コラム:レムデシビル価格、控えめにしたギリアドの賢明な判断
Robert Cyran
[ニューヨーク 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 医薬品は科学の産物かもしれないが、薬価の決定は間違いなく職人技(アート)だ。特に米製薬会社ギリアド・サイエンシズの新型コロナウイルス感染症治療薬レムデシビルに関しては、代わりとなる治療薬が乏しいだけに価格決定はアートにならざるを得ない。
同社が決めた治療1コース2300ドル(約24万8000円)という価格は、基礎的な製造コストと比較すると高く感じるかもしれないが、実際にはかなり抑えてある。
基本から話を始めよう。米独立系非営利法人の臨床経済評価研究所によると、レムデシビルの限界製造コストはおそらく600ドルを下回る。しかし製薬企業は研究開発に多額の投資が必要だ。今年のギリアドの開発費を加味すると、コストは1600ドルに増える。
医薬品には他にも多くのコストがかかる。開発段階で失敗した製品の内部補助も、その1つだ。米タフツ大学医薬品開発研究センターが2014年に示した推計では、新薬開発の総コストは約26億ドル。製薬企業の懐に入る利益が売上高の40%だと仮定すると、ギリアドはレムデシビルを2300ドルで約300万コース分売って、ようやくコストを回収できる計算になる。
今度はコストではなく、薬の価値から価格を考えてみよう。レムデシビルは重症患者の回復を4日早める効果が示されている。ギリアドのダニエル・オデイ最高経営責任者(CEO)は、米国で4日入院すると約1万2000ドルの費用がかかるとしている。効果が証明された治療法が他に存在しない上、集中治療室(ICU)が不足する恐れも考えれば、実際に市場が許容できるレムデシビル価格の上限はもっと高い可能性さえある。
その上限を試さないギリアドの判断は賢明だ。米国の医療費はただでさえ膨れ上がっており、人々が払える限界に価格を設定すれば、政治的な地雷原を作り出すだろう。調査会社KFFによると、2018年の米議会中間選挙で、米有権者の過半数は医療費を最も重視する問題の1つに挙げていた。今年11月の米大統領選を控え、ギリアドの慎みは政治的資本の蓄積につながるかもしれない。治療より大事なのは予防、ということだ。
●背景となるニュース
*ギリアド・サイエンシズは29日、レムデシビルの先進国政府向け価格を1バイアル当たり390ドルに設定したと発表した。5日間の治療コースで2340ドルに相当する。
*米国では、民間医療保険会社向けの価格を5日間の治療コースで3120ドルとする。発展途上国については、ジェネリック医薬品(後発医薬品)企業による生産と、より低価格での販売を認めることで合意した。
*今年ランダムに実施された臨床試験で、レムデシビルは入院している患者の回復を4日早める効果が示された。ギリアドは、これにより米国の患者なら1万2000ドルを節約できる計算だとしている。
*臨床経済評価研究所の推計では、1患者当たり1010─1600ドルの価格であれば、ギリアドの今年の生産・開発コストを回収できる。また、費用対効果が得られる価格の上限は、1治療コース当たり5080ドル。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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