焦点:香港の若手民主派が切り崩した親中派の「リトル上海」

焦点:香港の若手民主派が切り崩した親中派の「リトル上海」
12月24日、数十年にわたり、その埃っぽいウォーターフロント地区は「リトル上海」と呼ばれていた。香港の北角地区の街角で11日撮影(2019年 ロイター/Thomas Peter)
[香港 24日 ロイター] - 数十年にわたり、その埃っぽいウォーターフロント地区は「リトル上海」と呼ばれていた。香港移住を図る中国本土出身者が最初に到着する地点だ。
ネオンがせわしなく輝く街路の向こうには、古びた高層集合住宅がびっしりと建ち並んでいる。この「北角(ノースポイント)」地区は、香港でも「最も赤い」、つまり中国政府支持の強い地区として昔から知られている。
今年、香港での反政権デモの渦中で、この地区は、中国政府支持派と見られる白Tシャツの男たちと黒衣の抗議参加者とが街路で衝突する舞台となった。
だが11月の香港区議会選挙において、長らく香港行政府の親中国路線に従順だったこの地区では予想外の造反が見られた。この地区の定数は5議席だが、前回の選挙では1議席しか取れなかった民主派の候補が4議席を獲得したのだ。隣接する「炮台山(フォートレスヒル)」地区でも、民主派が2議席増となった。
無所属候補として北角地区で議席を得た美術大学出身のカリーヌ・フー氏は、「最も厳しい選挙戦の1つだったと言われている」と振り返る。破った相手は12年にわたって議席を保持してきた親中派の中学校教師フン・リンチャム氏だった。「私の選挙区について、奇跡と表現する人もいる」
区議会選挙でのフー氏の僅差での勝利は(4869票の得票のうち、対立候補との差はわずか59票だった)、香港全域で見られた「民主派ドミノ現象」の1つであり、中国の支配下にある香港を6カ月以上にわたって混乱させている、今も継続中の抗議行動が強く支持されていることをうかがわせる。民主派候補は、議席の約90%を確保した。
北角地区では選挙結果の影響が感じられる。フー氏の祖父母も含め、この地区の住民の多くは、香港から見て沿岸を北に遡った、中国南部の福建省出身である。
こうした旧世代の名残は北角地区のあちこちに見られる。広東オペラを上演する名門劇場「新光戯院」は今も賑わっており、上海大中国理髪店では、薄くなる一方の高齢の顧客の髪を切る理容師たちが、50年間ほとんど何も変わっていない、と話す。
フー氏は、地区内の高齢の有権者とは、祖先の言葉である福建方言でコミュニケーションが取れるという。彼らの多くは中国本土と強い絆を持っており、政府寄りの候補に投票する傾向がある。
「高齢の福建省出身者のなかには、密かに私を支持してくれた人がいると思う」とフー氏は笑いながら言う。「最近街を歩いていたら、私の対立候補に近寄って落選が残念だと声をかけている住民がいた。でも、私のそばを通り過ぎるときには親指を立てて祝ってくれた」
<新たな顔ぶれ>
北角、炮台山の両選挙区では、7人の民主派候補のうち6人が区議会議員に当選した。そのうち5人が20代だ。
4年前には、民主派の当選者はたった1人だった。
新たに選出された議員らは、リベラル系の連立会派を結成した。議席増を生かし、香港の民主的改革を求める市民の声に政治的な影響力を持たせるためだ。
12月初め、民主派議員は前例のない勝利について協議するため、公民党から出馬して議席を獲得したチェン・タトハン氏(31)の北角地区オフィスに集まった。ソファではチェン氏の飼い猫「チャーチル」が丸くなり、周囲の棚は本や書類で溢れていた。
これまで、北角地区で民主派候補が獲得できた議席はほんのわずかにとどまっていた。だが、弁護士資格を得るための勉強を続けているチェン氏は、「(抗議行動が)北角地区の多くの人を覚醒させた」と言う。
数カ月前まではお互いにほぼ面識もなかった新人議員たちだが、今は定期的に顔を合わせ、香港の政治をどのように再編していくか話し合っている。
