コラム:米朝会談の「黒衣」、韓国と日本はどう向き合うべきか=西濱徹氏

コラム:米朝会談の「黒衣」、韓国と日本はどう向き合うべきか=西濱徹氏
 6月12日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの西濱徹氏は、冷静に考えれば「金王朝」が継続する状態で民主国家としての南北統一が困難なのは自明の理だが、「同一民族」というフィルターがすべての現実を覆い隠している可能性があると指摘。写真は右から安倍首相、トランプ米大統領、韓国の文大統領。2017年7月開催のG20ハンブルク・サミットで撮影(2018年 ロイター/Carlos Barria)
西濱徹 第一生命経済研究所 主席エコノミスト
[東京 12日] - 史上初の米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで行われた。会談後にはトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が朝鮮半島の完全な非核化に取り組むなどとする共同声明に署名したが、具体的な方策やスケジュールは依然不明だ。
しかし、紆余曲折を経て会談実現にこぎ着けたことで、ほっと胸をなでおろしているのは、この間、対北融和路線を進めてきた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だろう。
周知の通り、文氏は北朝鮮への融和姿勢を強めた盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近であり、南北関係の改善を最重要課題に掲げて昨年5月、大統領に就任したという経緯がある。
その対北融和路線は年明け以降、急速に加速した。2月には、韓国の平昌(ピョンチャン)で開催された冬季五輪に金正恩委員長の実妹である金与正(キム・ヨジョン)氏らが訪問。南北間の雪解けムードが進んだ。
さらに、4月には文大統領と金正恩氏が約10年半ぶりとなる南北首脳会談の実現に動いたことで、緊張状態は一気に緩和に向かった。1950年に始まった朝鮮戦争は1953年に休戦して以降、65年近くにわたって、こう着状態が続いてきたものの、米朝首脳会談を経て終戦に動く可能性が出てきた。
こうした状況は日本にとって、どのような意味を持つのだろうか。本稿では、対北融和路線をけん引する韓国に焦点を当てつつ、探ってみたい。
<米朝韓の同床異夢>
まず現状を整理すれば、南北首脳会談後に発表された共同宣言(板門店宣言)では、年内をめどに南北米の3者、ないし南北米中の4者会談を通じて終戦宣言を出し、休戦協定を平和協定に転換する方針が示された。
ただ、同宣言において南北米の3者会談の可能性が示されたことに対して、朝鮮戦争の当事国である中国は強硬に反発しており、早々に事態が動くか否かは極めて不透明な状況にある。
また、仮に南北米の3者会談が行われた場合、3者の間では朝鮮戦争の終戦という「共通目標」は存在するものの、それ以外に、韓国は人権問題の解決と南北統合、北朝鮮は「金王朝」の体制維持、米国は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄と非核化、という異なる目標を有するなど「同床異夢」の感は拭えない。
これらの当事者間の関心が、北朝鮮問題の当事国である日本が抱く関心(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化と大量破壊兵器の廃棄、拉致問題をはじめとする人権問題の解決)と完全に合致するものではないことも問題である。
他方、南北首脳会談後の韓国では「ほほえみ外交」を理由に金委員長に対する人気が高まり、それによって南北会談を成功に導いた文大統領の評価も高まり、直近の政権支持率は83%と就任1年を経過した時点で最高水準となっている。
先月末に行われた米韓首脳会談の席で、トランプ大統領は北朝鮮側の挑発的な言動を理由に米朝首脳会談の延期を示唆し、続いて中止を通告する親書を発表した。しかし、その後、一転して当初の予定通り6月12日に米朝首脳会談が行われる流れとなったが、この経緯に最も一喜一憂させられたのは韓国だったかもしれない。
韓国では、米朝首脳会談翌日の13日に全国同時地方選挙(統一地方選挙)が実施されるが、文政権の高支持率も背景に与党「共に民主党」が圧勝する模様であり、米朝首脳会談の実現が追い風になった面は大きい。年明け以降は「共に民主党」がインターネット上の世論を操作する疑惑が噴出し、文政権にとって痛手となることが懸念されたものの、その後の南北首脳会談の実現により問題がかき消された。
今後の行方については依然不透明感は拭えないが、現時点では文政権は外交面での成果を上げており、そのことが盤石な政権基盤につながっている。
<文政権の経済運営は課題山積>
もっとも、文政権の経済政策については不安材料が山積している。文政権は、朴槿恵(パク・クネ)前政権下において経済成長にもかかわらず若年層を中心に雇用改善が進まないことから、大統領選を通じて雇用創出を経済政策の柱に据えた。
その結果、政権発足直後には雇用拡大に向けた補助金拡充をうたう補正予算を成立させ、年明けからは最低賃金の大幅引き上げを実施。2020年をめどに最低賃金を現状から3割以上引き上げる方針を掲げている。
また、朴前政権が政財界の癒着を理由に退陣し、韓国世論が財閥に対して厳しいことを意識して、文政権は経済界との対話に消極的な姿勢をみせ、財閥などの大企業を対象とする法人増税や富裕層を対象とする所得税増税を図る方針も示している。昨年の経済成長率は、世界経済の自律回復に伴う輸出拡大や企業設備投資の活発化などを追い風に前年比プラス3.1%と3年ぶりに3%を上回った。
年明け以降の景気は外需がけん引役となり堅調を維持するが、文政権の施策に伴う労働コストの上昇を懸念して企業は雇用拡大に及び腰となり、政権誕生を後押しした10代、20代など若年層にしわ寄せが及んでいる。直近の若年層の就業者数は政権発足時より減少しており、失業率も悪化するなど、文政権は経済政策面で実績を上げられていない。
トランプ政権による貿易制裁の回避に向けた米韓自由貿易協定(FTA)の再交渉では、文政権は数多くの譲歩をのまされた。また、米中貿易摩擦は最大の輸出相手である中国向け輸出に悪影響を与える可能性があり、景気の先行きは不透明と言える。その意味でも、文政権には外交面での実績に注力せざるを得ない事情がありそうだ。
日本にとってみれば、韓国の対北融和路線が文政権の支持率の屋台骨となっていることを勘案すれば、米朝首脳会談の行方にかかわらず、対日外交姿勢が変わる可能性は低いとみた方が良いだろう。上述したように、仮に南北米の3者か南北米中の4者の会談によって終戦に向けた動きが進んだ場合でも、日本が最も関心を寄せる事項が当事者間で中心議題に上る可能性は高くない。
その意味では、トランプ政権が北朝鮮によるICBM廃棄など、中途半端なところで妥協策を探ることのないよう、働き掛け続けることが重要である。
韓国は南北統一を目標としており、北朝鮮側の強硬姿勢に配慮する形で人権問題などに対して及び腰となる動きもみられる。冷静に考えれば「金王朝」が継続する状態で民主国家としての南北統一が困難なのは自明の理だが、「同一民族」というフィルターがすべての現実を覆い隠している可能性もある。
そうしたことも見据えつつ、日本としては北朝鮮の非核化とミサイル放棄、拉致問題解決に向けて、韓国に足並みをそろえさせることが不可欠である。終局的に「朝鮮半島の非核化」により在韓米軍が撤退すれば、日本は米国の太平洋戦略の最前線に立たされるため、そのことに伴うさまざまなリスクを勘案しつつ最善の策を模索することが望まれる。
*西濱徹氏は、第一生命経済研究所の主席エコノミスト。2001年に国際協力銀行に入行し、円借款案件業務やソブリンリスク審査業務などに従事。2008年に第一生命経済研究所に入社し、2015年4月より現職。現在は、アジアを中心とする新興国のマクロ経済及び政治情勢分析を担当。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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