焦点:現実か幻想か、欧州に飛び火する財政拡大理論「MMT」

焦点:現実か幻想か、欧州に飛び火する財政拡大理論「MMT」
 3月18日、経済成長が減速するタイミングで、財政緊縮政策に反対するポピュリスト政党が、5月に迫った欧州議会選挙に向けて支持を稼ごうと図る中で、財政拡大理論のいわゆる「MMT」が、従来の考え方に挑戦状を突きつけている。仏ボルドーで2014年11月撮影(2019年 ロイター/Regis Duvignau)
[ロンドン 18日 ロイター] - 欧州中央銀行(ECB)はこの3年間、2兆6000億ユーロ(約328兆円)以上を投じてユーロ圏の経済成長を加速させようと試みてきた。
だが、文句なしとは言いがたい結果を前に、さらに巨額の支出につながる思い切った代替案を試みる可能性が出てきた。
経済成長が減速するタイミングで、財政緊縮政策に反対するポピュリスト政党が、5月に迫った欧州議会選挙に向けて支持を稼ごうと図る中で、財政拡大理論のいわゆる「MMT(現代金融理論)」が、債務や財政赤字、経済運営のあり方に関する従来の考え方に挑戦状を突きつけている。
米国左派の期待の星であるアレクサンドリア・オカシオコルテス氏を通じて有名になったMMTは、実質的に、インフレを制御できている限りにおいて、国家は自由に自国通貨を発行・支出することができると考える。
この理論では、国家はいつでも通貨を発行して債務の返済に充てることができるのだから、債務不履行(デフォルト)に陥ることはありえないということになる。
失業対策と社会政策のために公的支出の拡大を求める欧州のポピュリスト勢力にとって、これは魅力的に響く。彼らは、中央銀行が何年も量的緩和(QE)を続けても、金融資産の価格上昇以外には見るべき成果がなかったと主張する。
MMTの主唱者によれば、QEが2次市場における社債・公債の大量購入によって金融市場を刺激することだけを意図しているのに対して、MMTのポイントは政府支出と実体経済への資金供給であるという。
ユーロ圏において、近い将来MMTが導入される可能性は低い。統一通貨ユーロの導入地域のルールでは、加盟国が勝手に通貨を発行することは不可能で、欧州政界の主流派はMMTを支える経済理論を相手にしていない。
ラリー・サマーズ元米財務長官は、MMTを「迷信的な」考え方だと評した。
だがMMTがよって立つ発想は、大型の公債発行による投資スキームを検討することに消極的な欧州の財政主流派・政界に対するイデオロギー的な抵抗をまとめ上げる支えとなっている。
英国最大の資産運用会社リーガル・アンド・ゼネラル・インベストメント・マネジメントでファンドマネジャーを務めるジョン・ロー氏はロイターに対し、「欧州議会選挙が終われば、欧州レベルでの財政出動・景気刺激策がはるかに盛んに論じられるようになるだろう」と語った。
<ニューディール>
ロー氏は、米民主党左派の一部の売り文句である、巨額の公的投資による「グリーン・ニューディール」を求める声がまだ欧州には現れていないことを指摘する。だが、こうした政策を求める声は、投資家が真剣に検討すべきものとしては、まだ可能性にとどまっている。
ECBは今月、QEによってインフレ率と経済成長率が上昇していないこと、少なくとも2020年までは金利をきわめて低い水準に据え置くことを認めた。こうなるとECBとしても、思い切った方針転換を求める声に弱くなる。
「ユーロ圏で最も望ましい政策は、(ユーロ圏で実施するのはほぼ不可能に近いとはいえ)中央銀行による巨額赤字の財政ファイナンスと定義される現実的なMMTだろう」と金融顧問会社INTL・FCストーンでアナリストを務めるビンセント・ドゥリュアード氏は語る。
<ポピュリストの手段に>
欧州が「ジャパニフィケーション(日本型の景気低迷)」、つまり低成長・低インフレの組み合わせに陥りつつあるという議論が生じる中で、斬新な政策アプローチを求めるプレッシャーは高まっている。とはいえ、米国に比べて、欧州における議論ではMMTを求める主張はさほど頻繁には聞かれない。
しかし、それも変わりつつあるのかもしれない。
