コラム:新トランプ貿易協定の先に見える「中国包囲網」

Andres Martinez
[4日 ロイター] - トランプ米大統領は、再交渉を進めていた北米自由貿易協定(NAFTA)において、ようやくのことでかなり穏当かつ理にかなった改定にこぎつけた。
ただしトランプ氏は、この改定を、おぞましい協定を新たに素晴らしいものと取り替えたかのようにゆがめた形で発表している。
9月30日に決着した新NAFTAはまだ連邦議会の承認を待たなければならないが、「新」と称するのはごまかしである。従来のNAFTAに対する多くの修正点は、すでにオバマ政権が提唱した環太平洋連携協定(TPP)において想定されていたからだ。
この多国間地域貿易協定にはメキシコとカナダも含まれており、電子商取引から知的財産権まで包摂する規定は、先送りされていたNAFTAの改定としても機能していただろう。だがトランプ氏はTPPを放棄し、交渉担当者はNAFTAを救済するためにTPPを換骨奪胎する羽目になった。さらに新NAFTAには、米自動車産業を保護するためにトランプ政権が執着したいくつかの規定が含まれている。
トランプ大統領は今回の新協定について、「NAFTAの改定ではなく」、政権関係者は皆「USMCA(United States-Mexico-Canada Agreement、米国・メキシコ・カナダ協定)」と呼んでいると言うが、事情に通じた人々がこうした主張に概して疑問を投げかけるのは当然である。
個人的には実存主義に敬意を表し、順番を入れ替えて「CAMUS(カミュ)」と呼びたいところだが、現実には(ありがたいことに)、これはNAFTAの改訂延長版に他ならない。憲法も改正するたびに名前を変えるわけではないように。
とはいえ、トランプ大統領が今回のNAFTA改訂を、米国による世界との付き合い方の根本的な変更として、また中心的な選挙公約の実現として、自身の支持基盤に売り込むことができるという点を過小評価してはならない。
実際、「トランプ・リアリティー・ショー」におけるNAFTAの回は、(最初はメキシコに対する、次いでカナダのトルドー首相に対する)度を超えた憎悪に始まり、今般のハッピーエンドに至るまで、「トランプ流」について示唆に富む洞察を与えてくれた。また、今後のエピソード、特に中国に関係するクライマックスにおいてどのような展開が見られるかについても、有力なヒントを与えてくれる。
トランプ氏が見せる決定的な特徴2つが、対中国という重要な地政学的課題においても展開されるとすれば興味深い。
つまり、状況を悪化させておいて、その解決を自身の功績として主張するパターン、そしてロシアのプーチン大統領など外国の政治指導者に対して、離れたところからは好戦的な姿勢を示すのに直接会うときには妙にご機嫌を取り、下手に出るという傾向だ。
相手が中国であれ他の諸国であれ、外交において大胆な勝利を追い求めるという点に関して、トランプ氏には歴代の大統領に比べて有利な点が2つある。
第1に、競合する代替的な複数の物語が共存する時代において一方的に勝利を宣言することは、特にテレビのリアリティー番組で鍛えられた大統領にとっては、以前よりもはるかに容易になっている。
さらに、トランプ氏はいわゆる「マッドマン理論」の恩恵を受けることができるという事実がある。これは、最初はイタリアの政治思想家ニッコロ・マキャベッリによって唱えられ、後にニクソン米大統領のベトナム政策について語られた戦略だ。
その要諦は、何をしでかすか分からない不合理な敵に対しては、人や国家は妥協することに前向きになる、というものだ。もっと砕いて言えば、トランプ氏が戦術と長期的な戦略的利害の違いを理解していないように見えるせいで、彼が特定の問題についてより頑強な態度をとることが可能になっている、ということだ。
だからこそトランプ氏は、カナダや韓国との関係全般を悪化させることがなぜ愚策なのかという幅広い文脈に無頓着なまま、ささいな点に基づいて米韓貿易協定の再交渉を求めることもできたし(これは実現した)、カナダ政府による自国酪農業の保護にこだわることもできたのである。
興味深いことに、トランプ氏は10月1日に「(中国政府と)協議を行うのは時期尚早である。なぜなら向こうにその用意がないからだ」と発言した。だが、両国トップによる首脳会談に向けた用意がないとすれば、それはトランプ政権の側だ。
トランプ氏は引き続き、中国製品に対するさまざまな関税措置と、それに対する中国側の報復関税という形での対立をあおっている。米大統領選挙へのロシア介入を巡るモラー特別検察官の調査が山場を迎えつつあることから、習近平国家主席と顔を合わせての感動的な和解は、中間選挙後に取っておきたいと考えている可能性が高い。
NAFTAを巡る危機は仕組まれたものだったが、米国が中国に対して当然の不満を抱いていることは事実であり、状況がどのように展開するかは必ずしも明確ではない。中国が自国にとって痛手となる複数の選択を行うかどうかは、もっぱら同国の指導部にかかっているからだ。
中国と米国は実質的にグローバル経済における「G2」とも呼ぶべき柱であり、現状を維持する中で既得権を共有するという「ウィンウィン」のパートナー関係にある2つの突出した経済大国であるという、有力な、しかし過小評価されている主張がある。
だが、こうした「G2」体制とは相いれない、長年にわたって染みついた中国流の慣行もある。一部のセクターにおける保護主義、外資誘致に際しての合弁事業契約へのこだわり、知的財産権の軽視などだ。
世界貿易機関(WTO)に対する中国のコミットメントについては言うまでもない。今この問題を追及しているのは気まぐれな米国大統領かもしれないが、中国の指導者としても、自国が既存の秩序に挑戦する「ならず者大国」であり続けるのか、それともその秩序の主要な支援国、共同保証人となるのか、きっぱりと決断すべきときである。その両方であり続けることは不可能なのだ。
このところの緊迫した状況の軸になっているのは、中国が歴史的な妥協に踏みきり、信頼できる米国のパートナーになるのかという問いだ。
最も可能性の高いシナリオを示しておこう。
西側諸国は中国について、動じることなく長期戦を戦う一枚岩の断固たる国家だと考える傾向にあるが、貿易戦争という名の賭け金の高いポーカーにおいて、中国が持っている手札は米国に比べて弱い。今年、米中両国の株式市場が示している対照的なパフォーマンスがその証拠だ。また中国指導部は、別の面での妥協を図り、トランプ氏との和解による利点を模索する可能性が高い。
中国政府とのあいだで新たな和解が実現できず、断絶が明確になるというシナリオは可能性が低いが、その場合でもトランプ氏は、中国を封じ込める経済同盟の再活性化という形で、外交における勇敢な勝利を得ることができるかもしれない。
こうした同盟は、北米を日本、韓国その他のアジアにおける同盟国と結びつけるような貿易協定に基礎を置くことになる可能性が高い。これら諸国はあいかわらず、予測しにくい米国大統領よりも、中国が抱いている意図の方をはるかに強く憂慮しているからだ。
だが、中国の封じ込めを狙ったこのような太平洋地域の貿易協定が実現するとしても、それをTPPと呼ぼうとするべきではない。恐らく(日本と韓国を加えて)「JKCAMUS」と呼ぶことはできるだろうが。
*筆者は米アリゾナ州立大学ジャーナリズム・マスコミュニケーションスクールの教授。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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