コラム:「景気成熟化」説は尚早か、米経済に光明=村嶋帰一氏

コラム:「景気成熟化」説は尚早か、米経済に光明=村嶋帰一氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
村嶋帰一 シティグループ証券 チーフエコノミスト
[東京 12日] - 2017年にみられた世界景気の堅調な拡大とインフレの安定は2018年も続くと、当社は予想している。世界全体の実質国内総生産(GDP)成長率(購買力平価ではなく、市場為替相場に基づくもの)は、2016年実績の2.5%、2017年推定の3.2%の後、2018年が3.4%、2019年が3.3%になると見込んでいる。
この予想が正しい場合、2018年の成長率は2010年以来の高いものとなる。世界全体の成長率は2016年前半に底を打ち、その後、持ち直し局面に入った。2018年にかけて、世界景気はシンクロナイズした形で潜在成長率を上回る拡大ペースを維持しよう。
国・地域別にみても、米国、ユーロ圏、日本の成長率はいずれも潜在成長率を上回る公算が大きく、また当社の予想はコンセンサスに比べて強めである。一方、新興国はブラジル、インドを中心に持ち直しを予想する。中国は、不動産市場の鈍化を背景に、2017年の6.8%成長から2018年は6.5%に減速を見込むが、ごく緩やかな減速にとどまり、中国を含むアジア全体の成長率は2017年の6.1%の後、2018年も6.0%と安定的な推移を想定している。
2018年の世界景気の特徴としては、グローバルに設備投資の回復が見込まれることが指摘できる。後述する米国を中心に、設備投資が増加する余地はまだ大きいとみられる。この点が、世界貿易の拡大と製造業サイクルの持続に寄与する公算が大きい。
<米投資サイクルはまだ若い可能性>
米国経済については、足元の景気が堅調さを維持するなかでも、拡大局面がすでに長期化していることから、「次の下降局面は遠くない」との指摘がしばしば行われてきた。こうした議論は「景気サイクル成熟化論」と呼ぶことができよう。
ただ、「民間投資」という観点から米国経済をみると、設備投資(特に機械投資)の回復は、2016年後半に始まったばかりである。以下の通り、「投資サイクル」という観点からみる限り、「景気サイクル成熟化論」は当てはまらないように思われる。
米国の民間投資比率(民間投資のGDPに対する比率、実質ベース)を振り返ると、過去2回の拡大局面(1991年3月から2001年3月、2001年11月から2007年12月)では、民間投資比率が19%程度に達すると、景気はほどなくして下降局面に転じていった。これは、民間投資が大きく増加することで、資本ストックが蓄積され、最終的にはストック調整圧力が顕在化することで、投資の伸びが鈍化したことが1つの背景とみられる。
具体的には、1991年3月から2001年3月の拡大局面の終盤ではIT投資、2001年11月から2007年12月の拡大の終盤では住宅投資に「過剰」が発生した可能性が高い。
ただ、今次局面では、民間投資比率は2017年7―9月期の時点で17%強にとどまっている。この点は、民間投資(今回の場合、おそらく設備投資)に支えられた景気回復が当面、続く余地が大きいことを意味していよう。
実際、機械投資の先行指標である「民間航空機を除く非国防資本財」(コア資本財)の受注は、2016年後半から増加基調に転じたばかりだ。こうした議論は、ユーロ圏、日本、そして新興国にも大なり小なり、当てはまるように見受けられる。
また、あくまでも外生的な要因なのであまり重視すべきではないが、トランプ政権による法人税率の引き下げ、設備投資の即時全額償却も、2019年にかけて、設備投資を押し上げる可能性がある。税制改革の内容(あるいは個々の政策の実施時期)については、本稿執筆時点で不透明感が残るとはいえ、上記の措置が実施される可能性は極めて高くなったように見受けられる。この点が設備投資の回復基調を支えよう。
<低インフレも景気拡大をサポート>
景気サイクルが成熟化し、下降局面に入る背景としては、上で議論した投資サイクルに加えて、1)拡大長期化の結果、インフレ圧力が強まり、米連邦準備理事会(FRB)が利上げを進め、金融環境がタイト化する、2)金融的不均衡が拡大し、その調整圧力が顕在化する、などがあるとみられる。
実際、前者に関しては、過去2回の景気拡大局面では、コア個人消費支出(PCE)価格指数が前年比2%に接近した後(1991年3月から2001年3月)、もしくは2%台に定着した後(2001年11月から2007年12月)に、景気が後退局面入りしている。
今回、コアPCE価格指数の伸びが2017年10月時点で依然として前年比1.4%にとどまり、上向きのモメンタムがまだ明確になっていないことを踏まえると、「インフレ」という観点からも「景気成熟化論」はまだ今次局面には当てはまらない可能性が高い。時間当たり賃金の伸びも従来のレンジをなかなか脱することができない。
加えて、ニューヨーク連銀のダドリー総裁が度々指摘してきた通り、FRBによる緩やかな利上げにもかかわらず、10年国債利回りは2.3%台で推移、金融環境は緩和的なものにとどまっている。この点が、米国景気の拡大をより息の長いものにする可能性が高い。
<先進国中銀7行が2018年に利上げ実施か>
前述した通り、2018年もグローバルにインフレが安定的に推移すると当社は予想している。世界全体の消費者物価指数(CPI)インフレは、2017年の前年比2.4%の上昇(推定)の後、2018年も2.4%を見込む(2019年も2.4%)。
このうち、先進国のCPIインフレは、2017年の1.6%の後、2018年も1.6%、2019年は1.7%にとどまろう。世界的に労働需給がタイト化するなか、徐々に賃金上昇圧力が顕在化するとはみているが、そのペースは鈍く、米国のコアPCE価格指数の伸びが前年比2%に達するのは2019年に入ってからになると予想している。
一方、インフレが安定している中でも、先進国の中央銀行の多くは金融政策の正常化を進めていくと予想される。景気が堅調に推移し、労働需給がタイト化するなか、低インフレに対する懸念は弱まっているとみられる。
当社は、先進国の中銀のうち、7行(カナダ、英国、米国、ノルウェー、豪州、スウェーデン、ニュージーランド)が2018年に利上げを実施すると予想している。FRBに関しては、2017年12月の利上げに加えて、2018年3回の利上げを見込んでいる。
また、先進国の中銀による資産買い入れ合計額(ネットベース)も、2016年年央の月額1800億ドルから、2018年終盤にはゼロ近辺に減少するとみられる。この点が、利上げと相まって、2019年の緩やかな世界景気減速に結びついていくと予想しているが、現時点では、それらのインパクトは比較的緩やかなものにとどまると想定している。
最後に、世界的に株式相場が高値を更新していることを踏まえると、上で述べた「金融的不均衡」という点に関しては、別途、検討が必要になっているように思われる。2018年以降、仮に世界経済が調整局面に入るとすれば、それは経済ファンダメンタルズそのもののメカニズムに起因するよりも、「金融的不均衡」の蓄積に起因するものになる可能性が高いように見受けられる。
*村嶋帰一氏は、シティグループ証券調査本部投資戦略部マネジングディレクターで、同社チーフエコノミスト。1988年東京大学教養学部卒。同年野村総合研究所入社。2002年日興ソロモン・スミス・バーニー証券会社(現シティグループ証券)入社。2004年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
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