焦点:母国送還かコロナ感染か 米収容所の亡命希望者に残酷な選択

Laura Gottesdiener
[モンテレー(メキシコ) 6日 ロイター] - 6月初め、亡命申請中のホセ・ムノスさんは、逃げ出さなければ命が危ない、と心に決めた。収容者のあいだで新型コロナウイルスが広がるテキサス州の移民収容センターを離れ、母国エルサルバドルに戻るという意味だ。
米移民税関捜査局(ICE)によれば、ヒューストン契約収容施設の収容者のうち、少なくとも105人で新型コロナ感染が確認されている。感染者数が増加するなかで、感染から身を守る方法は布製マスク以外にはほとんどなかった、とムノスさんは言う。ICEのデータによれば、同施設の収容者は6月1日時点で375人だった。
19歳という年齢を考えれば、通常なら新型コロナウイルスによる呼吸器疾患に伴う合併症のリスクは低い。だが、ムノスさんには新型コロナによる犠牲者の一部に見られる基礎疾患の高コレステロール血症があり、自分も危ないのではないかと感じていた。
数カ月前、エルサルバドルの学生だったムノスさんは米国への亡命を申請した。ムノスさんによれば、ある犯罪組織のために麻薬を運ぶことを拒否したところ襲撃を受けたことがきっかけだという。ムノスさんは、安全上の懸念を理由に組織の名称は伏せている。ロイターではムノスさんを担当した弁護士に取材し、ムノスさんが署名した宣誓供述書を閲覧したが、本人の証言と矛盾はなかった。
だが6月になって、ムノスさんは自分の生命が危機にひんしているのではないかと脅えるようになった。亡命を求める努力を続ける場合、次回審査が数カ月先になることが分かったからである。
先月、エルサルバドルからの電話取材に対して、彼は「母国に戻るよりも危険なのではないかと思えてきた」と語った。
ロイターでは弁護士、移民支援活動家、収容者とその家族ら30人以上に取材し、収容施設内での新型コロナ感染リスクを理由に収容者が本国送還を希望している状況を聞いた。
移民を支援する弁護士・活動家ら15人によれば、健康上の理由で米国内8州の収容施設を出ることを希望する収容者からの要望は、合計で数百件にものぼるという。彼らはロイターに対し、亡命申請の取り下げを考慮する収容者の数は増加していると語った。ロイターでは、パンデミック(世界的な大流行)を理由に、亡命に向けた努力を諦めて本国送還か自発的な帰国に同意した収容者を12人確認した。
みずから本国送還を希望する収容者の総数が増加傾向にあるかどうかは確認できていない。
移民審査を担当するサミュエル・コール連邦裁判所判事は、全米移民判事協会の広報担当ディレクターとしてロイターの取材に応じ、パンデミックの最初の数カ月間で、たとえ亡命申請の取り下げを意味するとしても収容施設を離れることを希望する移民が増加した、と述べた。
<不十分な感染対策>
ICEは(不法)移民の逮捕を抑制しており、一部を仮釈放措置としているが、パンデミックの最中に施設間で収容者の移動を行っているとして批判を浴びた。ICEではこの措置について、ウイルスのまん延を食い止め、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)確保を促進するための取組みの一環であると述べている。またICEに対しては、感染した収容者100人以上を本国に送還したという批判もある。
ICEのデータによれば、ICEの収容センターでは収容者2742人、ICE職員45人について新型コロナ陽性が確認されている。またこの感染症で移民2人が死亡している。ICE施設における医療をめぐる集団訴訟のなかで6月24日に裁判所に提出された資料に含まれるICEのデータによれば、これ以外にも、施設内で感染した場合にリスクが高いと思われる収容者は数千人を数えるという。
ICEの広報担当者は、ICEの裁量による釈放を認めるか否かを評価する際には、その収容者の前科や公衆の安全に対する潜在的な脅威、逃亡のリスク、さらには国家安全保障上の懸念も考慮していると述べている。
ICEによれば、この記事のためにインタビューした移民の1人は、ニューメキシコ州オテロ郡移民手続センターに収容されているあいだに新型コロナ陽性が確認された。アリゾナ州のエル・リオ・ヘルスによれば別の移民は5月14日に陽性が確認されているが、連邦当局の書類では同日にICEの施設から釈放されている。
ロイターがインタビューした現・元収容者14人の多くは、ハンドソープや消毒剤などの衛生用品を利用できなかったと話している。また6人の収容者は、発熱や長く続く咳、身体の痛みなど新型コロナ感染が疑われる症状のある他の収容者との接触があったと語る。
現収容者の1人によれば、健康上の懸念を口にする者は独房収容というかたちで罰せられるという。この指摘は、4つの州の収容センターで働く弁護士・支援活動家からも聞かれた。
ICEの広報担当者はロイターに対し、「ICEは、収容者が干渉を受けることなしに(健康上の)懸念を訴える権利を十分に尊重しており、いかなる形でもそれに対して報復することはない」と述べている。
