コラム:北朝鮮に向けたトランプ氏の怒り、アジアにマイナス

Andrew Hammond
[11日 ロイター] - ティラーソン米国務長官は、就任以来、微妙な舵取りを必要とするトリッキーな海外訪問をこなしてきた。直近では9日に終えた東南アジア訪問がそうだ。
フィリピン、タイ、マレーシアを訪問したティラーソン長官の狙いは、トランプ政権にとって戦略的に重要であり、世界第6位の経済規模を誇るこの地域に米国が気を配っていることを、域内の各国指導者に納得してもらうことだった。
だが、北朝鮮情勢に振り回された今回の訪問は、域内各国との連帯を強化するどころか、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、マレーシア、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、そしてベトナムで構成される東南アジア諸国連合(ASEAN)にとっての重要課題が、米国政府のそれとは完璧に一致していないという事実を露呈するだけの結果となった。
ASEAN諸国の当局者の一部は、北朝鮮への懸念を認める一方で、対米貿易を巡る懸念を口にしている。北朝鮮と関係を最小限化するよう米国が要請したことに対して、「われわれはこの問題について、しっかり話し合ってない」とフィリピンのマナロ外相代行は語った。
トランプ大統領の就任以前は、オバマ前政権が環太平洋経済連携協定(TPP)を支持することで、東南アジアに対する米国のコミットメントを強調し、同時に、ASEAN諸国の多くにとっても懸念だった中国の勢力拡大に対抗しようと努めていた。しかし、トランプ大統領の就任後まもなく、米国はTPP交渉から撤退し、代替案も示していない。
政治面においても、トランプ政権はASEAN同盟国に対しおざなりの親近感しか抱いていない。ASEAN側は、海洋の安全保障、南シナ海における中国政府の強硬姿勢、域内の対テロ戦略など、多種多様な問題に優先的に取り組みたいと考えていた。
その代り、ティラーソン長官は、朝鮮半島情勢の行き詰まりを中心課題に据えた。北朝鮮が先月行った2度の大陸間弾道弾(ICBM)発射試験によって、米国本土に対する攻撃能力があることが示されたことに対する米国の懸念を受けたものだ。太平洋上の米領グアムに対するミサイル攻撃計画を策定すると北朝鮮が9日挑発したことにより、さらに緊張が高まった。
東南アジア諸国も、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に対して懸念は抱いているものの、この問題を最優先課題とする米国政府とは異なる姿勢を示している。南シナ海における領有権紛争などを含めた重要課題の優先順位が下がることを警戒しているためだ。
こうした状況下で、ティラーソン長官は、アジア太平洋地域における安全保障向上を目的としたASEAN地域フォーラム(ARF)の週末会合を利用して、北朝鮮との外交関係を「劇的に」縮小することによって同国政府の孤立化を図った。
ARFはアジア最大の安全保障グループであり、米国や北朝鮮、日本など、ASEAN以外の国々も参加している(北朝鮮外相も会合に出席していたが、ティラーソン長官はその存在を認めていなかった)。
ARFは北朝鮮問題について通常よりも強いトーンで、金正恩政権に対して、国連安保理による同国の核開発計画を巡る決議と、5日に全会一致で可決された北朝鮮の鉱産物・海産物、約10億ドル相当の輸出禁止決議を遵守するよう要請した。
こうした制裁外交と平行して、米韓両国は7月、物議を醸している新型迎撃ミサイルシステムTHAAD(サード)の新たな試験を実施した。北朝鮮や中国、ロシアからの批判を受けつつも、米国は、北朝鮮のミサイルに対する防衛措置としてTHAADを韓国内に配備している。
米国が行った最近の発言によって、トランプ大統領がいまや、より真剣に北朝鮮の核関連施設に対する予防的先制攻撃を検討しているのではないかという国際的な懸念が高まっている。
トランプ大統領は8日、北朝鮮が米国をこれ以上脅かせば「炎と怒りに直面する」と警告。同国についてトランプ氏は以前、「非常に危険な振る舞いを見せており、何かしら手を打たなければならないだろう。恐らく、迅速に対処する必要がある」と述べていた。
米国による次の一手は明らかではないものの、北朝鮮に対して過去20年間維持された「戦略的忍耐」政策が、すでに終焉を迎えた可能性はますます高まっているようだ。武力行使以外にも、新たな和平交渉の開始から、外貨獲得手段である武器輸出に関与した疑いのある船舶をだ捕するなどの積極的な行動に至るまで、シナリオは多岐にわたる。
いかなる措置強化においても、米国は、中国を筆頭とする他の主要国の協力を求めることが得策だと承知している。とはいえ、新たな制裁合意が得られた直後だけに、中国政府はロシアなどと同様に、北朝鮮に対してより包括的・全面的な措置をとることに消極的だ。
2月に北朝鮮からの石炭輸入を全面禁止するなど、中国は締め付け強化に向けた独自措置を実施している。だが、金正恩体制の不安定化を招くかもしれないとの恐れから、中国が隣国を締め上げることは考えにくい。過度の締め付けによって北朝鮮の行動がいっそう予測不可能となり、公算は低いとはいえ、金正恩体制の崩壊につながる可能性を中国は懸念している。
中国政府は少なくとも2つの理由から、北朝鮮の現体制を存続させたいと考えている。1つは、北朝鮮の共産主義体制が崩れれば、中国共産党の正統性も損なわれる可能性がある。加えて、北朝鮮の秩序崩壊によって中朝国境が不安定化し、場合によっては膨大な数の難民流入に対応する必要が生じること、さらには金正恩氏に代わり、親米後継者が誕生することを中国政府は恐れているのだ。
こうしたことから、北朝鮮問題を主軸としたティラーソン長官の東南アジア訪問は、トランプ政権が同地域を軽視しているというASEAN友好国の懸念を和らげるという点では、ほとんど効果がなかった。
北朝鮮との緊張が今後さらに高まるとすれば、今後数カ月、米政権の外交政策が朝鮮半島情勢に集中する恐れがある。そうなれば、米国の関心は、南シナ海の緊迫化など、より広範囲の地域的課題からますます遠のくことになるだろう。
*筆者はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の IDEAS(国際問題・戦略・外交センター)の準会員。英国政府の特別顧問を務めた経歴がある。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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