焦点:新型ウイルス、続々と研究報告 玉石混交でリスクも

焦点:新型ウイルス、続々と研究報告 玉石混交でリスクも
2月19日、エイズウイルス(HIV)との関連説、ヘビから人に感染したという説、はては宇宙から来た病原体説――。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、関連する科学研究論文も前代未聞のスピードで投稿され、拡散、流布している。写真はコンピューターで作成された新型コロナウイルスのイメージ。 NEXU Science Communication提供(2020年 ロイター)
[ロンドン 19日 ロイター] - エイズウイルス(HIV)との関連説、ヘビから人に感染したという説、はては宇宙から来た病原体説――。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、関連する科学研究論文も前代未聞のスピードで投稿され、拡散、流布している。ただ、その中身は玉石混交だ。
迅速な科学分析は、良い内容であれば非常に役立つが、欠陥のある内容、誤解を招く論文はパニックを招き、誤った政策対応や危険な行動につながるため、感染拡大に拍車が掛かりねない。
ロイターの分析によると、感染拡大が始まって以来、新型コロナウイルスによる肺炎に関する疫学論文、遺伝子分析、臨床報告を含む153の研究報告が投稿、あるいは公表された。これらに関わった世界の研究者の数は675人。
2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)感染拡大では、この半分の数の研究報告が公表されるのに1年以上を要した。
医学誌ランセットのリチャード・ホートン編集主幹は、自分のグループだけでも1日当たり30本から40本の科学研究報告が寄せられるため、スタッフを増やして臨時態勢を敷いていると話す。
こうした報告書をチェックしている専門家らによると、その多くは厳密な分析に基づく有用な内容だ。しかし、その多くは荒削り。同僚の専門家同士によって、学術雑誌に投稿する前に行われる「査読」を経ていない「出来たて」段階の研究結果が投稿されることがほとんどなため、一部は科学的な厳密さを欠く。中には、欠陥を含んでいたり、まったくの間違いであることが分かって、すでに撤回されたりした論文もある。
英非営利団体サイエンス・メディア・センターのトム・シェルドン氏は「早期に研究結果が出ても、欠陥があったり偽物だったりすれば、人々の役に立たない」と言う。
<査読前の原稿>
シェルドン氏によると、新型コロナウイルス感染拡大の脅威を考えれば、情報は「同僚の専門家による、いわゆる査読に縛られず」、迅速かつ自由に共有される必要がある。しかし、それが問題を引き起こしているという。
現在は感染が急拡大しているだけに、外部のチェックや精査や検証がされていない研究結果「プレプリント(査読前原稿)」のオンライン投稿が積極的に行われている。
ロイターは学術論文などの検索サイト「グーグル・スカラー」のほか、プレプリントのサーバーである「bioRxiv」、「medRxic」、「ChemRxiv」上の資料を調べ、分析した。新型コロナウイルス関連と特定された報告書153本のうち、約60%がプレプリントだった。
プレプリントの執筆者は、科学的な議論に貢献し、協力態勢を育むことができる一方、ほぼ即時に世界のメディアや大衆の注目を集めることもある。
ランセットのホートン氏は、一部の報告書は明らかに事態を悪化させていると指摘。「フェイクニュースかデマか、うわさの拡散と言うべきか、いずれにせよ恐怖とパニックを引き起こしているのは間違いない」と話した。
bioRxivは現在、新型コロナウイルスに関する研究報告全てについて、冒頭に黄色の警告バナーを挿入した。「注意:これらは査読されていない暫定的な報告です。最終結論、あるいは臨床診療や健康に関する行動の指針と見なしてはならず、ニュースメディアは確認済みの情報として報道すべきではありません」
例えば、インド・ニューデリーの科学者らは1月31日、新型コロナウイルスとHIVが「不気味なほど」似ているとする研究結果を投稿した。世界中の科学者から批判を浴びて速やかに撤回されたが、既に1万7000件以上のツイートに引用され、25のニュースメディアが取り上げていた。
また、英国で働くある研究者はランセット誌に対し、新型コロナウイルスの発生源は宇宙から来たウィルスかもしれない、との報告書を提出した。
1月22日に別の医学誌にオンラインで掲載された報告書は、中国での肺炎拡大は一種の「ヘビインフルエンザ」かもしれない、とのうわさを広げることになった。「ヘビ論文」と呼ばれることになったこの報告書に対し、主要な遺伝子専門家らが、すぐに疑問を呈したが、すでにうわさは拡散済みだった。
<プレッシャー> 
問題の一端は、プレッシャーにある。科学研究の世界では、最初に研究結果を出すと経歴に箔(はく)が付き、将来の資金調達も有利になる。世界的に急拡大する疾病に関する研究であれば、なおさらだ。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの感染病専門家、エフスタシオス・ジオティス氏は「(新型コロナウイルスの)感染拡大は現在進行中であるため、リアルタイムで研究結果を共有しなければ、とのプレッシャーにさらされている科学者が多い」と話した。
(Kate Kelland記者)

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