焦点:「骨太」から消えた財政再建目標、自民に撤廃論 市場は先送り警戒

焦点:「骨太」から消えた財政再建目標、自民に撤廃論 市場は先送り警戒
 7月9日、府の経済財政の基本方針を示す来年度の「骨太の方針」から財政再建目標が消えた。新型コロナウイルスへの対応が優先される状況とはいえ、極めて異例のことだ。写真は国会議事堂と政府庁舎、2020年7月撮影(2020年 ロイター/Toru Hanai)
中川泉 伊賀大記
[東京 9日 ロイター] - 政府の経済財政の基本方針を示す来年度の「骨太の方針」から財政再建目標が消えた。新型コロナウイルスへの対応が優先される状況とはいえ、極めて異例のことだ。足元の金融市場は落ち着いているが、市場関係者からは「財政規律の弛緩」を警戒する声が出ている。こうした中、財政再建目標について自民党内から撤廃論も浮上している。
<20年目に消えた数値目標>
政府の経済財政諮問会議は8日、20年度の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案を示したが、そこには財政再建に関連する経済財政一体改革の章はなく、これまで明記されてきた2025年度までの基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標も示されなかった。
新型コロナウイルス対策に集中した今回の「骨太の方針」は、全体の記述量も35ページと例年から半減。冒頭に「来年度概算要求の仕組みや手続きをできる限り簡素なものとすることと歩調を合わせ、記載内容を絞りこみ、今後の政策対応の大きな方向性に重点を置いた」と注記した。
そのうえで「2019年度の骨太の方針のうち、(2020年度版の)本基本方針に記載がない項目についても、引き続き着実に実施する」とも記載。前年度の財政健全化目標が引き継がれていると解釈することもできる内容になっている。
しかし、小泉純一郎政権時代の2001年に初めて作られた「骨太の方針」で、国債発行30兆円以下の目標が設定されて以来、明記され続けてきた財政健全化の数値目標が消えた意味は小さくない。新型コロナ対策で今年度の国債発行額は90兆円に達する。新型コロナ対策の名の下に、財政が膨らみ続けるリスクが高まっている。
<長期的な目標、国民に示す必要>
骨太の方針にPB黒字化目標が明記されなかったことについて、市場ではすぐに国債が格下げされたり、金利が上昇することはないとの見方が多い。
3月にコロナによる財政悪化への懸念で急上昇したクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は現在、それ以前の水準に低下している。現時点で「デフォルト(財政破綻)」懸念が強まっている様子はみられない。
金利も比較的安定している。日銀が引き続き大量の国債買い入れを行っており、需給的なバランスは維持されている。国債増発後も国債入札は順調だ。マクロバランス的にも、コロナ後に貯蓄が増えたことで、国債に回るマネーが潤沢になっているという構図となっている。
むしろ新型コロナの影響が大きい現在の状況下では、財政規律を重んじすぎて、経済が回復できないまでに悪化してしまえば、財政再建がさらに遠のいてしまう可能性がある。市場でも「短期的には財政再建目標を一時的に棚上げしてもいい」(国内証券)との容認論は多い。
しかし、長期的な目標を降ろすことまで容認されているわけではない。「デジタル化が進んだ現在、インフレは起きにくくなっているが、国債増発の影響はじわりとボディブローのように効いてくるとの見方は市場では多い」と、野村証券のシニア金利ストラテジスト、中島武信氏は指摘する。
コロナ後も国家は続く。マネックス証券のチーフ・アナリスト、大槻奈那氏は骨太の方針について「短期と長期の目標を書き分けて、国民に説明することが重要」と指摘。財政が規律を失い拡大し続けるリスクに懸念を示している。
<MMT支持議員から撤廃論>
こうしたなか、自民党内ではPB黒字化目標の撤廃論が浮上している。自民党政調副会長の木原誠二氏によると、「党内には、そもそもPBの目標を撤廃せよという強い声がある」という。「MMT(現代貨幣理論)」を支持するメンバーを中心に、目標設定の撤廃が俎上に上っている。
コロナへの対応が急務となる中、今年の骨太方針原案に財政再建目標が明記されなかったのは、こうした声が反映された可能性もある。木原氏自身も「これほど不確実性が多い時に、PB目標を議論し結論をだす必要はまったくない」とする。
ただ、同氏は必ずしもPBの扱いを直ちに決めるべきではないとの立場だ。コロナという新たなリスクを踏まえて、予定通り来年度に経済財政一体改革の見直しを行う、ということが本筋だと指摘する。
政治サイドの動きに対し、財務省では「PB黒字化目標は、市場の日本に対する財政運営信認に繋がっている。これが失われると財政のタガが外れてしまい、将来的に日本売りということになりかねない」と警戒感を強めている。
自民党の甘利明税調会長は、6月22日のロイターとのインタビューで「この秋にも本格的な経済対策を打つ必要がある」と発言。そのうえで「PB目標についての議論はだいぶ先にもっていくことになる」とした。
新型コロナの感染再拡大が懸念される中、当面、財政規律の議論は棚上げされる可能性は大きい。しかし、同時に長期的な財政再建の議論も並行して進めなければ、コロナ後のリスクもまた大きくなる。

中川泉、伊賀大記 編集:石田仁志

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