コラム:欧州企業、大型域外M&Aを積極展開へ 手本は日本勢

コラム:欧州企業、大型域外M&Aを積極展開へ 手本は日本勢
1月6日、欧州企業は、日本企業による大規模な海外M&A(合併・買収)ラッシュを踏襲する態勢を整えつつある。写真は東京都内で2015年3月撮影(2020年 ロイター/Yuya Shino)
Peter Thal Larsen
[ロンドン 6日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 欧州企業は、日本企業による大規模な海外M&A(合併・買収)ラッシュを踏襲する態勢を整えつつある。日本勢は国内市場の縮小と超低金利を背景に、企業買収でかつてないほど大きな案件を追い求めている。日本と同じ課題を抱える欧州連合(EU)の企業もこれに追随する構えで、ドイツのシーメンス、イタリアのENIのほか、銀行のBNPパリバやINGなどが年明けとともに高成長市場に積極的に踏み込もうとしている。
<海外進出を促す深刻な事情>
日本の経営トップには海外M&Aに動く明白な理由がある。安倍晋三首相は景気回復に取り組んでいるが成長は鈍いままで、人口減少がその一因だ。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2015年に1億2700万人だった日本の人口は25年ごろに1億人を割り込む。一方、日本の金利はマイナスで、国内の銀行は企業が思い切って海外に乗り出す際に資金提供する熱意は並々ならぬものがある。
リフィニティブのデータによると、日本の大手企業が海外M&Aに投じた資金は過去5年間の年平均が1000億ドル強と、その前の5年間の年590億ドルから大幅に増えた。
日本企業による海外M&Aの目立った例としては、アサヒグループホールディングス<3333.T>が昨年7月にビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)から豪子会社を110億ドルで買収した案件のほか、武田薬品工業<4502.T>がアイルランド製薬大手シャイアーを債務含み総額770億ドルで買収した案件がある。武田のシャイアー買収は昨年完了した日本企業による海外M&Aで最も規模が大きかった。孫正義氏率いるソフトバンクグループ<9984.T>も、手元資金が枯渇しつつある新興企業への投資はもちろん、米通信大手スプリントや英半導体設計大手アーム・ホールディングスの買収に動いており、投資銀行は休む間もない。
<一味違う欧州企業>
EU企業も、域内の状況は日本企業と変わらずぱっとしない。欧州委員会はEU域内の来年の成長率を1.4%程度と見込んでいる。ユーロスタットの予測によると、2018年に5億1300万人だった域内人口(英国を含む)は当面増加を続けるが、45年には頭打ちとなる。欧州中央銀行(ECB)のおかげで借入コストは日本と同じく低い。
EU企業は既に海外での事業買収に動いている。リフィニティブの計算によると、EU企業による過去5年間の域外でのM&Aは年平均2730億ドルで、その前の5年間の年1760億ドルから増えた。例えば仏高級ブランドLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が米宝飾品大手ティファニーを160億ドルで買収すると合意したことは、米国やアジアの成長機会を何としても手に入れようという意気込みの表れだ。EU域内のM&Aですら海外要因が絡んでいることが少なくない。仏PSAとフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の合併計画は、FCAの「ジープ」が米国で成功を収めていることが一因だ。
ただ、欧州企業の一部は相対的にまだ域内市場の依存度が高い。シーメンスは昨年9月までの1年間の売上高870億ユーロの半分以上を欧州、旧ソ連、アフリカ、中東が占める。ENIは18年の売上高の約3分の2が欧州からで、グローバルなエネルギー企業としては異常に海外売上高比率が低い。だからこそシーメンスとENIはいずれも売上高を地域的に分散する取り組みに乗り出そうとしている。
欧州の銀行最大手もまた、マイナス金利で収益が悪化しているユーロ圏から域外へと意識を向けている。BNPパリバは米国で、ソシエテ・ジェネラルはアフリカでそれぞれ事業を強化する可能性がある。またオランダのINGはオンラインプラットフォームを駆使し、ユーロ圏外の既存金融機関に挑戦しようとしている。スイスのロシュや英ディアジオなどはいち早く海外に一定の事業基盤を確保しており、M&Aを通じて成長力の高い市場でさらに事業を拡大するだろう。
EUの大手企業は、国際化の面では日本企業に先んじている。ユーロSTOXX株価指数の構成企業300社のうち半数程度は売上高の「かなりの部分」を域外が占める。つまり域外でのM&Aによって一段とコストを削減できるのは確実で、こうした展開は株主を満足させ、「物言う投資家」の経営への介入を防いでもおかしくない。
もっとも海外M&Aはリスクを伴う。キリンホールディングス<2503.T>がブラジルで6年前に買収したビール事業を売却して大規模な特別損失を計上するなど、日本企業はM&Aで痛手を負っている。欧州企業にも大きな失敗経験があり、バイエルは16年に米種子・農薬大手モンサントを買収したが、その結果としてモンサントが手掛けていた除草剤の発がん性を巡る訴訟に巻き込まれた。
米株式市場は過去最高値近辺にあり、M&Aの金額が必要以上に膨らむ恐れもある。幸いなことに欧州の投資家は日本の投資家ほどおとなしくはない。フランスやドイツでは企業経営に厳しい目を注ぐ投資家が存在感を持ち、企業トップが高額なM&Aに走ろうとするのを抑えるはずだ。
とはいえ株主は成長を示すことができる企業にぜひ報いたいという気持ちも持っている。域内の景気低迷や資金提供に前向きな金融機関を抱え、欧州企業のトップは日本企業の背中を追いかけるだろう。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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