1月1日付で正式任命された後で、「民主主義フォーラム」というコミュニティを作り、公営住宅の家賃上限規制に向けて働きかけ、警察による抗議参加者への暴力行為や親中派による攻撃への対応について追及していくことを計画している。
大学で心理学を学んだ後、無所属候補として当選したジェームス・ピュイ氏は、「民主派候補は地滑り的な勝利を収めた」と語る。「これからは、香港全体のための改革に向けて力を合わせることができる」
警察は、暴力的になりがちな抗議行動を解散させるために必要な措置だったとして、自らの行動を弁護している。
こうした大きな政治的変化を受けて、民主派の躍進が来年の立法会議員選挙でも再現されるのかどうか、関心の的だ。区議会議員選挙はすべて直接公選制だが、立法会議員の約半数は、概ね親中派の職能団体を通じて間接的に選出される。
「我々に足りないのは希望だ。香港の政治制度が非常にアンフェアであることは誰もが知っている。疑似民主制にすぎない」と語るのは、北角地区で当選した26歳のリー・ユエシュン氏。「これが終わりではないと固く信じている」
バス停への屋根の設置やごみ処理といった課題を監督する区議会の選挙は、かつては形式的なものと捉えられ、わざわざ投票しようという人は多くなかった。だが今年は、香港全域で抗議行動が盛んに行われ、区議会選挙にも過去最大の有権者が足を運んだ。
犯罪容疑者を香港から中国本土に引き渡すことを可能とする条例案が批判を浴び、現在は撤回されているが、この条例案に触発された抗議行動は、6月以来、より広範囲の民主的自由を求める戦いへと変化しており、中国に対する深く根ざした不安と怒りを浮き彫りにしている。
「この問題では誰もが当事者であり、できることは何でもやろうとしている」とピュイ氏は言う。「それが有権者を投票所に向かわせた」
<変化への抵抗>
だが、香港政治の改革はこれまでも容易ではなかった。
北角地区に隣接する選挙区で当選した23歳のジョスリン・チョウ氏は、ある抗議活動の最中に逮捕されたことがあり、嫌がらせや攻撃は繰り返し受けている、と話している。
地下鉄の駅や市場の周囲には、チョウ氏の顔写真を載せたポスターが貼られ、「自分の容姿を政治的に利用している」と非難され、「スーパー暴徒」「ばか野郎」などという罵詈雑言が並んだ。
チョウ氏によれば、匿名の電話による脅迫を複数回受けており、通行人に選挙運動のパンフレットを渡したところ顔面を殴られたという。同氏はこの襲撃の動画をソーシャルメディアに投稿したが、ロイターでは裏付けを得られなかった。
北角地区の住民に取材したときにも、新たな秩序に対する反発は明らかだった。
北角地区で定年退職後の生活を送る、自ら親中派という82歳、フランク・チャン氏は、点心の朝食を済ませた後で開票結果をみながら、「(この結果には)仰天した」と言う。
チャン氏は、桟橋に立って港を行き交う船を眺めながら、「こうした若い人々は毒されたのか、あるいは何を教えられたのか分からないが、新しい考え方は理解できない。こういう若い人々は我々とは非常に異なっている」と話した。道の向こうでは、港の周囲で魚を売り歩く行商人の姿があった。「」
今月のある土曜日の午後、北角・炮台山地区の新人議員たちは、街頭にテーブルを置き、カレンダーやチョコレート味の朝食用シリアルを配った。そして人々に、負傷したり拘束されている抗議参加者に送るクリスマスカードへの寄せ書きを呼びかけた。
だが、若い世代の北角地区住民の一部が足を止めてカードにサインしてくれたものの、誰もが新人議員たちの取り組みに好意的だったわけではない。フー氏によれば、保守的な住民の何人かとの議論は、彼女自身の家庭内での口論を思い出させたという。
テーブルを離れて休憩中のフー氏は、「最初、父は抗議参加者をゴキブリ呼ばわりしていた。しかし選挙の後で、私たちが民主主義のために戦っていることをようやく理解してくれた」と語る。
「私たちが民主主義を求めて香港に来たことも分かってくれた。さもなくば、中国本土に戻っても同じことなのだから」
(翻訳:エァクレーレン)

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