コラム:下押しされた実質賃金、濃霧の世界経済受けハードル高い好循環

Pedestrians walk at a scramble crossing at Shibuya shopping district, the so-called as Shibuya crossing, in Tokyo
Pedestrians walk at a scramble crossing at Shibuya shopping district, the so-called as Shibuya crossing, in Tokyo, Japan, October 10, 2018. REUTERS/Kim Kyung-Hoon
田巻一彦
[東京 23日 ロイター] - 2019年に直面しそうな日本経済のリスクは、足元のマーケットが認識しているよりも深刻な影響を及ぼす可能性がある。個人消費を支える実質賃金は、厚生労働省の不正発覚に伴うデータ補正で大幅に下押しされた。他方、世界経済には不透明感が広がり、日本企業の経営者は今年の春闘での大幅賃上げに早くも抵抗感を示している。政府・日銀が期待する賃上げ起点の景気拡大のハードルは、相当に高そうだ。 
厚労省が発表した修正後の実質賃金は、「春闘の結果」とみられた昨年6月の前年同月比プラス2.5%は同2.0%に下方修正され、8月からは同マイナス0.9%、9月同マイナス0.6%、10月同マイナス0.6%と前年比マイナスに沈んだ。
11月は同プラス0.8%と浮上したが、毎勤統計に詳しいエコノミストらによると、12月上旬のボーナス支給日がずれると11月分にカウントされ、実態よりも強めに出る可能性があるという。
18年の春闘は、17年の1.98%を上回る2.07%の賃上げが行われた(連合調べ)。それでも毎勤統計の実質賃金は、恒常的に前年比プラスにならない。
この結果は、1%前後の消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)の上昇率をクリアできない小幅の賃上げに、結果としてとどまっていると考えざるを得ない。
実質賃金がマイナスでは、個人消費が拡大するエンジンにはなり得ない。日銀の黒田東彦総裁は23日の記者会見で、日本企業の賃上げ率の程度が、過去最高を記録する企業業績やひっ迫する労働需給などに比べ鈍いとの見方を示した。その上で、今年の春闘の結果に注目していると指摘した。
だが企業経営者は、早くも固い防御線を構築し始めたようにみえる。経団連が22日に公表した「経営労働政策特別委員会報告」は、今年の賃上げの具体的数値目標に言及せず、ベースアップについても「選択肢」との表現にとどめた。中長期的な若年層への重点配分など構造的な賃金カーブの是正にも言及し、単純な「賃上げ抑制」とはいえないものの、明らかに大幅な賃上げをけん制するスタンスを打ち出したと思われる。
この背景には、米中貿易摩擦に代表される「政治リスク」によって世界貿易が打撃を受け、来年度の業績に暗雲が漂いそうだという経営者の強い懸念がある。
実際、中国向け輸出の比重が大きい企業は業績予想見通しを大幅に下方修正し、対中ビジネス縮小への危機感はじわじわと広がっている。
仮に19年春闘の実績が、18年だけでなく17年も下回るようなら、実質賃金の前年同月比はマイナス圏で推移する可能性が高くなるだろう。賃金上昇を起点に消費を拡大させ、それが国内の設備投資意欲を刺激しプラスの循環を生み出そうという政府・日銀の目論みは、スタート時点から修正を余儀なくされることもあり得る。
さらに米中摩擦に代表される世界的なリスクが中国発で広がるようになれば、足元で2.5%成長の路線を維持している米経済にも波及。世界経済の成長率が国際通貨基金(IMF)の19年見通しの3.5%を下回るという事態になれば、輸出企業の業績悪化懸念から日本株の下落を招きかねない。
マーケットでは日経平均<.N225>が2万円台を維持し、米中摩擦の早期決着をメインシナリオに動いている。
しかし、外的な環境が大きく悪化した場合は、安倍晋三首相が消費増税の延期という「カード」を繰り出す可能性もゼロではないだろう。
変数が多い中で、一つの「解」が見いだせない先の読めない展開が続きそうだ。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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