焦点:米国のイラン司令官殺害、イラクに残した「不穏な空白」

[バグダッド 3日 ロイター] - 米軍のミサイル攻撃によって死亡してから1カ月、ガセム・ソレイマニ司令官は、健在だった頃にも増して、イラクのぜい弱な民主主義に大きな影を落とすようになった。
イラン革命防衛隊の将軍の死によって、彼を崇拝していた親イランのシーア派民兵組織に対する明敏な指南役が不在となり、イラクの不安定な政界に、新たに不穏な動揺が生じている。
現在、ソレイマニ氏の支援のもとで築かれた影の権力構造(つまりイラクの公式な制度により構成される国家の上に立つ国家)と、若い世代が先頭に立つ反イラン抗議行動とのあいだで、これまで以上に血なまぐさい衝突が生じるリスクが高まっている。
そうなると、イラク指導部としては、イランという後ろ盾に頼り続けるか、イランによる支配の終焉を求める世代の要求に応じるかという選択に悩まされることになる。
アナリストや外交関係者によれば、イラク指導部は、もしイラン政府寄りの姿勢に傾きすぎれば政治的な混乱が深まるリスクがあり、イラクが機能不全国家として見限られてしまうということを承知している、という。
親イランの著名なシーア派政党幹部は匿名を条件に、「イランの影響力増大を拒否しようというイラク国民の決意は高まっている。抗議行動はそうした状況を示している」と語る。「イラクと良好な関係を築きたければ、イランは政策を見直すべきだ」
ソレイマニ司令官の死亡はイランの力を弱めたが、その一方で、イラクには治安上の手痛い空白が生じている。経験豊富な同司令官は、親イランのイラク民兵勢力に対する最終的な影響力を握っていたからだ。
アナリストや外交関係者が懸念しているのは、ソレイマニ司令官の経験豊富なリーダーシップと民兵組織の活動を調整する能力が失われた今、イラクにおいて『フランケンシュタイン』で描かれたモンスターが解き放たれたに等しい民兵組織がのさばるのではないか、という点だ。
イラクで最有力の民兵組織幹部の1人で、ソレイマニ司令官の信頼が厚かったアブ・マフディ・アル・ムハンディス氏も、同じく1月3日の米軍によるドローン攻撃で死亡した。仲間の民兵組織幹部のあいだにも恐怖と不安が広がり、その多くは身を隠し、住居や電話番号までも変更している。
バグダッドに派遣されている西側諸国の公使の1人は、「ソレイマニ司令官やムハンディス氏でさえ、場合によっては『カタイブ・ヒズボラ』(ムハンディス氏が創設した民兵組織)を抑えておくのに苦労していた。今や彼らが勝手な行動をとる可能性が高まっている」と語る。
イラクでは、政界エリートとそれを支えるイランの影響力に反対する抗議行動が数カ月にわたって続いており、首相が辞任に追いやられる事態に至っている。首相は、定数329人の議会、大統領と並んで、イラクの公権力における重要な地位だ。
だがそうした抗議行動があっても、親イランの民兵組織は何の変化も受けていない。こうした組織の構成員は、合計で最大16万人と推測されており、イランの影響下で設立され、訓練と武器を与えられ、イデオロギー的にもイランに忠実である。
<イラク領内での代理戦争>
こうした民兵組織の一部は、自らの勢力拡大に乗じて、数十人の抗議行動参加者への発砲にまで及んでいる。もっとも、こうした抗議は政治家の腐敗や能力のなさに対するものであり、イラクにおける最高の宗教的権威であるシスタニ師による支持も得ている。
イラク統治に向けた努力という点で長年の経験を有するベテラン政治家は、「民兵組織は、統御しようにも貪欲であまりにも強力なモンスターになってしまった」と語る。「企業から資金を巻き上げ、何にでも口出ししようとする。政府でさえ、体制支持派の民兵組織に雇用や契約を与えざるをえなくなっている」
イラクのある有力政治家によれば、ソレイマニ司令官の影響力は最終的に非常に大きくなっており、イラク訪問の際には、協力組織のみならず、あらゆる方面の勢力を集められる、まるで総督のような存在になっていたという。
イラク国内のシーア派勢力と、イラン政府の支配が国内に及ぶことに憤る若い世代とのあいだで全面的な衝突が起きる可能性については、イラン、イラク両国とも憂慮しているが、イラクがイランと米国との紛争の現場になりかねないとの懸念もある。
アラブ諸国の大半とは異なり、イラクではシーア派が多数派を占めており、2003年の米軍主導の侵攻によりサダム・フセイン氏率いるスンニ派独裁政権が崩壊した後、権力の座へと押し上げられた。
