焦点:ドイツ自動車産業、デトロイトの二の舞か 栄光は過去に

Michael Nienaber
[バンベルク(ドイツ) 18日 ロイター] - クリスティン・シュミット、トーマス・シュミット夫妻が昨年夏、ローンを利用して自宅を購入したとき、2人の夢は実現しつつあるように思えた。だが2カ月後、夫妻が働くタイヤ工場が翌年早々に閉鎖されることが分かった。
ドイツの強力な自動車産業は、海外需要の低迷、排ガス規制の強化、電気自動車の台頭による不振に悩まされており、失業率の上昇、雇用の不安定化、賃金への悪影響という形で、欧州随一の経済大国であるドイツへのダメージが広がり始めている。
40歳のクリスティンさんは、ドイツ国内における自動車部品産業の中心地の1つ、バイエルン州バンベルク郡の工場閉鎖について、「悪夢だった。いきなり足元をすくわれるような感じだ」と語った。
シュミット夫妻には3人の子どもがおり、ミシュランが保有するタイヤ工場の幹部たちが工場閉鎖を再考してくれることを今も期待しているが、失業のリスクは忍び寄っている。そしてこれは、シュミット夫妻だけの問題ではない。
業界団体VDAによれば、ドイツの自動車セクターは今後10年間で83万人の雇用のうち10分の1近くを削減すると見られる。
シンクタンクや政府当局者の間では、ガソリン/ディーゼルエンジン車に比べて組立工程の少ない電気自動車の増加、単純作業の自動化、企業の海外への生産移転により、状況はさらに厳しくなるのではないかとの懸念が広がっている。
1970年代、米国自動車産業の中枢であるデトロイトでは、工場移転、低価格の輸入車、燃料価格の上昇によって雇用が激減し、都市の衰退が見られたが、ドイツではまだそこまでは至っていない。
だが、自動車メーカー、地域の有力者、労働組合リーダーはロイターの取材に対し、そうした危険は高まりつつあると語った。
企業によって、対応は異なる。シュミット夫妻が働くハルシュタット市の工場では、労働者らが強制的レイオフを回避しようと努力している。近隣のバンベルク市にあるボッシュの工場では、賃金カットと労働時間の短縮、さらには新たな燃料電池テクノロジーへの投資に関して合意が得られた。
ドイツ南部、バイエルン、バーデン・ビュルテンブルク両州で自動車生産の中心地として繁栄する地域で、局地的に失業率が上昇していることは、ドイツにとって深刻な意味を持っている。この国は、経済生産の5%を自動車産業に依存しており、同産業は国家としてのアイデンティティの重要な一部にもなっているからだ。
「ドイツは未知の水域へと入りつつある。この変化が、大規模雇用主としての自動車産業の黄金時代の終わりを告げるとしても不思議はない」と語るのは、ドイツの研究機関センター、オブ・オートモティブ・マネジメントの責任者ステファン・ブラツェル氏。
「政界にとっては、作動中の時限爆弾だ」
新型コロナウイルスの感染拡大によってグローバルなサプライチェーンが混乱し、ドイツ自動車メーカーにとって大切な市場である中国における乗用車販売が落ち込むことで、危機はさらに深まっている。
大量レイオフの脅威は、これから始まる金属加工産業の賃金交渉にも重大な影響を及ぼすだろう。同産業では、労働組合が賃金上昇よりも雇用確保に重点を置いている。
ドイツ最大の自動車部品メーカーであるロバート・ボッシュのフォルクマール・デンナー最高経営責任者(CEO)は、1月、利益急減への対応として大幅な人員削減と事業見直しを発表した際、「自動車生産のピークがすでに過ぎていた可能性は大いにある」と述べた。
<戦後の「奇跡」支えた自動車産業>
シュミット夫妻はバンベルク市の北部に住んでいる。1950年代以降、中世風・バロック風の街並みが情熱を込めて復元されてきた街だ。戦後復興期の「ドイツ経済の奇跡」において繁栄を実現した豊かな都市の典型例である。
だがこの地域は、内燃機関テクノロジーに強く依存しており、ドイツ全体に影響を及ぼしかねない課題に直面している。
バンベルク市のアンドレアス・シュタルケ市長はロイターの取材に対し、「問題は、この地域の約2万5000人の雇用だ。域内の労働力全体の約15%に相当する」と語る。「この地域が、内燃機関にどれだけ依存しているかが分かる」