サクソバンクの最高投資責任者(CIO)を務めるスティーン・ジェイコブセン氏は、「欧州議会選挙の後も欧州経済の減速が続くようなら、欧州の政治家ももっとインフラ整備が必要だと言うようになり、コストを増やすことなく通貨を追加発行できると考えるのではないか、と人々は想定している」と言う。
MMT型のアプローチに向けた動きはすでにいくつか生じている。
英野党・労働党のコービン党首は2015年に「民衆のQE」を提唱した。政府主導で中央銀行の出資により、インフラ整備に投資するスキームだ。
最近ではイタリアの連立与党が、低迷する経済を再生するため、EUの課す財政規律を終わらせて公的支出を増やすことを希望し、EU本部と対立した。
フランスのマクロン大統領は、暴力を伴う街頭行動となった「黄色いベスト」運動をなだめるべく、公的支出を拡大している。
ラボバンクの市場ストラテジストであるマイケル・エブリー氏は、「怒りの時代:市場におけるポピュリズムの意味」と題するリサーチノートの中で、ポピュリスト政党が公的支出拡大への要求を補強するためにMMTを利用することを投資家は想定すべきだと述べている。
エブリー氏は、「(市場は)真のパラダイム転換が生じるリスクが今後大幅に高まる事態に備えるべきだ」と警告している。
<経済は崩壊するか>
とはいえ、マクロ経済学の原則を無視することに前向きな政治家が当選しない限り、こうした動きはたいして意味を持たない。そして当然ながら、財政の専門家たちの意見は、MMTを否定するという点でほぼ完全に一致している。
各国政府が通貨を気ままに発行することを許されれば、ハイパーインフレと経済崩壊への悪循環が始まってしまう、というのが彼らの見解だ。
ECBのチーフエコノミストであるプラート専務理事は最近、インターネット上での質疑応答で、「中央銀行による財政ファイナンスという発想全般が危険な主張だ」と回答。
プラット氏は「過去には、そうした発想がハイパーインフレと経済の大混乱をもたらした」と述べ、「中央銀行が独立性を備えるべき理由はそこにある」と付け加えている。
シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスが実施した調査によれば、経済専門家の88%は、「債務返済に充てる通貨はいつでも発行できるのだから、自国通貨で借入可能な国家は政府債務を懸念する必要はない」という主張に「同意しない」と回答した。
財政タカ派で知られる日本銀行の黒田東彦総裁もやはりMMTに否定的で、「広汎な支持を得られない極端な主張」と呼んでいる。
<MMTの現実味>
欧州の一般市民の間でMMTを巡る議論が起きるとは考えにくいが、関心は高まっている。グーグル検索では、「ECB」よりも「MMT」の検索回数の方が多くなっている。
イーストウエスト・インベストメント・マネジメントのアナリストであるケビン・ミューア氏は、ニュースレターの中で、主要経済国の有権者の間で怒りが広がっていることに触れ、「財政規律を維持したままの金融刺激策では、金持ちがさらに豊かになる以外の効果はない」と主張している。
また、MMTが経済的・政治的な幻想のように見えるとはいえ、一部のエコノミストは、ポピュリズムの波の勢いを軽視すべきではないと警告する。英国が国民投票でEU離脱を選ぶことも、ドナルド・トランプ氏が大統領に選出されることも、どちらもありそうにないことと思われていたのだから。
次のリセッション(景気後退)が訪れれば、英国のコービン氏が提案する「民衆のQE」のようなアイデアが一般化する可能性があると、ソシエテジェネラルのアナリスト、アルバート・エドワーズ氏は考えている。そのときになれば、「(マネーが)金融市場に紙吹雪のように撒き散らされるだけでなく、実際に減税や公共投資プロジェクトに流れ込むようになる」と同氏は言う。
(Julien Ponthus記者、Tommy Wilkes記者、Ritvik Carvalho記者 翻訳:エァクレーレン)

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