アングル:静寂の森が喧騒の都市に、インドネシア首都移転の波紋

Tabita Diela
[センボジャ(インドネシア) 4日 ロイター] - 目がくらむほどの太陽が容赦なく照りつける日中、イパーさんが暮らす木造住宅脇の道を、オートバイが砂埃を巻き上げて通りすぎていく。夜は石炭や椰子の実を積んだトラックが、闇を貫くライトの光束とともにときおり通過していく。
このインドネシアの片隅に位置するセンボジャは、ボルネオ島の森林に接した片田舎から、グローバル都市に生まれ変わろうとしている。2億6000万人という世界第4位の人口を抱えるインドネシアの新たな首都になるからだ。
シングルマザーのイパーさん(18)は、アイスティーと即席麺を売る自分の屋台で、この先どのような変化が起きるか気をもんでいる。
「カリマンタンの街は平和で安全だ」と、イパーさんは言う。多くのインドネシア人と同様、彼女は姓名の区別がない名前を使っている。
カリマンタンとは、ボルネオ島の中のインドネシア領のことを指す。
「首都は決して眠ることのない都市だ。あまりにも空気が悪いし、騒々しすぎる」
<70年前に移転計画浮上>
現在の首都ジャカルタは人口1000万人以上。過密で汚染のひどい巨大都市として知られている(地盤沈下も徐々に進んでいる)。インドネシア政府が官庁を東カリマンタン州の「森林都市」に移転させる理由の一部だ。
首都移転計画が最初に浮上したのは70年近く前。地震のリスクを避け、これまでジャワ島偏重だった政治の中心を列島中央部近くに移すことが狙いの1つだった。
首都移転を担当するバンバン・ブロジョネゴロ国家開発企画庁長官は、ジャカルタでロイターの取材に応じ、「5年以内に20万人から30万人が新たな首都に移る。人口は10年以内に100万人に達するかもしれない。その次は150万人だ」と語った。
その上で、「歯止めがきかない野放図な拡大にならないよう、新首都の成長を調整していく」と述べた。
同氏によれば、華やかなプレゼンテーションで示した移転費用330億ドルの新首都構想は、韓国ソウルの優れた管理、シンガポールの豊かな緑、米ワシントンの政経分離を意識したものだという。
新首都はジャカルタの北西約1300キロに位置する。
ロイターは予定地周辺を280キロ以上移動しながら取材した。バリクパパンとサマリンダという2つの都市の間、北プナジャム・パスール県とクタイ・カルタネガラ県にまたがる人口の少ない森林地帯だ。
<移転開始は2024年>
名称未定の新首都予定地を発表したことで、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領はこれまでで最も首都移転の実現に近づいた。移転開始は2024年に決まった。
北プナジャム・パスール県知事のアブドゥル・ガフル・マスード氏は、「ありがたい。住民は喜んでいる」と話す。「この地域は開発が遅れているとみられてきた」
同氏の執務室にはお祝いの花が並び、街のムードと同じくらい華やいでいる。
住民の多くは学校がよくなり、道路が舗装され、清潔な上水道と安定した電力が整備されることを期待する。
一方で、投機に伴う地価上昇、外部からの求職者の流入、環境破壊への懸念も表面化している。
国民は、大規模な汚職が起きる可能性も懸念している。ブラジルのブラジリアからミャンマーのネピドーに至るまで、首都の新設には巨大な建設プロジェクトが付きものだ。
クタイ・カルタネガラ・イン・マルタディプラ首長領のアワン・ヤクブ・ルスマン長官は、「住民で急いで準備を整えなくてはいけない」と話す。彼にとって最大の懸念は人口の流入だ。
東カリマンタン州は、イスラム以外の宗教への寛容さだけでなく、外部の人々を暖かく迎え入れる文化を売り物にしている。実際、住民の多くは1970年代、炭鉱とパームオイル生産で知られる同地域に流入したジャワ系入植者の子孫だ。
とはいえ、今回予定されている首都移転は規模が違う。
<土地投機への懸念>
地元紙の「トリビューン・カルティム」によれば、移転予定地の発表以来、土地の売却希望価格は4倍に上昇したという。
しかし、不動産業界団体リアルエステート・インドネシアの現地代表を務めるバグス・スセトヨ氏によると、バリクパパン周辺は多くが公有地で、大手不動産会社は土地の取得を進めていないという。
土地価格の上昇で利益を得る者もいるだろうが、インドネシア国民の多くは、自分が暮らす土地を所有しているわけではない。
イパーさんもその1人だ。厄除けにココナツの若葉を編み込んだダイヤモンド型のお守り2つを身につける彼女は、すでに住む家を失う覚悟をしているという。
「ジョコウィ大統領、あなたはたった1平方メートルでも無料の土地を、あるいは無料の家を私に与えてくれるの」と、彼女は言う。
<オランウータンの聖域>
脅かされているのは人間だけではない。東カリマンタン州は、オランウータン、マレーグマ、テングザルが生息する森林で有名である。
ブロジョネゴロ国家開発企画庁長官によれば、保護林では建設事業は行われず、放棄された鉱山や違法なパームオイル生産プランテーションでは森林再生が計画されているという。
同氏は、中国の成都にあるジャイアントパンダ保護センターのように、オランウータン保護センターを建設することも提案している。
オランウータンの運命はインドネシアにとって特に重要な問題だ。プランテーションによる森林破壊を巡り、世界最大規模の同国パームオイル産業を批判している環境保護団体にとって、オランウータンは象徴的な存在になっているからである。
環境保護団体は、東カリマンタン州への首都移転による悪影響が生じないと確信するにはほど遠い状態だと話している。
クタイ・カルタネグラに拠点を置くボルネオ島オランウータン保護財団の幹部アルドリアント・プリアジャティ氏は、「新しい首都は生息地からかなり離れているかもしれない」と言う。
「だが、残念ながらジャカルタとまったく同じように、開発は至るところで行われることになるだろう」
(翻訳:エァクレーレン)

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