コラム:リーマン危機が招いた「中国バブル」、歴史は繰り返すか

Edward Chancellor
[ロンドン 17日 ロイター Breakingviews] - 隣国の日本と違って、確かに中国はまだマイナス金利に転じたことは一度もないだろう。だが2008年のグローバル金融危機から10年にわたる金融緩和によって、中国経済においても歪みが生じている。
低金利は、西側諸国と同様に中国でも、資産価格のインフレや不適切な資本配分、格差の拡大、金融安定性の低下をもたらしている。
人民元とドルの実質的なドルペッグ制によって、中国政府は米投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻を受けた米連邦準備理事会(FRB)による金融緩和の影響を回避できなかった。
2008年12月にはFRBの政策金利はすでにゼロに達しており、中国人民銀行(中央銀行)は貸出金利を引き下げた。その後の5年間で政策金利はインフレ調整後で平均わずか0.7%と、国民総生産(GDP)成長率を大幅に下回った。中国のような開発途上国としては、これは超緩和的な金融政策だ。
その結果、中国国内では、途方に暮れるほど多数のバブルが発生した。株式市場のバブルは2008年に崩壊した。その後まもなく別のバブルが膨らみ、2015年半ばに崩壊した。中国美術や、さらには中国名産の「マオタイ(茅台)酒」においてすらバブルが生じた。
だがバブルの中でも最も重要視されたのは不動産だ。中国の不動産市場は、大幅に拡大する融資と低金利の住宅ローンに支えられ、2009年に力強い回復を遂げた。全米経済研究所によれば、2014年には北京や上海での賃貸利回りが2%を下回り、サンフランシスコの不動産よりも高額になった。
2015年の株式バブル崩壊の余波を受けて金融政策がさらに緩和されると、不動産バブルは一層本格化した。2016年、北京の住宅価格は33%上昇。上海の一部では、さら地が隣接のビルよりも高額で取引されるようになり、「パンよりも小麦が高い」というフレーズまで生まれた。
サビルズによれば、中国の不動産総額は2016年末までに約43兆ドル(約4850兆円)に達した。これは同国GDPの375%に相当し、不動産投機ブームのピークを迎えた1990年当時の日本の不動産総額に匹敵する数字となる。
過去10年間、中国では極端な投資ブームが起きた。世界銀行によれば、リーマン破綻の影響を緩和するために2008年11月に中国政府が開始した景気刺激策に後押しされ、政府と民間の設備投資である中国の総固定資本形成は2008年以降の5年間で平均45%に達した。
中国は世界で最も広域の高速鉄道や、最も長い橋梁を短期間で整備した。米国地質研究所の試算によれば、中国は2011年から13年にかけて、米国の20世紀を通じた消費量を上回るセメントを使ったという。
不動産投資は、経済成長を牽引する主役になっている。住宅面積を基準とすると、中国は2013年までに、2週間ごとに現代ローマ1国分の面積を建設した計算だ。
最悪の例として内モンゴル自治区オルドス市ハイバグシュ区が知られているように、開発はしたものの住民不在の「ゴーストタウン」も数多く生まれた。こうした建設ブームは今も続いている。年初時点で、米ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングを上回る超高層ビル約25棟が建設中である。
国営銀行から国営企業に提供される低利融資によって、ガラス製造から造船に至る幅広い産業で資本過剰の状況が生まれている。
この国にはいわゆる「ゾンビ企業」が蔓延している。鉄鋼産業における生産能力過剰を背景に、「鉄鋼はキャベツよりも安い」という言葉も生まれた。マクロストラテジーのジュリアン・ギャラン氏は、近年の中国での投資の4割は回収不可能とみなす必要があると推測している。
毛沢東氏が死去した1976年頃には、世界的に最も平等な社会の1つだった中国は、今や最も格差の大きな社会の仲間入りを果たした。銀行の預金金利はインフレ率よりも低く、家計所得を圧迫している。開発用地を確保するために、数百万人の農民が自らの農地を手放すことを強いられた。中国政府は絶えず対策を打っているものの、インフラ関連支出が過熱しているために、公職者の汚職も増加している。
不動産バブルのおかげで、デベロッパーは巨額の利益を手中に収めた。例えば、中国の不動産企業「恒大集団」創業者の許家印氏の資産は400億ドル近いと推定されている。
一方で、法外な価格で不動産を購入した人々は「住宅ローンの奴隷」へと転落した。これは所得の3分の2をローン返済に充てる住宅購入者を意味する中国の表現だ。
この10年間、中国では史上最大級の借り入れブームが見られた。国際決済銀行が収集しているデータは驚嘆に値する。金融機関以外が抱える債務は,中国GDPの100%以上も増加した。これほどの債務の拡大は、1980年代の日本や2008年以前の米国を凌駕しており、金融危機に至る数年間にスペインやアイルランドで見られた借り入れブームに匹敵する。企業債務はGDPの170%に達した。対GDPで見た家計債務も2倍以上に増えた。
低金利にもかかわらず、中国における膨大な債務に対する返済コストは、今や10年前の米国水準を超えている。金融調査会社オートノマス・リサーチの銀行アナリスト、シャーリーン・チュー氏の試算によれば、銀行融資の最大4分の1は不良債権化しているという。新規融資の多くは不良債権の借り換えに使われている。これは「エバーグリーニング」と呼ばれる手法だ。
銀行預金金利が低いため、預金者は他でより高い利回りを得ようとする。結果として中国では、資産運用商品、信託ファンド、委託貸付、オンラインのピア・ツー・ピア(P2P)融資、商業手形担保貸付などを含む独自のシャドーバンキング(影の銀行)システムが発達した。
国際決済銀行(BIS)によれば、2016年末時点で、こうした不透明で流動性不足になりかねないノンバンク系の債務はGDP比で71%に達している。
ヘッジファンドの大物ジョージ・ソロス氏によれば、中国のシャドーバンキング制度は、リーマン危機に至る時期に見られたウォール街での状況に「気味が悪いほど似ている」という。
経済学者の故ハイマン・ミンスキー氏は、金融システムが資産価格の上昇と新規融資に依存するようになると、崩壊のリスクが高まる、と指摘している。 今年3月に中国人民銀行総裁を退任した周小川氏は昨年、中国に「ミンスキー・モーメント」が迫っていると警告した。
リーマン破綻後、西側スタイルの資本主義に対する信頼は大きく揺らいだ。当時、中国の新たな成長モデルを称賛するコメンテーターも多く、中国は通常の経済法則の適用を免れている、との声さえあった。
だが、中国のいわゆる「経済の奇跡」も、過去10年間に及ぶ低金利と巨額融資、大規模な不動産バブルの組み合わせから生まれたものであり、これまで悲惨な結末に終った数々のアジア各国のサクセスストーリーに酷似している。
大半の基準から見て、中国のバブル経済は、1990年代に日本が経験したバブル経済よりも、はるかに規模が大きい。今回こそは違うと主張する人もいる。とはいえ、そういう人はいつでもいるものだ。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにロイターのコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

Opinions expressed are those of the author. They do not reflect the views of Reuters News, which, under the Trust Principles, is committed to integrity, independence, and freedom from bias.