アングル:フェイスブック決済事業の野望、ブラジルで突如停止に

アングル:フェイスブック決済事業の野望、ブラジルで突如停止に
 7月16日、チャットアプリ「ワッツアップ」を使う何百万人ものユーザーが、テキストメッセージを送るような手軽さで送金できるようになる──。米フェイスブックの思い描いた絶好のビジネスチャンスが、土壇場で壁にぶち当たった。写真はワッツアップのロゴを前でノートパソコンやスマートフォンをと使う人たち。2018年3月、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのサラエボで撮影(2020年 ロイター/Dado Ruvic/Illustration)
[サンパウロ/ブラジリア 16日 ロイター] - チャットアプリ「ワッツアップ」を使う何百万人ものユーザーが、テキストメッセージを送るような手軽さで送金できるようになる──。米フェイスブックの思い描いた絶好のビジネスチャンスが、土壇場で壁にぶち当たった。
6月15日、世界市場への足がかりとしてブラジルでの開始がかなったわずか8日後、ブラジル中央銀行はこの「フェイスブック・ペイ」サービスを停止させた。フェイスブックがこの決済サービスからどうやって利益を上げるのか、懐疑的な見方が出ていた中での急展開だった。
<中銀側は「寝耳に水だ」>
フェイスブックにとって、この決定は金融規制当局を味方に引き入れるのがいかに難しいかを物語る。そして、各国の規制当局にとっては、世界的な巨大IT企業を規制なしに自由にさせるリスクをどう評価するか、極めて複雑な状況があるという現実を浮き彫りにしている。
これに加え、ブラジルではサービス開始についての当局とのコミュニケーション不足という問題も明らかになった。ワッツアップ幹部と中銀当局者は少なくともそれまでの1年9カ月で3回、協議をしていた。最初は2018年10月。あとの2回はサービス開始直前の今年6月9日と12日。3回目にはブラジル中銀のカンポス・ネト総裁とワッツアップのマシュー・イデマ最高執行責任者(COO)も参加していた。
総裁は今回のロイターの取材で初めて、判断の詳細を明かした。中銀はブラジルでは前例のないアプリを通じた決済モデルの提案について、どう対応するかまだ決定をしていなかったという。ワッツアップから計画について説明のようなものは受けていたが、「6月15日の開始は寝耳に水だった」。
<食い違う説明>
中銀に言わせると正式な開始要請はまったく受けていなかった。総裁らによると、中銀の懸念はもっぱら、公正な競争やデータ保護が担保されるかにあった。さらに、ワッツアップに決済サービス企業としての認可が必要かという点も検討中だった。総裁は8日にロイターの取材に応じた段階では、IT大手が決済サービスを行うのに必要な規制の改定を考えているところだと述べていた。
ワッツアップはロイターに対し、中銀の疑問には十分に答えていたし、3回目の会合で開始日程も伝えていたと話した。金融の会社になるつもりもなかったとした。ブラジルの金融機関は自己資本比率要件など厳しい規制の対象になる。こうした規制を回避し現行の国内ルールで事業を行うため、ワッツアップは米クレジットカード大手のビザとマスターカードとの提携を考えた。この2社は既にブラジルで中銀から送金免許を得ている。
ワッツアップによると、こうした提携モデルについて中銀に2019年に説明していた。ただし、ロイターは説明をしたとする会合については確認できなかった。
<小規模業者向けの制度で参入狙う>
フェイスブックがデータの宝の山である金融の世界に参入しようとして、規制当局の意向を読み間違えたのは今回が初めてではない。1年ほど前、同社はデジタル通貨「リブラ」の計画をぶち上げたが、各国・地域中銀から猛反発を食らった。
ブラジルの昨年のカード決済市場規模は1兆8000億レアル(3368億6000万ドル、約36兆440億円)で、この市場のうまみは大きい。
ワッツアップに近い筋によると、同社はサービスの初期段階では、1年間に決済利用額が5億レアルもしくは利用回数が2500万回に達するまでは免許がなくても開始できる規制条項を使うつもりだった。
しかし、同総裁によれば、条項はワッツアップのようなIT大手に対抗して小規模な企業が市場参入するのを促進するのが狙いだった。同総裁は、大規模な業者であるワッツアップが認可を得るため、この「仕掛けを使って」小規模で始めようとしていたと指摘。「規制につけこもうとした」と語った。
中銀は今月23日に条項を変更し、ワッツアップのような企業が適用対象になるのを差し止めた。
<ブラジル中銀自体も決済サービス検討>
この件は、フェイスブックの世界規模の決済事業の野望に改めて水を差すものだ。決済事業は同社にとって、ユーザー拡大の大半を占める新興市場で収益を押し上げる上で鍵となる。インスタグラムを含む傘下のアプリのインフラを統合しようとするザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)の構想を実現する上での要でもある。
中銀に近い関係筋によると、ワッツアップがクレジットカード決済処理ツールとしてブラジルのクレジットカード最大手シエロの起用を計画したことが、競争面の懸念の1つだった。シエロは国内で40%の支配的シェアを握る。
カンポス・ネト総裁は「プラットフォームは競争に開かれていなければならない。プラットフォームに参入したいと希望する事業者がもっと出てくれば、自由に参加できるべきだ」と述べた。
さらに事態をややこしくしているのが、ブラジル中銀自体が今年11月に即時決済サービス「ピックス」の展開を計画していることだ。ピックスは消費者の当座預金口座を利用する仕組みで、フェイスブック・ペイとは発想が違う。
ワッツアップは自社サービスとピックスの統合の可能性はなくはないとしており、これが暗礁に乗り上げた事態の打開の一助になるかもしれない。

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