コラム:製造・非製造の世界的な乖離、消費増税にリスク=嶋津洋樹氏

コラム:製造・非製造の世界的な乖離、消費増税にリスク=嶋津洋樹氏
9月9日、主要先進国を中心に、低調な製造業と堅調な非製造業/サービス業という乖離が続いている。写真は中国杭州の自転車部品工場で2日撮影(2019年 ロイター)
嶋津洋樹 MCP チーフストラテジスト
[東京 9日] - 主要先進国を中心に、低調な製造業と堅調な非製造業/サービス業という乖離が続いている。たとえば、先進国の製造業PMIは8月に48.7と、拡大と縮小の分かれ目とされる50を4カ月連続で下回ったが、サービス業は51.5と拡大を維持。とくにドイツは両者の乖離が大きく、製造業は主要先進7カ国(G7)で最も低い43.5にとどまったが、サービス業は筆者が常時モニターしている13カ国で最も高い54.8だった。
<保護主義の台頭>
こうした製造業と非製造業/サービス業との間の乖離については、米中間の通商協議やそれに伴う関税の引き上げに代表される世界的な保護主義の台頭が原因との見方が一般的だろう。つまり、保護主義的な通商政策は財の世界市場での自由な取引を阻害するため、価格の上昇につながりやすく、その分、需要が落ち込む可能性が高いという見方だ。それに対して、サービスは対面で提供する必要があるなど、世界市場での自由な取引に馴染まないものが多く、保護主義的な通商政策の影響を受けにくいと考えられる。
もちろん、近年の飛躍的な技術進歩のおかげで、サービスを提供する際の物理的な距離は従来ほど問題にならなくなっている。しかし、それでも財に比べると、言語や文化の違い、時差などが世界市場でのサービスの自由な取引を阻害することには変わらないだろう。世界的な保護主義の台頭が非製造業/サービスよりも、製造業の需要を大きく抑制するという見方に違和感はない。そして、この議論はそのまま低調な外需と堅調な内需という乖離にも当てはまる。
<反動の顕在化>
もっとも、CPB(オランダ経済分析局)の世界貿易モニターで輸出入の数量をみると、落ち込みは限定的。確かに6月は輸出数量、輸入数量がともに前年比-1.4%と落ち込んだが、2017年─2018年にかけていずれも平均で同+4%強と、統計的に遡れる2001年1月以降の平均である3%台半ばを上回るペースで増加していたことを踏まえると、その反動が顕在化したと考えられなくもない。
とくに2017年1月はトランプ米大統領が保護主義的な通商政策を掲げて誕生し、2018年3月には鉄鋼とアルミに対する関税を発動した。企業がそれを見越して、駆け込み的な取引を行ったと考える方が自然ではないだろうか。
実際、米国の貿易統計をみると、2017年秋頃から財の輸入金額が急増。2018年 1-3月期にいったん失速したが、4-6月期以降は再び増加に転じ、2018年10月まで10カ月連続で前月の水準を上回り続けた。その後、減少に転じ、2019年7月までの9カ月間のうち、前月を上回ったのは3カ月のみ。直近で最も輸入金額が大きかった 2018年10月から最も小さかった2019年4月までの6カ月間で4.5%も落ち込んだ。しかも、財の内訳をみると、2018年10月を境に、それまで急増した品目を中心に急減。地域別では、中国を含む太平洋地域からの輸入金額の落ち込みが大きい。
つまり、足元の貿易数量の落ち込みは世界的な景気の低迷ではなく、米国の保護主義的な通商政策を見越した駆け込み需要とその反動という一時的な要因を反映している可能性が高い。このことは、バルチック・ドライ海運指数やハーペックス海運指数が今年に入って上昇基調にあること、RWI/ISLコンテナ取扱量(トレンド除去ベース)が7月まで4カ月連続で増加し、その間、ペースが加速し続けていることとも整合的だ。
そもそも世界景気は8月のPMIが示す通り、先進国の製造業を除いて拡大。輸出入の落ち込みは事実だが、それをそのまま世界景気に当てはめると、足元の景気を見誤りかねない。
