月19日に613兆7404億円となり、2015年8月10日の609兆5652億円を上回り、過去最高を更新したことは、刮目(かつもく)に値する。
確かに、東証1部の上場企業数がバブル当時から7割超も増えて2000社を上回っていることや、海外市場の時価総額も大幅に増えた状況に鑑みれば、東証1部の時価総額拡大にさしたる意味はないとの見方もあるが、日本の名目国内総生産(GDP)が現在約540兆円と1990年当時(約450兆円)より2割程度しか増えてない点を考えれば、過熱感は拭えない。
また、日銀の年間6兆円規模に及ぶ指数連動型上場投資信託(ETF)購入によって、現在の株価がかなり大きな下駄(げた)を履いている点には注意したい。日経平均は日銀のETF購入で3000円程度かさ上げされているとの説もある。見方を変えれば、価格形成に組み込まれた「日銀の資産買い入れがこれからもずっと続く」という期待感が、将来的な下落リスクの源となり得るのではないか。
<2019年が日本経済の正念場か>
不動産市場でも、日銀をはじめとする中銀緩和マネーの押し上げ効果は無視できない。特に日本の不動産は円安に後押しされて海外投資家にとってまさに「買いどき」であり、現在の価格水準は実力以上に押し上げられている可能性がある。
日銀が年間900億円規模のペースで不動産投資信託(REIT)を購入していることも、不動産市場の過熱感を高めている。もちろん、今回の不動産価格上昇はまだ東京など大都市圏に限られていることから、全国津々浦々の不動産、ゴルフ場が軒並み上昇したバブル期とは大きく異なる。その意味では、繰り返すが、ミニバブルという表現が適切だろう。
問題は、このミニバブルが崩壊するリスクだ。確かに、長年に及ぶデフレからの脱却を目指した黒田日銀の緩和政策なくして、センチメントの改善はなかっただろうし、5年近くにわたる景気拡大もなかったかもしれない。しかし、この間、低迷する潜在成長率の引き上げという日本経済の課題解決が進んだかと言えば、疑わしい。
また、金融緩和の持続性にも黄信号が灯っている。長期国債の買い入れ額は、日銀が「めど」として掲げている年間80兆円のペースを下回っており、実質的なテーパリング(量的緩和縮小)は始まっていとも言える。
「2年で2%」の物価目標を旗印に期待感を醸成しては円安・株高をもたらしてきた黒田東彦総裁が来春、5年間の任期満了を迎えることを考えれば、今後、出口戦略への疑心暗鬼が市場に広がり、ミニバブル崩壊の糸口になる可能性には警戒が必要だろう。
振り返れば、前回のバブル経済の最終段階では、資産価格の暴騰に昭和から平成への改元が加わり日本中がユーフォリア(陶酔感)に包まれた。その後、ある日突然、日本列島は夢から醒めたのだ。
そして、あのバブルのピークから30年後に当たる2019年には、平成が終わり新たな元号となる見通しだ。この年こそ金融政策の息切れ、2020年東京五輪前のインフラ投資の一服、さらに2度も先延ばしにされてきた10%への消費増税の3度目のトライが行われる節目となる。
日本経済はいつミニバブルが崩壊してもおかしくない状況だが、とりわけ2019年には大幅な資産価格の下落と円高が到来するか否かの正念場を迎えることになりそうだ。
*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。
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*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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