シュミット夫妻の場合、夫のトーマスさんは組立ライン、妻のクリスティンさんは倉庫での業務を担当している。同夫妻をはじめ、ミシュランのタイヤ工場で働く850人以上の仲間にとって、職を維持できる見込みは薄れつつある。
労使協議会のヨゼフ・モルゲンロス会長は、2022年末までの強制レイオフを禁じたこれまでの協定から企業側が離脱することはできないことを経営陣に理解させようと努めている。
現地のミシュラン経営陣は、労使協議会との交渉が続いていることを理由に、コメントを拒否している。
<「自動車危機」>
自動車産業の混乱による影響を受ける労働者を支援するため、政治家、企業、労働組合は、電気自動車や水素燃料電池などの代替テクノロジーへの転換を支援するよう政府に求めている。
自動車メーカーと労働組合は1月、珍しく共同声明の形で、ドイツ政府は、賃金補助金支給期間を最大24カ月まで延長できるよう「クルツアルバイト(短縮労働の意)」と呼ばれる国家雇用支援制度や、電気自動車用部品の製造など新たなスキルの再研修を拡大しなければならないと主張した。
メルケル内閣は来月、より融通の利く「クルツアルバイト」ルールを承認すると予想されている。この制度では、企業はレイオフを回避し、現行では最長12カ月まで熟練労働者の雇用を維持するために、国家支援を申請することができる。
企業と労使協議会の合意しだいでは、労働者は労働時間の短縮や自宅待機を受け入れ、純所得減少分の3分の2を政府が補てんする。
経済全体から見ると、これによって消費者の可処分所得が減少し、近年、輸出が伸び悩むなかでドイツ経済を支える最も重要な柱である消費支出が損なわれることになる。さらにこれは、手段が限られるなかでユーロ圏経済全体を刺激しようと模索している欧州中央銀行にとっても悩みの種になりかねない。
市場調査グループGfKでは、2020年のドイツ家計消費成長率は、昨年の約1.5%に対して、1%に減速すると予想している。
予定されている期間延長の改正以前でさえ、「クルツアルバイト」のもとで働かざるをえない労働者は増加している。連邦雇用庁によれば、2年前の約2万人から、11月時点では9万6000人に達しており、最近では2012ー13年のユーロ圏債務危機の際に見られた水準を超えてしまった。
デトレフ・シェーレ連邦雇用庁長官によれば、今月の「クルツアルバイト」対象となる労働者数は11万7000人に増加する見込みで、増加の主な原因は自動車産業の問題であるという。
<賃金引き下げか、人員削減か>
自動車部品メーカーのなかには、短期間の国家支援制度を申請することなく、賃金引き下げを行っている企業もある。
ボッシュの工場では、経営陣と労使協議会のあいだで、総勢7000人の労働者が2020年4月以降、労働時間の短縮と10%近い賃金引き下げを受け入れるという条件のもとで、2026年まで強制的レイオフを回避するという協定が締結された。
完全に内燃機関向けの部品に特化した工場で製造マネジャーを務めるスベン・バッハマン氏は、「もちろん、この協定は複雑な思いを生んでいる」と言う。「私個人としては、今後6年間、失業することはないという安心感の方が優っている」
さらにボッシュでは、今後10年間にわたってトラックやビル用の重要な代替エネルギー源となる可能性のある燃料電池への投資を約束している。
「こうした約束は実に重要だ。ボッシュが単にコスト削減だけを考えているのではなく、将来の成長・雇用の確保も考えていることを示すからだ」と労使協議会のマリオ・グットマン会長はロイターに語った。
バンベルク市もこうした取組みを側面から支える。同市は米軍基地の跡地に新たな街区を建設しており、そこでは水素を燃料とする据置型の燃料電池により、最大1000棟の集合住宅に電力、暖房、温水が供給されることになる。
シュタルケ市長は、地元経済の多角化に向けた市の取組みが、自動車産業の危機が地域の労働市場に与える悪影響の緩和に役立つことを願っている。
シュミット夫妻のような人々にとっては死活問題である。
「休暇の予定もキャンセルした。子どもたちには、特別な日のお祝いもこれまで通りにはできないと話している」とクリスティンさんは言う。「この家を維持できることを祈るばかりだ」
(翻訳:エァクレーレン)

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab