コラム:物価上昇阻む構造変化、背景にグローバル化と技術革新

コラム:物価上昇阻む構造変化、背景にグローバル化と技術革新
 10月13日、日米などの先進国では、景気拡大が継続している中で、物価上昇率が目標の2%に届かない現象が続いている。都内で9月撮影(2017年 ロイター/Toru Hanai)
田巻 一彦
[東京 13日 ロイター] - 日米などの先進国では、景気拡大が継続している中で、物価上昇率が目標の2%に届かない現象が続いている。米連邦準備理事会(FRB)の中には「一時的」との見方が根強いが、根底には、大きな構造変化が存在しているのではないか。
その変化は何がもたらしているのか、専門家によるこれからの研究を待つことになるが、「グローバル化」と「技術革新」が何らかの作用を与えている可能性があると考える。   
<黒田総裁も認めた先進国の「ある現象」>
20カ国・地域(G20)財務相・中銀総裁会談に出席するため、ワシントンを訪れている日銀の黒田東彦総裁は12日、世界経済が回復しているにもかかわらず、賃金の伸びが小さく、低インフレが続いている背景について質問され「景気が比較的強い割には、世界的に賃金、物価がそれほど上がっていないのは事実」と述べ、そうした現象が存在することを認めた。
また、こうした現象は「先進国にある程度、共通している」と述べるとともに、日本については、1998年から2013年までの15年間に及ぶデフレ継続で「家計や企業にデフレ的なマインドセットが残り、景気がかなりしっかり成長を続けているが、賃金、物価にはまだ、十分に反映されていない」と語った。
<ジワリ影響する途上国の低賃金>
先進国に共通している現象の背景にあるのは何か。私は、経済のグローバル化の進展で製造業の生産拠点が、賃金の安い途上国に移り、かなりの商品が安く生産・販売されていることが、影響していると考える。
例えば、ある有名なアパレルメーカーは、バングラディシュで衣料品を生産している。平均賃金が日本の10分の1以下で、総コストを抑制できるのが、そこでの生産の大きな理由と思われるが、この価格設定が、同種の衣料品の価格を引き下げ、いわゆる「日用品」の分野の価格に大きな影響を及ぼす。
そのことが、国内の製造業における賃金抑制の動きを誘発し、非正規社員の雇用を増やし、総労働コストを下げる方向に圧力をかける要因の1つになっていると思う。
<技術革新と物価の関係>
もう1つは、技術革新だ。米セントルイス地区連銀のブラード総裁は12日、ロイターとの単独インタビューに応じ、インフレ率の低迷は、一時的な要因によるものとの見解は、技術革新などの要因が、物価抑制の背景にあるとの事実を看過しているとの見方を示した。
技術革新によって、同一の機能の製品販売価格が劇的に下がることは以前から知られていたが、最近ではロボットなどの普及で単純労働が主な業務の労働者を雇用する必要性が低下し、総労働コストを圧縮できるということが目立ってきている。
さらに米国などでは、人工知能(AI)が広範囲に活用され、例えば、荷物の集配をする荷さばき場での労働者の雇用数が劇的に低下している例も多くなっている。
こうした現象は、労働市場における「需給ひっ迫」と「賃上げ」の力を弱め、結果として物価上昇力を抑制するメカニズムが働いているのではないか──との推論を可能性にすると考える。
また、グローバル化とAIを駆動力とした技術革新は、今がピークではなく、さらに加速する可能性が高い。とすれば、これから先は一段と物価上昇を抑制する力が働くと予想することも可能ではないか。
とすれば、2%の物価目標が、今後も先進国で維持され続けるのかどうか。FRBが大きな方向転換を図らなければ、劇的な変化は起きないと予想されるが、中長期的に2%目標が「堅牢」であるのかどうかは、かなり不透明であると思う。
<人手不足とAI進展スピード>
特に日本では、黒田総裁が指摘しているように、固有の「デフレ誘因」があり、だからこそ、日本の物価上昇率がゼロ%台に低迷しているのだと思う。
ただ、日本では少子高齢化の進展で、人手不足が恒常化し、さらに一部では深刻化している。そのため、AI化による雇用の大幅なカットを心配することなく、AI化を中心にした技術革新の波が、産業界を覆い尽くすということが起きそうだ。
その結果、AI化による物価押し下げ圧力が、米欧に比べて日本でさらに強まる展開も視野に入れておくべきではないか。
物価2%をめぐる環境は、内外で大きくかつ急激に変化が起きていると考える。
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