焦点:IS打倒に傾注する米国、戦略なきシリア攻撃の落とし穴

焦点:IS打倒に傾注する米国、戦略なきシリア攻撃の落とし穴
 6月19日、包括的な戦略を欠く米大統領のシリア対応は、シリアやイラン、さらにはロシアとの対立激化を招く恐れがある。写真は2016年10月、米空母ニミッツから離陸するF/A18Eスーパー・ホーネット戦闘機。提供写真(2017年 ロイター)
[ワシントン 19日 ロイター] - トランプ大統領は、過激派組織「イスラム国(IS)」に対する軍事行動の強化を指示し、米軍司令官により多くの権限を委譲した。だが、包括的なシリア戦略なしには、大統領のアプローチはシリアやイラン、さらにはロシアとの対立激化を招く恐れがあると、複数の米政府高官や専門家は指摘する。
米軍機による18日のアサド政権軍機の撃墜は、現代の戦闘としては極めて珍しく、こうした戦闘機の撃墜は18年ぶりとなる。だがこれは、単発的な出来事ではなかった。
米国はこの3カ月、シリア政権軍と、イランを含むその支援勢力に対して、主に自衛の手段としての攻撃を実行する意思があることを行動で示してきた。
トランプ大統領は4月、化学兵器攻撃の拠点に使われたとして、シリアの空軍基地への巡航ミサイル攻撃を命じた。それ以降、米軍は、イランの支援を受けた武装勢力をたびたび攻撃しており、先週には米国が率いる有志連合軍を脅かしていた無人機(ドローン)を撃墜した。
しかし、こうした出来事はすべて戦術的なもので、米国のシリア戦略の一端をなすものではないと、アナリストは指摘する。
トランプ氏とオバマ前大統領の両政権は、IS打倒にのみ集中してきた。だが、ISが一方的に宣告した「カリフ」と呼ばれる政教一致体制の支配地域が縮小する中、米国の支援を受けた勢力と、アサド政権側の勢力は、勢力範囲の拡大競争をしているように見える。
「全体を包括する米国の戦略というものはない」と、中東研究所のチャールズ・リスター氏は指摘。「シリア戦況の一局面しか見ていない地上の司令官が、戦術的な決断をした結果に過ぎない。自分の配下の軍備を守ろうとしている。こうした純粋に戦術的な一連の決定が、重大な戦略的結果を生んでいる」
ロシアとイランの両国は、シリアのアサド大統領を支援している。
政府高官と専門家は、トランプ大統領と彼の国家安全保障チームが、シリアの将来についての長期的な政治戦略を立案していないことが、より大きな問題だと指摘する。
オバマ氏と同様に、トランプ大統領はIS対策に集中し、アサド政権の今後や、地域の壊れた同盟関係の問題は後回しにしている。
「われわれには、首尾一貫したシリア戦略というものが一切なかった」と米政府高官は語る。「われわれはアサド政権に反対しているが、主な敵はISだ。ISもまた、アサドに対抗している。われわれの最も有力な同盟相手は(クルド人部隊)ペシュメルガだが、北大西洋条約機構(NATO)同盟国であり、一連の軍事行動の拠点となっている空軍基地があるトルコは、クルド人を敵視している」
ワシントンのシンクタンク戦争研究所のジェニファー・カファレラ氏は、米軍の攻撃によりアサド政権とその支援者が抑止される可能性は低いと見る。
「米国が文民主導のシリア戦略を欠いていることや、米軍がISに傾注していることで、親アサド派が拡大し、勢力を増す余地が大きくなっている」と、カファレラ氏は指摘する。
ホワイトハウスの報道官は、メールや電話を通じたコメントの要請に応じなかった。ホワイトハウス高官は、「シリアでの戦略としては、まずなんといってもISを打倒し、紛争の沈静化に向けて成果を上げることだ。まだその状態には近くないが、それが戦略だ」と話した。
<対イランで割れるトランプ氏側近>
ロシアは、今回の米軍によるアサド政権軍機の撃墜に強く反発している。米軍は、アサド軍機が、米国が支援するクルド人とアラブ系の混成勢力であるシリア民主軍(SDF)の近くに爆弾を投下していたと説明した。
ロシア政府は、ユーフラテス川以西の空域を飛行する米国主導の有志連合機は潜在的な標的とみなし、ミサイルシステムや軍事機で追跡すると表明した。撃墜する、とまでは言及しなかった。
ホワイトハウスは19日、シリアでISと戦う有志連合には自衛権があるとした上で、ロシア側との連絡手段は維持すると表明した。
イランが18日、シリア東部のISの標的に弾道ミサイル攻撃を実行したことにより事態はさらに複雑化した。イランがこうした攻撃に踏み切るのは初めてのことだ。
米情報当局は、これが、今月初旬にテヘランの国会議事堂やイスラム革命指導者のホメイニ師を祭る霊廟に対してISが実行した攻撃に対する報復の側面が大きいと即座に結論づけた。
別の米政府高官は、今回の弾道ミサイルの使用には、アサド支持の立場を改めて示すとともに、中東地域の米軍とその基地は、イランのミサイルや地上軍の射程圏内にあることを思い知らせたいイランの思惑が込められていた可能性があると見ている。
シリア戦略の策定にあたり、トランプ政権内の意見が分かれている。ISを第1の敵とみなす人々がいる一方で、シリア紛争は、米国とその湾岸同盟国対イランの、生存をかけた戦いと見る人々もいる、と政府のシリア情勢議論に参加したことがある別の政府高官は語る。
トランプ大統領が指名した政権幹部の一部は、イランによるミサイル攻撃は同国政府が地域で抱く野望の表れであり、イランは宿敵となったと主張していると、3人の政府高官は語った。
こうした対イラン強硬派は、シリア戦略として、まずIS打倒に集中し、その後、イランとその同盟相手に矛先を向けることを主張しているという。イランの同盟相手には、アサド政権だけでなく、レバノンで活動するシーア派武装勢力「ヒズボラ」や、イラクのシーア派武装集団、イエメンの武装勢力「フーシ」が含まれる。
(Phil Stewart記者、Jonathan Landay記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)
*誤字を修正しました。

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