欧州が2018年9月以降の新車登録にあたってWLTP(国際調和排出ガス・燃費試験法)の採用を義務付け、それに伴って駆け込み需要とその反動が生じていること、米大手航空メーカーが2019年3月後半以降、主力の旅客機の出荷を停止し、その後、生産も縮小させたことも攪(かく)乱要因だ。
<要警戒の中国経済>
もっとも、筆者は世界景気が持ち直すと考えている訳ではない。むしろ、緩やかな減速が続き、一部の国では景気後退に陥る可能性もあるとみている。とくに中国景気の先行きには慎重で、いわゆるハードランディングこそ避けられるとしても、年度内に底入れを確認するのがせいぜいで、はっきりと持ち直すには至らないと考えている。その理由は、従来から本欄で筆者が指摘している通り、中国政府の掲げるデレバレッジの方針が財政支出の拡大や金融緩和などのマクロ経済政策の効果を抑制するとみているからだ。
ロイターは5日、劉鶴・副首相が「国内経済への下押し圧力は強まっているが、政府はあらゆる困難に対応することが可能という認識を示した」と報道。そのなかで「中小企業への融資拡大を目指す」こと、また「金融政策のトランスミッションメカニズム(波及経路)を向上させる」ことも紹介されている。逆説的ではあるが、筆者はそれだけそこが深刻な問題を抱えていると理解している。中国人民銀行が6日、預金準備率を16日から 50bp引き下げると発表したこと、一部の銀行は追加で100bp引き下げると報じられたことも、かえって事態の深刻さを浮き彫りにするだろう。
<減速の主因>
重要なのは、こうした中国景気の減速が米国との通商協議や、関税の引き上げに起因していないことである。もちろん、両者を厳密に切り分けることは不可能だが、どちらを中国景気の減速の主因と考えるかで先行きの見方は大きく変わるだろう。
実際、保護主義的な通商政策が中国景気の減速をもたらしていると考えた場合、米国との通商協議の成立は先行きを予想するうえで欠かせないことになるだろう。ただし、保護主義的な通商政策は今や米国以外にも蔓延し、世界貿易を圧迫。米中間の通商協議が長期化すれば、経済の貿易への依存度が高いドイツ景気はかなり深刻な下振れリスクを抱える。そのリスクは時間とともに欧州全土へ広がり、最終的に世界景気にも悪影響を及ぼすだろう。
興味深いのは、世界的な景気減速が回りまわって中国景気に与える影響。経済の開放度が低いことを踏まえると、その中国への影響は相対的に限られる可能性がある。つまり、このシナリオでは、中国景気が相対的に良好さを維持する一方、欧州景気が最悪。日米はその中間で、日本が欧州に近く、米国が中国に近いという位置づけになる。
それでは、中国景気の減速の原因をマクロ経済政策の失敗に求めた場合はどうなるだろうか。
当然、中国景気の力強い回復は期待しづらい。そのことは米国景気にも影を落とすが、もともと内需が回復の牽引役であること、トランプ大統領が中国との貿易を通じた関係を最小化する政策を打ち出す一方、インフラ整備などの内需刺激には積極的な姿勢を示していることを踏まえると、底堅い推移が続くだろう。日本と欧州はその中間で、経済の貿易依存度が相対的に小さい前者が米国寄り、大きい欧州が中国寄りに位置づけられるだろう。
<深刻な落ち込みリスク>
もっとも、日本は10月に消費増税を控える。政府は万全を期すと繰り返すが、直近2 回の消費増税後の国内景気はそれが難しいことを示唆する。上述のいずれのシナリオでも外需の回復が期待できないなか、肝心の内需が失速すれば、国内景気は深刻な落ち込みに直面しかねない。消費者態度指数が8月まで11カ月連続で低下し、前回の消費増税時の 2014年4月と並んだことを踏まえると、駆け込みが盛り上がらないことを政府の需要平準化政策の賜物と積極的に評価し、安心する気には全くなれない。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。景気循環学会監事。共著に「アベノミクスの真価」。
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編集:橋本浩

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