焦点:コロナ収束で消える「感染地帯」、ワクチン開発の障害に

Kate Kelland and Julie Steenhuysen
[ロンドン/シカゴ 1日 ロイター] - 新型コロナウイルスによるパンデミックの第1波は、どうやら収まりつつあるようだ。だがワクチン開発者にとっては、これが障害になりかねない。
いくつかの地域・国において厳格なロックダウン(封鎖措置)とソーシャル・ディスタンシング政策がそれなりの成功を収め、ウイルスの感染率がかなり低いレベルに抑え込まれた。しかし、欧州、米国の科学者らは、有望なワクチン候補について本格的な治験を行うには、疾病が十分に広がっていない可能性がある、と述べている。
ワクチン開発に向けて納得のいく成果を得るために、アフリカやラテンアメリカといったパンデミックの「ホットスポット」、つまり今も感染が広がっている地域に目を向ける必要が出てくるかもしれない。
「皮肉なことに、ウイルス感染のホットスポットを潰していく公衆衛生上の措置が本当に成功しているとすれば、ワクチンの治験が困難になるだろう」と米国立衛生研究所(NIH)のフランシス・コリンズ所長は話す。
<治験には感染拡大状況が必要>
感染者600万人以上、死者37万人近くをもたらしている新型コロナのパンデミックを終わらせるためには、ワクチンの開発が必須の課題となる。各国首脳は、ワクチン接種こそ、失速した経済を再開するための唯一の現実的な方法であると考えている。
だが、まったく新しい疾病に有効なワクチン候補の臨床試験を大規模かつ迅速に実施するのは容易ではない、と科学者らは言う。パンデミックの状況は変化している。その最中に治験を行うこと自体、簡単でないのに、感染拡大の勢いが衰えてしまえば、その作業はさらに困難さを増す。
英ウォーウィック・ビジネス・スクールで既存薬再開発を研究するエイファー・アリ氏は、「治験を成功させるためには、人々が市中感染のリスクに晒されている状況が必要だ。ウイルスが一時的にせよ排除されてしまっていれば、治験も無駄になる」と話す。
「解決策としては、治験の拠点を市中感染が広がっている地域に移すことだ。今で言えば、ブラジルやメキシコといった国になるだろう」
<エボラワクチンでも同様の難しさ>
ワクチンの治験では、参加者を治療群と対照群に無作為に分け、治療群には治験用の試作ワクチンを投与し、対照群にはプラセボ(偽薬)を投与する。
治験参加者は、疾病が広まっているコミュニティに戻り、その後の感染率を比較する。期待されるのは、プラセボを投与した対照群における感染率の方が高く、ワクチンが治療群を守っていることが示されるという結果だ。
英国、欧州大陸、米国におけるCOVID-19(新型コロナウイル感染症)の流行がピークを越え、新型コロナウイルスの感染率が低下しつつあるなかで、科学者らにとって重要な仕事は、波のある感染状況を追いかけ、まだCOVID-19が活発な人口集団・国において治験参加希望者を見つけることである。
2014年、西部アフリカにおけるエボラの大規模流行の際に、科学者らが新たなワクチン候補の治験を行おうとしたときにも、似たような問題が発生した。当時、製薬企業は大規模治験の計画を大幅に縮小せざるをえなかった。感染者数が減少し始めた流行末期になって、ようやく治験用の試作ワクチンを用意できたからである。
<海外感染地での実施検討も>
COVID-19用ワクチンのうち、先頭を切って「フェーズ2」治験、つまり開発の中期段階に入るものの1つが、米国のバイオテクノロジー企業モデルナによるものだ。
もう1つは、アストラゼネカと提携してオックスフォード大学の科学者らが開発中のワクチンである。米国は7月、ワクチン1種あたり2万─3万人のボランティアによる大規模な有効性試験を行う計画である。
コリンズNIH所長によれば、米国の医療当局者は、まず政府機関・医療産業が持つ国内の臨床試験ネットワークを利用し、感染状況マップを使ってウイルスの活動が最も盛んな地域を見極めることになるという。国内の感染率が低くなりすぎれば、海外に目を向けることが検討されるだろう、と同所長は話している。
米国政府はこれまでにも、HIV、マラリア、結核のワクチン治験をアフリカで行った経験がある。
「アフリカでは現在、COVID-19の感染例が多数発生しつつある。治験の一部をアフリカで行いたいということになっても不思議はない。効果的にデータを集められることが分かっているからだ」とコリンズ所長は言う。
アストラゼネカと提携している英オックスフォード大学ジェンナー研究所のエイドリアン・ヒル所長は、先月フェーズ2治験を開始した。英国内で約1万人の参加者を募りたいとしている。
ヒル所長はロイターに対し、英国ではCOVID-19の感染率が低下しており、結果を得るのに十分な感染が見られない場合には治験を中止せざるをえないだろうと語った。
「そうなれば残念だ。現時点では大丈夫そうだが、確実にその可能性はある」とヒル所長は言う。
<リスク高い「チャレンジ」治験も>
製薬業界における懸念の高まりを裏付けるように、アストラゼネカのパスカル・ソリオットCEOは、同社の研究者らが、いわゆる「チャレンジ」治験の実施さえ検討中だと語る。
参加者に試作ワクチンを投与した後、効果を確認するために人為的に新型コロナウイルスに感染させる方法だ。こうした治験はめったに行われず、リスクは高く、倫理面での承認を得るのも難しい。
もっと現実的で手っ取り早い方法もある。ソリオットCEOなどの人々は、治療薬・ワクチンの治験に適した場所として、COVID-19の感染拡大がまだ続いており、ピークに達していないブラジルをはじめとする南米諸国、アフリカの一部諸国に注目している。
ブラジル保健省は、モデルナやオックスフォード大学などさまざまなワクチン開発者を相手に、治験参加に関する協議を進めている、と話している。ブラジル保健省は、ブラジル国民が「できるだけ早い時期に」ワクチンを利用できるようにするのが目標だと言う。
パンデミックが衰えつつある諸国でワクチンのフェーズ2治験に向けた参加者を集めることの難しさには、すでに前例がある。ジェネリック薬剤ヒドロキシクロロキンやギリアドの「レムデシビル」など、COVID-19に関する有望な治療法に関して世界保健機構(WHO)が試みた多国間での「ソリダリティ(連帯)」治験のケースだ。
この治験に参加したスイスでは、当局から倫理面・規制面での承認をすべて揃えるのに3週間を要し、すべての治療薬を入手するのにさらに1週間を要した。感染症専門家として「ソリダリティ」調査スイス担当コーディネーターを務めたオリオル・マニュエル氏が語った。
「ローザンヌ(のある治験センター)では、何人かの患者を集めることができた」とマニュエル氏は言う。「だが、すべてのセンターで準備が整う頃には、幸か不幸か、症状はすでに消えてしまっていた」
(翻訳:エァクレーレン)

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