コラム:トランプ米大統領が欧州に打つ「くさび」
John Lloyd
[4日 ロイター] - 「われわれ欧州人は、自らの将来と運命のために闘う必要があることを知るべきだ」メルケル独首相は、主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)を終えた5月、支持者に向けてこう演説した。
G7サミットは、トランプ米大統領がドイツ自動車産業の対米貿易黒字を「とても悪い」と批判したとドイツメディアが報じ、また、G7首脳として唯一温暖化対策に反対する同氏が立場を明確にするなど、険悪な雰囲気となった。
メルケル氏は、3月の初会談以来、トランプ氏と緊張した関係を続けており、時として非礼な仕打ちも受けている。冒頭のメルケル氏の言葉はトランプ氏への反感の混じったものではあるが、険悪な米欧関係を欧州の強みに転換させようとする試みともいえる。
欧州の政治家は、新たな状況に直面している。シンクタンク「欧州外交評議会(ECFR)」のディレクター、マーク・レナード氏は、「トランプ氏は、EU(欧州連合)の設立後、欧州統合の深化に否定的な初めての米大統領だ」と指摘する。メルケル氏の発言には、米国の支援ではなく、米国との対立を軸として欧州は団結しなければならないという意味が込められている。
マクロン仏大統領も、メルケル氏と同じ立場だ。マクロン氏がトランプ氏と交わした握手は、ぎこちなく、あまりにも長いと話題になった。仏紙ル・モンドは、マクロン氏について、「予想外の行動という点では、米大統領のお株を奪った。しかし、国際政治の場で欧州のリーダーとなるためには、マクロン氏は、単なるイメージや象徴にとどまるべきではない」と論評した。つまりマクロン氏は、カナダのトルドーの首相のように、核心的問題では見解の違いを認めつつ、公の場ではトランプ氏に愛想良くしなければならないということだ。
欧州にトランプ氏の支持者はいるのだろうか。答えは、いる。そして、その支持がかなり強いことは、欧州の分断を象徴している。
これには、偶然の産物も含まれている。トランプ氏は2月、スウェーデンが多数の移民を受け入れた結果、テロ攻撃の標的になったかのようなツイートをしたが、実際にはそのような事件は起きておらず、トランプ氏は大きな失笑を買った。しかし直後にテロ事件が実際に起こり、最近移民してきた人々まで含め、スウェーデン市民は頻発する若い移民と警察の衝突を公然と話題にするようになった。ロベーン首相も「われわれが問題を抱えていることは明らかだ」と認めた。
この事件で、スウェーデンでは、極右政党であるスウェーデン民主党の支持率が上がり、中道右派の穏健党に代わる第二政党となった。そして、反移民の立場をとる民主党との一定の協力を検討するよう穏健党幹部を説得した。
トランプ支持勢力は他にも考えられる。EU主要国の中でも景気回復が遅れたイタリアでは、北アフリカから記録的な数の移民が地中海を渡って押し寄せてくる中、極右政党の支持率が急上昇している。
イタリアの右派は、中道左派政権の弱体化を受けて、この5年間で最も勢いづいている。中道右派野党フォルツァ・イタリアを今なお率いる、不死身のごときベルルスコーニ元首相(来月81歳の誕生日を迎える)も力を盛り返しつつある。
ベッペ・グリッロ氏率いる反体制派政党「五つ星運動」は6月の地方選挙で大敗したが、支持率は30%前後で、与党・民主党をやや上回っている。移民に対しては厳しい姿勢をとり、欧州懐疑主義の傾向も強めている。バラバラのグループに散らばった状態の右派勢力がうまく集結できれば、来年にも実施される見通しの総選挙で政権をとることも可能だ。
右派勢力は、トランプ政権に親和的な姿勢をみせるだろう。トランプ氏はベルルスコーニ氏と長らく対比されてきた。2人とも実業界から政界入りし、ビジネスでの成功が政治中枢を担うための資格だと豪語している。さらに、メディア慣れしていることから(ベルルスコーニ氏に至ってはメディア企業のオーナーである)、大衆に直接訴える術を知っている。
すでにトランプ陣営の一角を占めている欧州政府の中では、ポーランドが筆頭だ。7月にワルシャワで行われたトランプ氏の演説は、与党「法と正義」から熱狂的に歓迎された。トランプ氏は司法を実質的に政府の管轄下に置く法案に言及しないまま、国と政府を褒めちぎったのだから、驚くには値しない。ただしトランプ政権下の米国務省は、後になってポーランド政府の動きを批判した。
ポーランドと同様に独裁色が濃いハンガリーのオルバン首相も、トランプ氏の当選を歓迎し、トランプ氏が自分と同じ欧州懐疑主義で、移民規制を支持してくれる人物だと期待している。
英国は、深い対立をはらんだEU離脱のプロセスが難航するなかで、依然としてEU正式加盟国ではあるが、すでにEUから距離を置いている。メイ首相の約束通りに離脱手続きが進めば、EU単一市場への特恵的アクセスが失われ、その埋め合わせとして、米国に頼って2国間貿易協定を進めざるを得なくなる。
総選挙前に、トランプ氏を「ありえない無知」だとこき下ろしたジョンソン英外相は、選挙後には手を返してトランプ氏を持ち上げた。トランプ氏は英米関係を「特別な関係」だと賛美し、英国と「大規模で強力な」貿易協定を(しかも早期に)結ぶと約束して、英国の閣僚らを大いに安堵させた。
欧州諸国の米国に対する姿勢は一枚岩ではない。自由貿易、温暖化対策、北大西洋条約機構(NATO)などを巡って割れている。しかし、移民、国境管理強化、同性愛者や身体と心の性が一致しないトランスジェンダーの権利といった問題に関しては、右派勢力はほぼ立場を一にしている。
欧州の2大有力首脳であるマクロン氏もメルケル氏も、ほぼすべての懸案においてトランプ氏と対立しているが、特に安全保障の問題もあり、米政府とは良好な関係を維持する必要がある。
両氏はお互いを、ガタがきているEUのモーターを再生し、経済や政治的影響力、国際的地位などを回復させるための仲間だと見ている。しかし、欧州内でも両氏に対する懐疑派・反対派は根強い。彼らはたいていトランプ氏から積極的ないし消極的な支援を受けている。
これは根深いと同時に扱いの難しい対立であり、今後長きにわたり、米国と欧州の双方に大きな影響を及ぼすことになるだろう。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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