コラム:日銀「次の一手」を検証、柱は地銀の支援策か=井上哲也氏

コラム:日銀「次の一手」を検証、柱は地銀の支援策か=井上哲也氏
3月26日、4月下旬に公表する「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」で、日銀が景気見通しの明確な引き下げを迫られる蓋然(がいぜん)性が高まっている。日銀本店で2016年3月撮影(2019年 ロイター/Yuya Shino)
井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員
[東京 26日] - 4月下旬に公表する「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」で、日銀が景気見通しの明確な引き下げを迫られる蓋然(がいぜん)性が高まっている。
3月14─15日の金融政策決定会合では生産や輸出などを下方修正し、景気判断に慎重なトーンを加えた。4月初めの全国企業短期経済観測調査(日銀短観)で大きく好転する見込みは低く、海外景気も米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)がともに景気見通しを引き下げるなど、下振れリスクが高まっている。
だからといって、追加緩和が直ちに必要になる訳ではない。家計部門は雇用と所得が引続き堅調であり、企業の設備投資に足踏みがみられるのは、循環的な減速を除けば不透明な海外の状況を見極めている面もあるためだ。
海外経済は、中国が本格的に発動する財政刺激策が(長期的にみて望ましいかどうかは別として)、徐々に効果を表すだろう。欧米の金融政策の「正常化」が頓挫する中で円高進行のリスクは残るが、日本の製造業が予算策定段階で想定した為替レートはともかく、実際の「採算レート」までには相応の距離がある。
<追加緩和は限界なのか>
それでも、日銀による「次の一手」を早くから検証しておくことは重要だ。従来の延長線上では、政策手段の発動余地が限られているからだ。
実際、金融市場が想定している追加緩和策には、国債や上場投資信託(ETF)の買入れの増額、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)における目標金利の引下げなどがあるが、いずれも課題が指摘されている。
国債買い入れの増額は、既に日銀が発行残高の約半分を保有する中で、日銀自身が問題視してきた市場機能への悪影響を拡大させる。また、長期金利を低位固定させることで、財政規律を損なうリスクを高めることが懸念される。
ETF買入れの増加も、市場機能への副作用に加え、投資先企業のガバナンスを低下させているとの批判を一層高める可能性がある。イールドカーブのさらなる引き下げも、金融機関の利ざやを一段と縮小させるとの見方が強い。
このような懸念が渦巻く状況は、決して好ましいものではない。追加緩和はないかもしれないと金融市場が懐疑的になり、景気や物価の見通しに対し、必要以上に慎重な見方をとる可能性が生じるためだ。たとえ追加緩和が実施されても、金利や資産価格の変化を通じた政策効果の波及が抑制されかねない。
日銀が追加緩和の手段やその発動余地が十分に残されていると再三強調するのは、その意味で合理的だ。だが、そうした主張に説得力を持たせるためには、追加緩和にイノベーションの余地があることを示す必要があるし、それには相応の時間を要する。
<貸出促進策の問題点>
金融市場では、銀行貸出の促進策が日銀の次の一手になると予測する向きもある。これは、マイナス金利政策に伴う金融仲介機能への副作用が意識される中で、ECBによる貸し出し条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)の再開に触発された面があろう。
特に今回は、民間企業に貸し付けた金融機関に対し、日銀がマイナス金利で資金を供給する仕組みの可能性が注目を集めている。そこで、この貸出促進策を検証してみたい。
一般論として、これは容易に問題点を指摘できる。日銀による銀行貸出動向のサーベイや短観の状況判断などをみる限り、企業の借入需要が貸し手の問題のために充足されない状況にあるとは、少なくともマクロ的には思えない。
特に大企業は手元資金もキャッシュフローも厚いので、設備投資を行うとしても資金調達の需要は乏しい。2月に本稿で指摘したECBによるTLTROと同様、日銀が貸出促進策を強化しても「紐を押す」だけ、という状況になることが考えられる。
現行の貸出促進策(「成長基盤強化を支援するための資金供給」)の活用状況も、この問題の別な側面を示唆している。
つまり、現行政策は銀行による日本企業の海外子会社向けの貸し出しも対象としているが、全体の利用残高の半分以上を大手銀行が占めていることも考慮すれば、大企業による海外ビジネスのための貸し出しを支援する面も有している。もちろん、これによって日本企業の収益が下支えされれば、マクロ的に経済成長率が上昇することは事実であり、その意味で政策効果を発揮する。
<焦点は地銀の体力か>
他方、国内金融の大きな部分を担う地域金融機関は厳しい収益状況にある。日銀が上記のようにマイナス金利で資金を供給する可能性が注目される理由の1つでもある。しかし、国内の中小企業では総じて資金需要が弱い。さらに金融機関同士が厳しい競争の下にある。金融機関がマイナス金利で資金を調達できても、貸し出す際には一段の金利引下げを余儀なくされる可能性が小さくない。
もちろん、国内にもおう盛な資金需要は散在するが、それらは主として新興企業である。日銀が「金融システムレポート」で懸念を示しているのは、ミドルリスクの企業に対して銀行が過大に与信を行っている可能性である。こうした企業への貸し出しは、景気が後退すると一定の部分が不良債権化するが、地域金融機関が引き当てや償却の負担に耐えられるだけの体力を有しているかが焦点だ。
その意味からも地域金融機関の低収益性が問題視され、改善を求める声が強まっているが、真の焦点が金融機関の体力だとすれば、もはやフローの収益の問題ではなく、実質的に自己資本の問題になってくる。
誤解のないよう強調しておくが、地域金融機関が金融規制上の自己資本不足に陥っている訳ではない。また、景気後退に伴う信用コストの増加に直面しても、多くの銀行が直ちに自己資本不足になると予想されている訳でもない。そうであっても、信用コストの増加を収益だけで吸収できない金融機関が、低下した自己資本比率を回復しようとすれば、新規の与信に慎重になって「貸し渋り」が生ずる恐れがある。
こうした点を踏まえれば、国内経済の活性化を担う新興企業の資金需要を満たすため、日銀が地域金融機関に自己資本の面で支援を行うことも想定できる。
具体的には、貸出実績に応じて日銀が金融機関の自己資本増強に資する資金調達手段を買入れる、といった手段があろう。実質的には公的資本の注入を意味するだけに、対象となる貸出範囲は限定すべきだ。また、次の景気後退が訪れた際の信用コストの上昇分だけをカバーするよう、資金供給の期間は短期にすることも必要だろう。
こうした政策は金融システムの安定に深く関わるだけに、日銀と金融庁が密接に連携する必要がある。調整に時間を要することも考えられるが、金融庁がこの政策を地域金融機関の体力強化に向けた集中的な対応期間と位置づければ、様々な政策を同時並行で実施することができるだろう。
金融市場が追加緩和の限界を意識する中で、日銀にとっては新たなポリシーミックスをアピールすることにもなる。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。  
(編集:山口香子)
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