複数の弁護士はロイターに対し、ICEによる収容センター内部でのパンデミック対応は、現政権による移民制限の広範な取組みの一環と見られる、と述べている。
「収容者に『死ぬのは怖い、この状況にはもう耐えられない、本国に送還してくれ』と言わせようとする戦略なのだと考えるに至った」と語るのは、アリゾナ州ピマ郡公選弁護人局のスーパーバイザー、マーゴ・カーワン氏。同氏は30年にわたって移民問題担当の弁護士を務めている。
ICEの広報担当者はロイターに対し、ICEは移民が適正手続(デュープロセス)を要求する権利を十分に尊重していると述べている。
ICEの収容センター188カ所を対象とした調査に基づく国土安全保障省の内部監察報告によれば、ICEの収容センターの約90%は、収容者用のマスクや液体石鹸を十分に用意していると回答している。3分の1以上は、収容者用の除菌用ローションが十分ではないと報告している。また施設の12%は、新型コロナ陽性が確認された収容者を隔離・検疫する余裕がないと述べている。スペースの制約により、ソーシャル・ディスタンスの確保が困難であるとする施設も多い。
<本国送還に誘導か>
正体不明の武装集団に誘拐された後、米国に逃れてきたというメキシコからの亡命申請者パトリシア・ヒメネスさんは、アリゾナ州のイーロイ連邦契約施設で新型コロナがまん延するなか、申請を取り下げ、本国送還を求めることにした。同施設では222人の感染が報告されており、ICEの収容センターにおける感染拡大としては2番めに多くなっている。ヒメネスさんの証言は、彼女を担当する弁護士と伯母によっても裏付けられている。
ヒメネスさんは6月末、本国送還を待つ収容センターからの電話で、「感染して、息子に会えなくなるのではないかと本当に怖くなる」とロイターに語った。
ヒメネスさんは、メキシコに戻るのも怖いと言う。
「でも、現時点ではここにいる方が怖い」とし、施設のキッチンで作業していたときに接触のあった警備員が亡くなったことを挙げる。センターの管理事業者であるコアシビックによれば、警備員の死亡は「新型コロナウイルス感染症に関連した問題によるものだった可能性」があるという。
コアシビックの代表者は発表文で、収容者と職員の安全確保に注力していると述べ、ヒメネスさんの主張には「新型コロナウイルス感染症拡大を防ぐために当社施設が数カ月にわたって取り組んできた積極的かつ前向きな措置が反映されていない」としている。
新型コロナによる合併症のリスクが大きい糖尿病を持病として抱えるメキシコからの亡命申請者ルーカス・カストロさんも、母国に戻るよりも収容施設にいる方が危ないと不安になり、本国送還を希望したという。母国では昨年、麻薬犯罪組織にひどい暴行を受けたという。カストロさんの証言は、彼の妻の言葉や、ロイターが閲覧した亡命申請プロセスの一部である「信じるに値する恐怖」面接の書き起こしによっても裏付けられた。
カストロさんを含む8人の移民はロイターに対し、当局者は収容者の健康上の不安に乗じて本国送還に同意させようとしていた、と語った。
カストロさんによれば、彼が収容されていたアリゾナ州のラ・パルマ矯正施設では、収容者らが頻繁にパンデミックに関する情報や、人道的理由やその他の形による釈放が認められるか否かを知りたがっていたという。
「それなのに、本国送還担当の当局者がやってきて、本当に(感染が)怖いのであれば、単に本国送還への同意書に署名すべきだ、と言ってきた」とカストロさんは言う。同じ施設にいた元収容者2人も、カストロさんの証言に同意した。カストロさんによれば、彼はウイルス感染への恐怖により判事に本国送還を求め、米国側の記録によれば5月末に送還命令が出されている。
ICEの別の広報担当者は、ICEでは、新型コロナウイルス感染症に関連する健康上の不安を口にする収容者に対し本国送還への同意を促す方針はとっていないと話す。この広報担当者によれば、ラ・パルマ矯正施設には、カストロさんが主張する職員の発言について、彼が苦情を申し立てた記録はないという。
一方、一部の移民の本国送還にも遅れが生じている。
亡命を申請していたグアテマラのティモテオ・ビンチェンテさんは、3月に亡命却下の裁定を受けたが、控訴しないことを選択した。理由の1つは、ワシントン州タコマのICE移民手続センターにおける医療体制が不十分であり、パンデミックへの対応能力という点で不安を感じるようになったからだ。
ICEとの契約に基づき同施設の管理事業者となっているGEOグループの代表者は発表文で「当社が対応しているすべての収容者、また当社職員の健康と安全を確保するために、最大限の真剣さをもって責任を果たしている」と述べている。
亡命申請の却下から3カ月、ビンチェンテさんはまだ収容施設で動きが取れないまま、本国送還を待っている。
ビンチェンテさんは収容センターからの電話で、「深みにはまってしまった」とロイターに語った。「この先どうなるのか分からない」
(翻訳:エァクレーレン)

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab