コラム:欧中の景気減速が招く「いつか来た道」 19年と同じパターンか=唐鎌大輔氏

コラム:欧中の景気減速が招く「いつか来た道」 19年と同じパターンか=唐鎌大輔氏
2月19日、ユーロ圏で重要なハードデータの悪化が相次いでいる。写真は2018年7月、ベルリンに掲揚されたドイツと中国、EUの旗(2020年 ロイター/Fabrizio Bensch)
唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
[東京 19日] - ユーロ圏で重要なハードデータの悪化が相次いでいる。ドイツを中心として欧州は新型コロナウイルス騒動に揺れる中国経済との関連が殊更クローズアップされやすいエリアだけに基礎的経済指標への傷跡がどれほど深いものになりそうかは気になる動きである。
例えば2019年10─12月期域内総生産(GDP)の弱さは非常に目につくものだった。ユーロ圏全体の二次速報値は前期比0.1%増と一次速報値から横ばいとなったものの、前期年率に関しては同0.4%増から同0.2%増と下方修正されている。
<3大国の失速が鮮明>
需要項目別の仕上がりは今後の発表を待つ必要があるが、国別の内訳は明らかになっている。これを見ると、引き続きドイツの不調が目立っており、フランスやイタリアといったコア国もマイナス成長に陥るなど厳しい状況がうかがえる。過去3年間、ドイツ・フランス・イタリアの3大国で失速傾向が鮮明であり、こうした下でユーロ圏経済が立ち上がりのきっかけをつかむのは非常に難しい印象である。
既報の通り、今年に入ってから製造業のセンチメントが底打ちしており、これが市場で好感されてきた経緯がある。ユーロ圏もその例外ではなかった。それゆえ、経験則に従えば、ここから域内GDPの底打ちも期待できたはずだが、1月分の各種センチメント指標(各国PMI=購買担当者景気指数や米ISM=供給管理協会総合指数など)は新型コロナウイルスを巡るリスクが本格的に織り込まれる前の数字である。とすれば、今後PMIが二番底を付けに行く過程でGDPも軟化するという展開は十分視野に入る。
足元の為替市場においてユーロ相場が対ドルで約3年ぶりの安値を更新しているのは、もとよりマイナス0.50%と非常に深くなっている欧州中央銀行(ECB)の政策金利が状況次第ではさらに掘り下げられるのではないかとの思惑が寄与している部分もありそうだ。いくら米連邦準備理事会(FRB)の利下げ観測が高まり、米金利が下がっても、マイナス金利水準が未曾有の深みにはまっていけばドルの相対的優位は変わらない。
19年がまさにそうだった。同年9月には、米10年金利は1.4%台まで下がったが、その際、ドイツ10年金利はマイナス0.70%まで下がっており、ドルの相対的な優位性が大きく揺らぐことはなかった(3回利下げしてもドル安は起きず、ユーロ高や円高が発生しなかった)。
<揺らぐドイツのV字回復シナリオ>
今後を展望する上で気掛かりなのはやはりドイツの動きである。19年12月にドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)が公表した経済予測では同年に前年比0.5%増となった後、20年/21年/22年について0.6%増/1.4%増/1.4%増と「19年を底にしたV字回復」がメインシナリオとなっていた。今回のGDP発表では19年について0.6%増に上方修正されているものの、18年(1.5%増)の半分以下という急減速には変わりがない。
また、食料・エネルギーを除くコアベースで見た消費者物価指数も22年まで見渡して2%上昇に到達するシナリオにはなっていない。需要項目別の計数は未公表だが、ドイツ連邦統計局のリリースでは前期(7─9月期)に力強さを見せた家計消費と政府消費が大幅に減少した(slowed down markedly)と述べられている。
個人消費と並ぶもう一つの民需の柱である設備投資は建設投資やその他投資が加速した一方、機械投資の減速が著しかったことも指摘されている。ちなみに、19年のドイツ経済について需要項目別の動きを振り返って見ると、在庫の取り崩しが相応に行われたことも計算上の成長率を下押ししている。にもかかわらず、10─12月期は在庫を復元する動き(在庫投資)が成長率を持ち上げるような構図にはまだ至らなかった模様である。果たして、ブンデスバンクが提示する「19年を底にしたV字回復」というメインシナリオが実現可能なのか。ここにきて大きな疑義が生じ始めていると言える。
ドイツにとって成長の要諦である輸出も減速したとリリースでは述べられている。19年を振り返ってみると、中国向け輸出が減速しながらも、好調な米国向け輸出が支えたという構図だった。だからこそ純輸出が1─3月期や7─9月期の成長にプラス寄与を果たし、リセッションを回避することができたという側面があった。中国向け輸出が減速する状況は20年1─3月期も変わらないはずであるから、ことさら米国頼みの状況が続かざるを得ないだろう。薄氷の外需依存経済が当面続くことになる。
<「予防接種」を欲する米国>
そもそも20年は、日米欧中の4極において上方修正が最も期待できそうな地域がユーロ圏だった。それは過去3年間の一方的な経済・金融情勢悪化を思えば、「最も反発を期待できそうだから」という至極単純な発想であったが、相応に説得力もあった。しかし、20年の出だしから中国がこうした状況に置かれてしまった今、同国の需要を糧に成長してきたドイツの立ち上がりも必然的に遅延し、それがユーロ圏全体の仕上がりに影響する展開は目先、不可避と考えたいところである。
ドイツの対中貿易依存度は約20年前となる2000年には2%程度だったが、今やその4倍の8%超まで高まっている。メルケル政権で一段と深まったドイツと中国の蜜月関係を背景に「中国が風邪をひけばドイツそしてユーロ圏も風邪をひく」という状況があり、それを受けて「米国が予防接種(利下げ)を欲する」という状況も近年の世界経済では想定される環境にある。
少なくともそのようなロジックが幅を利かせたのが19年という年だった。現状を見る限り、20年もその「いつか来た道」を繰り返そうとしているように見受けられる。しかし、仮にそのような展開に至った場合、利下げは結局のところ「予防」をうたいつつも相応の期間に及ぶ「局面」だったという話にもなりかねず、FRBとしても非常にばつの悪い思いをしそうである。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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編集:橋本浩

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