その後の内戦と、対立するエリート派閥が国家を私物化する状況のなかで、多数派であるシーア派は、2003年のイラク戦争後に制定された憲法のもとでスンニ派や自治権を有する少数民族クルド人との権力分有を軸として統一国家を作ろうとしてきたが、うまく行っていない。
イスラム国(IS)が樹立した短命の「カリフ国家」を相手とする最新の内戦は、親イランのイラク民兵組織にとって大きな飛躍の契機となった。米国による訓練を受けてはいるが腐敗により空洞化していたイラク国軍に比べ、はるかに強い実力を示したのである。
ハシド・シャービ、すなわち「人民動員隊」(PMF)のもとに統括されるシーア派民兵組織は、シスタニ師による布告を受けて結成され、スンニ派による聖戦(ジハード)の流れを変えることに貢献した。PMFの広報担当者にコメントを求めようとしたが、すぐには連絡が取れなかった。
<高まる反イラン感情>
10月以来、バグダッドのタハリール広場に野営している活動家たちのあいだでは、強い反イラン感情が見られる。
活動家たちはついにアブドゥル・マフディ首相を退陣させたが(1日に後任ムハンマド・タウフィク・アラウィ氏が就任)、彼らが望んでいるのは、外国、特にイランの影響力を排した独立した政権であり、抗議参加者の殺害に関して実行者の責任を問うことである。
抗議参加者たちは、電子機器から家具、自動車、さらには日記帳や農産物に至るまで、イラン製品がイラクの市場にあふれている点を強調する。
失業中の医療技師アッバス・ロウェイフさん(23)は、「市場で見られる商品はすべてイラン製だ。我が国の経済を破壊している。政治家や民兵組織はイランの言いなりで、こうしたイラン製品全般の輸入許可を与えている。イラクはかつてすべての近隣諸国に自国の農産物を提供していたのに、今やそれも過去の話だ」と話す。
前出のシーア派政党幹部は、抗議活動参加者とその怒りのなかに、若い世代(その半数はサダム・フセイン元大統領による暴政を知らない17歳以下である)を抱えるイラクの未来があると語る。
「まだ若いイラクの民主主義が、こうした若者の要求に対応するには、地殻変動が必要だ」と、この政党幹部は語る。
<重大な決断を迫られるイラク>
この政党幹部は、イランとの関係が深いにもかかわらず、シーア派優位の政権やPMFでさえ、民兵組織が国家を超える国家になってしまったと考えている、と語る。
彼の話では、12月、「カタイブ・ヒズボラ」に対する空爆に反発する民兵主導による反米抗議行動が米国大使館の包囲にまで発展したことは、アブドゥル・マフディ首相を驚かせたという。
この政党幹部によれば、包囲のあいだ民兵組織幹部たちは携帯電話の電源をオフにしており、アブドゥル・マフディ首相が連絡を取ろうとしても通じなかったため、首相は通話可能な携帯電話を持たせたスタッフを派遣し、米国大使館敷地から退去するよう説得したという。だが、民兵組織幹部たちは応じなかった。
多くの識者やアナリストによれば、ドナルド・トランプ米大統領がソレイマニ司令官攻撃を決断したきっかけは、イラクの民兵らが在バグダッド米国大使館の境界を越えるテレビ映像だったという。1979年、在テヘラン米国大使館における人質事件という米国のトラウマを呼び起こすものだった。
政党幹部は、「我々はイランの敵になりたいわけではない。我々が望むのは、相互の敬意に基づく関係であり、イランがイラクを米国に対する代理戦争に利用しないことだ」と語る。
だが、イラクの問題はこれだけではない。
一つは、イラクにおけるイランの代理勢力が、イランの「ベラーヤト・アル・ファギーフ」(法学者による代理統治)という原則に従っており、最高指導者であるハメネイ師に究極の権威を認めている点だ。シスタニ師その他イラクの高位聖職者たちは、宗教を政治で汚すものとして、こうした考え方と距離を置いている。
外交関係者は、イラクがイランの意図を体現するならば経済的な犠牲を払うことになる可能性があると考えている。外交筋の情報提供者によれば、イランがイラクで十分な優位を築き、5000人の駐留米軍をイラクから追い出すことに成功すれば、米国政府はイラク経済、指導者に制裁を科すことになるという。イラク議会はすでに駐留米軍の撤退を決議している。
外交関係者の多くは、細分化され対立するイラクの政界に、こうした結果を回避するだけの意志と能力が備わっているか疑問視している。
「イラク政府が外国軍部隊を撤退させる動きに出れば、どのような結果が生じても不思議ではない」と、ある米国当局者は語る。
(翻訳:エァクレーレン)

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